第十一話 前線砦にて 居場所

「――それで、何があったんだ。霆華」

 宴がお開きになり、手際よく後始末を終えた面々は、本来の持ち場に戻っていった。

 先ほどまで100人以上を収容していた広間は、現在、数人の戦士と静焔、そして彼を呼び止めた霆華を残すのみだ。

 卓の一つを間借りし、向かい合って座る霆華と静焔。

 静焔に促される形で、霆華は未だ纏まらない思考をフル回転させて言を発する。

 「大頭。俺、……分かんなくなっちまったんです。自分の気持ちってやつが」

 「――佐治のことか」

 思いがけず返された静焔の言葉に、霆華は目を丸くした顔で静焔を見遣る。

 「大頭、知っていたんですか?」

 「直接何があったのかは聞いちゃいない。ただ、ここに来た時からな。雰囲気がちょっと…」

 静焔が言い淀み、何かを探すように天井を見つめた。やがて諦めたように首を振ると、正面の霆華に視線を戻す。

 「霆華。戦場や砦の空気ってのは、戦況や損害によってコロコロ変わるもんだ。そして、俺がここに感じているのは、……戦死者を出した砦のものに近い」

 静焔と同じ場所にいながら、自分は何も感じ取れなかった。更に馬順も何か――おそらくは静焔と似たようなもの――を感じ取っていた。ともに旅する者として、自分の存在がひどくちっぽけに思える。

 「おい、霆華。大丈夫か」

 いつの間にか深く俯いていたことに気づき、霆華は慌てて目線を上げる。すぐ目の前にいるはずの静焔が少しぼやけて見え、ゴシゴシと両目を擦った。 

 「すみません。大丈夫です。佐治は死んじゃいません。ただ…左腕を失って、別人みたいになってました」

 「そうか――」

 自分が、口にするのも辛いと思える現実を告げたのに対し、静焔の返答は予想外に簡潔だ。

 霆華は、自分の顔が熱くなるのを感じる。膝の上に乗せた両の手は自分の意思でも重く感じられるほど、強く握りしめていた。

 「そうかって。弓使いが、片腕を失ったんですよ!?どうして、大頭も、この砦の人たちも皆、そんな感じなんですか!」

 思いがけず大きく、語気が強い口調になるのもお構いなしに霆華は、激昂する。

 広間にいる砦の戦士たちは聞こえないふりをしているのか、霆華が座る卓を見向きもしない。

 「あんまりです…。これじゃあ、佐治が――」

 「――可哀そう、って言いたいのか」

 静焔の言葉に、霆華は無言で頷く。

 その様子をみて、静焔は小さく息を吐きながら続ける。

 「お前はまだ戦場を出て日が浅い。だから身近な者に降った悲劇で動揺するのも分かる」

 だがな…、と静焔は一層言葉に力を込める。

 「その者に降りかかった悲劇、災難は全て、“その本人が解決するしかない”ものだ。

  どんな奴でも、たとえ家族であっても、解決してやることはできない」

 「それじゃあ、佐治のことは放っておけって言うんですか!」

 静焔の言に被せるように、霆華は声を荒げる。

 「違う。そうじゃないぞ霆華。そうやって悲劇に降られた者に対し、俺たちにできることをやってやろう、って話だ」

 この言葉をきっかけに、霆華の思考が急速に回り始める。

 (俺たちにできることって何だ?励ますこと?いや、どん底の奴にそんなの響くわけ…)


 「――居場所を守ること、だよ」


 静焔の言葉が霆華の頭の中でこだまする。

 「居場所を守る…ですか」

 反芻された言葉にゆっくりと静焔は頷く。

 「そう。不幸や厄災を乗り越えたものを迎え入れる場所。そいつを、残ったやつらで死に物狂いで守るんだ」

 霆華は忌々しく見えていた広間の喧騒を思い出す。

 戦士や料理人や技術屋の人々の笑顔が鮮明に映し出される。

 (あの時、高斎が言っていた正解ってのはこういうことだったのか…)

 自分の勝手さに霆華は眩暈がしそうだった。

 ここにいる者は皆、佐治が立ち直ることを信じていた。

 必ず戻ると信じて、彼の居場所を必死に――漣立つ心を押さえつけた笑顔で――守り続けていたということか。

 (俺は…佐治を信じることを、諦めてしまったのか……)

 佐治と再会したあの瞬間。霆華は動揺し、佐治は変わってしまったと決めつけた。

 自分を鍛え、戦場で背中を預けあった同胞は“死んでしまった”と……。


 今度こそ堪えようもなく、霆華の両目から涙があふれてくる。

 自分が一番佐治に寄り添っていたつもりで、実際は自分がこの砦の誰よりも、佐治から遠いところにいたという事実が精神を駆け巡り、回り続ける…。

 

 「なぁ、霆華」

 泣き腫らした目を見ながら、静焔は問いかける。

 「お前がすべきこと、もう分かっただろ」

 自分がすべきこと。佐治を信じて、自分が考えなければいけないことは――。

 「霆華。佐治をこれからもお前の“兄貴”でいさせてやれ。そしてお前は佐治に恥ずかしくない言動をしろ」

 霆華は大きく頷く。

 その顔からは、自己嫌悪に押し潰されそうになる弱弱しさは消えていた。

 静焔は満足そうに頷き、霆華の肩に軽く手をのせ、力強く投げかける。

 「よっしゃ!そんじゃあいっちょ、気合い入れて模擬戦行って来いや!」

 霆華は涙を拭い、小さく息を吐く。

 もう一度、佐治の“弟”になるために。

 今、乗り越えるべき壁が鍛錬場で待っている――。


 

 

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異界大戦 @Azuki_Yuki

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