エイリアンに出会いました。

常和あん

第1話 寝間着姿のエイリアン

エイリアンに出会いました。

それは人間の形をして人間の言葉を話していたけど、まるで言葉が通じず、表情も人間のものとは思えないくらい歪んでいました。

自分が言っていることが世界の常識だと思っているらしく、私たちがエイリアンの意見に否定をすると機嫌が悪くなるので肯定も否定もせず流していると、ますますつけあがって偉そうに上から目線で説教をしてきます。エイリアンには苦笑いという概念がないようです。また、自分の発言で人間が嫌な気持ちになるという状況も理解できないようです。

エイリアンの意見も行動も支離滅裂です。自分が言ったことやしたことなどなかったかのように、その場その場で意見や行動を変えるのです。

私たちがお手伝いしましょうかと伺っても、しなくてよいと言ったのに、あとから手伝いもしないと文句を言ってきました。

食べたいというので私たちがわざわざ購入したのに、思ってたものと違うと罵った挙句、冷蔵庫を占領していると文句を言ってきました。

私たちの行動がエイリアンの気にくわないと、わざとらしい大きなため息をついて、わざとらしい大きな物音を立ててこちらを威圧してきます。

人間であれば気にも留めない些細な物事さえエイリアンの気にそぐわないことがあれば、それは重大な事件になります。

私たちは、エイリアンの機嫌を損ねないように息をひそめて生活するしかありませんでした。しかし、エイリアンの機嫌はめまぐるしく変化します。楽しそうに笑い、私たちにも優しい態度だったかと思えば、次に会ったときには眉間に皺を寄せて不機嫌さを見せつけるかのような態度になっています。その変化の原因を私たちが推測する限りでは些末なことで、そんなことで怒りを露わにするエイリアンに感心を覚えるほどでした。

エイリアンは連れ合いのことを奴隷だと思っているらしく、連れ合いが仕事を終え疲れている体でどれだけ家事に励んでも、たった一つできていないだけで烈火の如く怒り出します。自分は一日中、寝間着姿のままで布団の上でごろごろしていることも連れ合いの責任だと口汚く罵ります。掃除機をたった三分間かけることさえ大仕事のように振る舞い、わざとらしい溜息を繰り返します。

ある時、エイリアンが歪んだ笑顔で私たちに尋ねてきました。連れ合いがこれからゲームをするというのだけど、どう思うか、と。私たちは、週に一日だけの休みなのだから構わないんじゃないかと答えました。すると、エイリアンは地団駄を踏んで声を荒げました。自分はこれから働きに出るのに、その間連れ合いはゲームをするなんて不公平だと言うのです。私たちは開いた口が塞がりませんでした。働きに出るといっても週に四時間だけのパートタイムです。一方、連れ合いは週に六日間朝から晩まで働いていることに加え、家事も行っています。これのどこが不公平なのでしょうか。連れ合いが働いている間、エイリアンは一日中ベッドの上でごろごろしていることは公平なのでしょうか。休みの日に家事を済ませたあとの自由時間を謳歌することさえできないというのなら、連れ合いはソファの上でじっとしていれば満足なのでしょうか。

自分は良い性格だと壮大な勘違いをもって自負しているようですが、聡明な人間は見せかけの姿に気付かないほど間抜けではありません。

人間には協調性、共感力など周りと協力できる感情があるので、私たちもなんとかエイリアンの気持ちに寄り添うことができないかと努力を重ねましたが、エイリアンの要求は私たちの許容量をはるかに超えていて、さらに予想もできないような要求に発展していくことに私たちもいい加減辟易したので、エイリアンとの共存は諦めざるを得ませんでした。

エイリアンは私たちのそんな努力をあざ笑うかのように、エイリアンだけにしか理解できない考えを、まるで素晴らしい考えかのように声を大にして主張し続けました。

私たちは触らぬエイリアンに祟りなしという言葉を知っていたので、ただ時が過ぎるのを待っていました。そして、安全な距離をとったあとは、その距離を決して縮めぬようにします。さらに、エイリアンのことで頭を悩ませるなんて大変に時間の無駄なので、私たちは人間らしく私たちの人生に目を向け前進します。

エイリアンはきっと良いことをしたと満足感で一杯でしょうが、私たちの人生に一生懸命な人間にとっては心底どうでもいいことです。

ひとつ心残りがあるとすれば、エイリアンに飼われている犬のことです。3kgにも満たない小さな犬ですが、犬らしいことを一切させてもらえません。おもちゃはゼロ、散歩は2分、走ると怒られ、吠えると殴られます。

犬好きな私たちがせめて自分の手をおもちゃに見立てて遊ぼうとすると、小さな犬ながら闘争心が芽生えたようで活発になりました。それでも甘噛みで決して牙を向けない優しい犬でしたが、エイリアンは信じられないという目を向けて犬の頬や尻を叩いていました。

犬が名前を呼ばれるだけで目をしばたたかせ怯えている姿を見るのは胸が締め付けられました。

エイリアンにとって犬はかわいいかわいいと愛でる存在だけなのです。ぬいぐるみを飼えばいいのにと何度も喉から出そうになりました。

私たちがエイリアンのもとを去る日、私たちの足元にすり寄って悲しそうに吠えている犬を置いていくのは何よりも辛かったです。

また、連れ合いがただただ不憫で気の毒ですが、それも連れ合いが選んだ道ならば私たちにはどうにもできないことです。連れ合いがエイリアンから逃げ出したいと助けを求めてきたときには、手を貸したいと思います。

あなたたちの周りにもエイリアンはいますか?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る