第五話 眠り続ける村 馬順の思惑
「―なんだ?ここは…」
不規則に点々と続く血痕をたどり、遂には森を抜け出た先で静焔がたどり着いたのは貧相な村落だった。
最初の魔軍大戦以降、人類はまとまってコミュニティーを作り、それらが互いに近い距離間で生活している。館には戦力を重視した人員配備がなされ、こういった村落はその周囲に点在している。
軍部の中枢に身を置き、戦場と合議室を行ったり来たりの日々を送ることも多かった静焔にとって、目の前に現れた村落の存在自体はさほど驚くものではない。彼が困惑したのは、その村落のあまりの異様さ故であった。
その村落には、“音”がない。人が行き交う音、家事仕事の音、子供の嬌声、働く大人の商売声、喧嘩の怒号、果ては家畜の鳴き声に至るまで、それらが何一つない。
その村落には、“朽”がない。一つ一つの家屋の具合や、荷馬車を引いてもビクともしなそうな道の整備の具合を見ても、とても打ち捨てられた村には見えない。魔軍が攻めてくればもう少し損害が出るものだ。まるでついさっきまで人がいたような気配がある。今にも、あの閉じた家屋の扉から人が飛び出してきそうなほど、この村落には生の趣が感じられた。
どういうことだ…。と静焔は警戒を強めながらもその村落に足を踏み入れる。血痕はまだ続いている。村落の、入口から中心に向かって、まっすぐに。果てはまだ見えない。村落を迂回することも一瞬頭をよぎるが、ここまでの出血を考えると霆華の身が案じられて、余計に時間をかけることが愚策だと思えてきた。静焔は音もなく歩き、手近な民家に近づく。窓から中の様子を覗いてみるが、人影はない。壁には見覚えはないが幾何学模様をいくつか重ねた奇妙な図案が貼られている。
中に入るか。とも考えたが、目の前の状況の得体が知れないなか、狭い空間に入る危険性を優先し、次の民家に近づく。再び中を覗いてみるが、やはり人影はない。一般的な家具が並べられているだけだ。諦めて次を探そうとしたとき、静焔の視界の先で何かが動く。
―手、だった。だらんと垂れ下がり、手のひらを静焔に向けた左手が見えた。
「なんだ。人がいる…のか。しかし、あの力の抜けた手は…。死んでいるのか。いや、どうであれ近づいてみなければ分からん…か」
意を決して静焔は民家へ入る。左手は常に刀へ添えてある。右手の位置、脇差の重さを確認しながら、ゆっくりと民家の扉を開け、ミシッと床板材が軋むわずかな音にも注意を向けながら歩を進める。
ミシッミシッミシッ―。
慎重に歩みを進める静焔はとうとう左手の部屋までやってきた。奥に先ほどの民家と同じ奇妙な柄の図案が貼られ、その下に寝台が一つ置かれている。左手はかけられた毛布の端から垂れ下がっている。手の主は見えない。頭まですっぽりと毛布に飲まれている。眠っているのか、死んでいるのか。静焔は静かにその寝台に近づき、おいっと、小さく声をかける。しかし何の返答もない。脇差を外し、そっとはみ出ている左手に触れる。やはり何の反応もない。ことの真偽を確かめるべく彼はそっと毛布を外した。
そこに横たわっていたのは年のころ25歳ほどの青年。うつ伏せの姿勢のまま、ピクリとも動かないでいる。一見すると死んでいると思ってしまいそうなほどであるが、よく耳を済ませれば、微かに寝息を立てているのが分かった。
「眠っているだけ…?しかし、ここまで何の反応もしないとは一体。それに、呼吸が浅すぎる。これは仮死状態に近い。なぜこんなことになっている…?」
民家を出た静焔はその後、すべての民家を見て回ってみた。状況は最初のものと変わらない。覗くが中は見えず、しかし入ってみると寝台に人が横たわっている。外傷はない。ただ、深く“眠っている”だけだ。
訳が分からず途方に暮れる静焔は、おもむろに手帳を開く。何件目かの民家で見つけたものだ。情報のかけらもない家具となぜかすべての民家に貼られている幾何学模様の図案。この手帳の表紙にも同じ図案が刻印されている。手掛かりになるかもしれないと、ちょっと拝借してきた代物である。
内容はこの地に古くからある伝承のようなもののようだ。曰く―厄災の折、大神様は我らに安寧をもたらす―という内容がつらつらと記されている。
「厄災、ねぇ。まぁ、魔軍に攻め立てられれば誰だってこんなものでも信じたくはなる、か。にしても、結局これは布教用の真偽不明の代物ってことなのかねぇ」
パラパラとページをめくる静焔の手が不意に止まり、目は一点にくぎ付けになった。
