第4話 純粋無垢なエイリアン
エイリアンに出会いました。
それは人間の形をしていたけど、まるで言葉が通じず、簡単な意志疎通すら困難でした。
そのエイリアンは私のお腹に宿り、十ヶ月もの時間をかけて私のお腹の中で私の栄養を搾取し続けました。十ヶ月間は苦難の連続で、最初の数ヵ月、私は苦しみもがき普通の生活を諦めざるを得ませんでした。
それがようやく治まったかと思えば、今度は内側から私を攻撃してきたのです。その攻撃も日に日に強度が増し、私の配偶者の声に反応するときは私のお腹が破けるんじゃないかと不安になるほどでした。
少しずつですが、しかし確実に大きくなっていくエイリアンの体と引き換えに私の体は不自由さを増していき、靴や靴下を自分で履くことができず、少し歩いただけで息が切れることもありました。
さらにエイリアンは私の体を支配するだけでなく、私の心にまで働きかけてきたのです。食べたいものを食べることができず、やりたいことも制限され、時には睡眠を妨害され不自由この上ない生活でしたが、私の胸は高揚感に包まれ、十カ月の間に不満の種さえ芽生えさせませんでした。
その苦難の日々からようやく解放される日は、筆舌に尽くしがたいほどの痛みを味わいました。この世の痛みをすべて集めても足りないほど想像を絶する苦痛を、数時間でまとめて経験したような思いです。先の見えない苦痛に匙を投げることさえ叶わず、私の意識は何度も遠のく思いでした。
そうしてようやくエイリアンと対面することができました。不思議なことに、エイリアンの初めての泣き声を聞いた瞬間、それまでの苦痛が吹っ飛び、私の胸の中からこれまでに味わったことのない感情が溢れだしました。そして私のお腹の中で暴れ回っていた小さな体に触れた瞬間、私の目からは大量の涙が溢れだしました。数時間に及ぶ格闘のせいで、私の体はまだぼろぼろです。しかし、頭の中はエイリアンのことしか考えられず、私はその姿かたちを目の奥に焼き付けることに必死でした。エイリアンはしばらくの間、力強い勝利の雄叫びをあげると満足したのか、真っ白な布に包まれて気持ちよさそうに眠りにつき、私の配偶者の腕を完全に独占することに成功しました。
この世に産み落とされたエイリアンは、それは小さな小さな存在でした。体はふにゃふにゃで目も開けられず、首も人間が支えないともげてしまいそうなほど頼りない存在でした。
しかし、十カ月の日々を乗り越えたものの、それは終着点ではなく、むしろ新たな困難の幕開けでした。
エイリアンは、泣くこととミルクを飲むことと寝ることしかできず、生活のすべてを人間が世話することでようやく生命を維持しているようでした。泣き声は雷鳴の轟のように激しく、耳をつんざくどころか人間の脳内にまで響きかけるような大音量でした。泣くことが意思の伝達の手段だと主張していますが、人間のように高度な意思疎通が不可能なので、エイリアンの要求が掴めないことが多々ありました。何かが気に入らないときはどれだけ人間が手を尽くしても一向に泣き止む気配がなく、むしろ一層激しく泣き続けます。食欲を満たし、快適な環境の中で睡眠に誘おうとしても、小さな体を精一杯震わせてこの世の終わりの如く叫び続けるさまは、まさに壊れたスピーカーのように止まる術を知りません。
まだ芯の通らない柔らかい体は私に責任感を植え付けさせ、独特の言語を話す声はどんな音楽よりも夢中にさせ、エイリアンが発する匂いはどんな高価な香水よりも依存性のあるものでした。その体全てを使って、自分のためだけに生きてきた私に新たな使命感を備えさせると、私の腕の中で満足そうに眠りにつくのでした。
そうして朝か昼か夜かわからなくなり日付の感覚も曖昧になる日々を耐え続けると、エイリアンは人間のことを意識できるようになりました。必死で私の姿を探し続け、時に私に笑いかけることで、私に衣食住のことを忘れさせるよう仕向けてきました。配偶者に至っては、仕事を放棄して出掛けることすら拒むように仕向けたようです。
人間の私が説得して毎朝しぶしぶ出勤する様子を楽しそうに眺める様子は、それはもう末恐ろしい思いをするほどでした。
エイリアンは少しずつ人間の言葉を覚え、人間の社会を学んでいくでしょう。そして私たち人間の世話を受けずとも自分の力で生きていく日々が増え、いつの日か自分の道を見つけることでしょう。そのとき、エイリアンの道に入り込むことのないよう、私たちが手本となれるよう心がけたいものです。
あなたの周りにもエイリアンはいますか?
エイリアンに出会いました。 常和あん @TokiwaAnn
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