大きな洞窟の入り口が描かれている。左右を木々が覆い、入り口に置かれた祭壇にはたくさんの供物が積まれている。それを運ぶ人々はみな、この村から荷車を用いて道沿いに進んでいる。
静焔は手帳から視線を外し、足元を見る。荷馬車が通ってもビクともしなそうなよく整備された道。その一端は信仰に篤い20家屋55名が住む村落につながり―、
「そして、もう一端は…」
静焔は目を滑らせ、村落と反対側を見る。大きな洞窟が真っ黒な口を開けている。その左右にある木々の群れ。手帳の絵と異なるのは、祭壇には何も置かれていないということだけだ。
そして、血痕も道に沿って、かの洞窟へと続いているようだった。
「―霆華のやつ。まさか大神様とやらに捕まったのか…。得体のしれない奴とは戦い飽きてるんだがなぁ」
彼は独白しながらまっすぐに洞窟を目指す。日は傾き、もうすぐ夜の帳が下り始めるころだ。予定より前線への到着が一日遅れてしまうことを静焔は思考から外した。
洞窟の入り口まで来た静焔は身を隠しながら中の様子をうかがう。しかし、どこまでも深い闇が続く程度で、内部の構造や敵の有無などの情報は得られない。しかし、血痕はこの洞窟の中へと続いていた。
「ここは、腹をくくって飛び込むしかないか…」
「おっさん、何してんの?」
後ろから急に話しかけられ、静焔は驚き、飛び退く。見るとそこには齢10を少し越えたくらいの少年が立っていた。色は白く、髪の毛が少しだけ青いみがかった黒。星夜の空のような色をしている。前髪は眉のあたり、後ろ髪は長く、首筋のあたりまで伸びていた。服装は村落の者たちが着ていたものと同じようだが、汚れが目立つ。それが幼さを持ちながらも端正な顔立ちと非常に不釣り合いに映る。
「きゃはは!おっさん驚きすぎだって。そんなおっかない顔しないでくれよ。悪かったって思ってるよ。イシシ」
まったく悪びれもしない少年の軽い謝罪の言を受けてなお、静焔はひどく混乱していた。
(―どういうことだ?まったく気配を感じなかったぞ。まるで突然そこに現れたように…。殺気がなかったからか。いや、手を伸ばせば届くほどの距離まで迫られてそれだけでは説明がつかない…。何者だこいつ)
突如現れた謎めく少年に、静焔は今、この場での自分の立ち位置を見失っていた。相手が自分より格上と思い対応すべきか、格下なのか、敵か、味方か…。情報が少なすぎると感じながらも静焔は懸命に思案する。
「なーなーおっさんさぁ」
謎の少年は間延びした口調で話しかける。
「この洞窟に入りたいんだろ?俺、ここ詳しいから道案内してやるよ」
「お前、そこの村の子か?」
「ああ、そうだよ。でもさーみんな眠ってしまって、正直ヒマなんだよねー」
「あの村は、一体どうなっているんだ」
「んー。俺も詳しいことはわからないんだけどよ。一週間くらい前に、急にみんな目を覚まさなくなっちまったんだよ。それで、大神様がなんかやったんじゃないかって思って…、それから俺、何度かこの洞窟に来てんだ。父ちゃんと母ちゃんに早く目を覚ましてもらわねぇと…。まぁ、奥まで行っても何にもわからないんだけどな」
「…なぜ、お前だけは無事なんだ?」
「さぁ?それは知らねー」
問答を重ね、これまで不明だった点を何点か明らかにする。あの貧村がああなってしまってから一週間…。一体何が原因なのかはまだわからないが、とにかく―
「よし、この中を案内してくれ、ええと…」
「馬順。俺の名は馬順でいいよ」
よし行こう!と言って馬順と名乗る少年は後ろ髪をなびかせながら洞窟へと入っていき、静焔も後に続く。
そそくさと慣れた感じで先へ進む馬順を見失うまいと、静焔も速めのペースで進んでいく。
「この辺は滑りやすいから気をつけろよ。上から水が滴ってて、濡れてる上に苔なんかも生えてるからな」
「ここから道が3つに分かれてるんだけど、二つは最終的には行き止まりになる。それなのにやたら複雑で長いから時間を無駄にしちまうぜ」
「もう少し先に進むと分かれ道が出てくるから、それを右に曲がれば到着だ」
馬順のおかげで、洞窟攻略は順調を極めた。無駄な時間や労力を一切使わずに奥まで進めているように感じる。しかし、静焔は馬順の様子に些細ながらも違和感を感じていた。
「――ちょっと待て」
案内をしながらズンズンと奥へ進む馬順を、静焔が静止した。
「どうかしたのか、おっさん。便所ならその辺で適当に…」
「――お前、一体どこへ向かっているんだ?俺は一度もここに来た目的を伝えていないが…」
いままでサラサラと質問に答えてきた馬順が、一瞬言い淀んだように見えた。
「え?やだなぁ、そりゃあ一番奥の部屋ですよ。この洞窟の最奥。いわば、終着点です」
「なぜ、そこを目指す?」
「え?えーと。おっさんって、地面についた血の跡をたどってこんなところまで来たと思ったんですけど…。違いましたか?」
たしかに、それは正しい。しかし、これは勘の良さと割り切ってもよいのか…、何か別の狙いが動いているのでは、と静焔は判断に迷う。
「ごめんなさい。俺が勘違いしただけってんなら、改めておっさんの目的を教えてくれよ。もう一回来た道を戻ろうぜ」
「いや、血の跡をたどってきた。勘違いじゃない。疑うような真似をしてすまなかった。先を急いでくれ」
判断ができない中でやみくもに疑いをかけていても仕方がない。今はこの少年の言を信じ、とにかく奥まで進まねば、と静焔は割り切り馬順に先を促した。
「おっしゃ、もう少しだからよ。頑張ってくれよな、おっさん」
このおっさん呼びは何とかしてくれ…と思いつつ、静焔は低い天井を避けるため、頭が膝につきそうなほど身をかがめて進んでいった。
「ふぅー。着いたぜ、おっさん」
馬順がそう言って振り向く。そこには、神秘的、幻想的という言葉がぴったりな空間が広がっていた。
中央には大木があり、どういう理屈か青白く発光している。その光が周囲の岩壁を照らし、岩に枝葉をゆらゆらと投影していた。広さは、館にある演習場よりも少し大きいくらいだろう。なかなかの広さをしているが、大木の規模で存外に小さく見えてくる。
しかし、静焔の目はそういったものには一切反応を示さなかった。彼が見つめているのは輝きを放つ大木の根元。そこには巨大な熊が生気なく横たわっている。首筋を一直線に貫く風穴が見えた。霆華がやったのだろう。そして―
「霆華!!」
静焔は馬順の脇をすり抜け大木の根元、熊の死骸の側へと走り寄る。そこには、ぐったりとうなだれている霆華の姿があった。
「霆華!おい!しっかりしろ!!」
悪い予感が頭をよぎるが、それを必死で振り払い、静焔は声をかけ続ける。何があって今こんな状況なのか、何一つわからない。とにかくこの少年をここで失うわけにはいかない、と半ば祈るように静焔は声を張り上げる。
「スゥーーーーーー」
「霆華!霆華!!生きているか!!!」
「大頭ぁ?なんでここに……」
弱弱しいが口を開く霆華を見て、静焔は安堵する。何はともあれ、生きててよかったと思いながら静焔は左の手を霆華へ突き出した。
「ほら、忘れ物だ」
そういって霆華の手に渡されたのは、黒く光る鋼鉄の矢“川蝉”だった。
「あ…おれ、森で襲われて…回収……。申し訳ございやせん」
「いいんだ。そういうのはやめろ、と言っただろう。持ちつ持たれつ、だ。お前のフォローは俺がする。俺のフォローもよろしく頼むぞ」
「っ――はい!」
「あのーおっさんたち。もういいかい?」
感動の再会に感極まっていたところ、不意に声をかけられ静焔は振り返る。霆華も静焔の陰から彼の視線を追った。
「あ、ああ。すまなかった。馬順。ここまでの案内、ありがとう。おかげで大切なものにまた会えた。俺たちはすぐにこの洞窟を出る。道は大方覚えているから案内は必要ないが、お主も一緒に出るなら共に―」
言いながら、静焔は肌がひりつく感覚を覚えた。刺されているのか潰されているのか…、膨大な量の針の雨に打たれているような、巨大な密度と質量を伴う―殺気。
「ねーねーおじさんたちってさー」
妙に間延びした口調が耳をつく。
「館ってところの軍人さんだよねー」
質問の意図が入ってこない。なぜ今それを聞く?いや確認されたのか…。思考の遅れが取り戻せない。
「軍人さんということはさー」
目の前で無邪気に、期待を込めた笑みを浮かべ、理解が及ばぬほどの殺気を垂れ流す年端もいかぬ少年から、静焔は目が離せない。
「“僕”を退屈させないよね!」
それは、ほぼ反射の世界だった。理性ではなく本能の世界。人間が理の発達とともに抑え込んできたもう一つの力。
その力は静焔に、目の前の空間を抜刀によって下から上へ切り上げさせた。
少年への一刀ではない。これはまさしく、自らの生のための一刀だった。
静焔の眼前に迫った紫の光球。一刀の内に縦に割られたそれは、左右別に飛んでいき、岩壁を爆発によって穿ち、消えた。
(―何が起きた!?)
すぐ目の前で起こった出来事であるにもかかわらず、霆華は何も理解ができなかった。
奥の少年が何かを言ってきたと思ったら、急に紫の球が飛んできて、大頭がそれを両断した。
いや、意味が分からなかった。どこで何が起こっているのか。
「霆華!」
ビクッと、自分が呼ばれた声に反応し、霆華は我に返る。
「なぜかは知らんが、俺はあいつと戦うことになったらしい。正直、きつそうだが…。お前―」
やれるか、と聞かれれば答えは“応”だ。全力で行く。川蝉は10本。いけるはずだ…。
「お前、あの出口まで一直線に走れ」
“応”!と叫びそうになるのを喉元で押しとどめて、霆華は信じられないと静焔を見上げる。
「どういうことっすか大頭!なんで、そんな―」
「どうもこうもない。あいつの力は魔軍の使うものと同じだ。しかし威力は桁違いに高い。お前を守りながらでは勝算が薄い」
「守りながら戦う必要なんてないっすよ。俺も一緒に戦います」
「今のお前じゃ、力不足だ。いいから黙って俺の言うことを…」
言いかけて、静焔は黙る。持ちつ持たれつ、と言ったのは自分だ。それを今更「言うことを聞け」と。それでは今までと同じだ、命令に盲目的に従うしかない、意思を持たない人を作ってしまう…。霆華をそんな風にはさせられない、しかし、このままでは霆華の命は…。
「言っときますがね、大頭ぁ!」
矢を番い、狙いを馬順と名乗る少年に合わせながら霆華は叫ぶ。
「俺は!大頭が言うことにただうなずくだけの人形じゃねぇっすよ!今までただの一度も反論せずに大頭の言うこと聞いてきたのは、単純に大頭が“正しかった”からだ!勝利のため、人を守るために、苦渋の選択をしてきたことも知ってます!でも、今回の話は自信をもって言えます。大頭、あんたは間違ってる!ここは捨て身で一人を生かすんじゃなく、二人で戦って二人で生き残る選択肢しかないんです!」
速度、威力ともに申し分ない。現在の射程距離で出せる最大限の一射が一直線に馬順のもとへ飛んでいく。
しかし馬順は左足を引き、半身になることで才の限りを尽くされた一射をかわして見せた。
「んー。話し合いは終わった?僕としては、二人相手でも楽しめるならいいんだけど…。あ、でもおっさんが逃げてそっちのガキが残るのは無しね!楽しめそうもないから」
心底、どうでもいい、という感じで馬順は話す。その言に霆華は悔しさをにじませるが、直後、話しかけたのは静焔だった。
「すまねぇが、馬順。あと少し待っててくれるか」
「ん?いいけど、長くは待てないよ。待ちくたびれたら爆発させる」
「はは。すまねぇな。すぐ終わるよ」
そう言って静焔は馬順から目を話して振り返り、霆華に向き合う。
「霆華。この戦い、しくじれば二人とも死ぬ。俺はともかく、お前は確実に死ぬ。―それでも、俺は間違っているか?」
いつもとは違う。静焔は今、霆華を軍人の仲間として、対応な立場で問うている。師匠と弟子だとか、大軍団長と一介の砲撃部隊兵だとか、そんなことを抜きにして。今ここで語られるのは、死地へ向かう軍人らの見苦しい生への会話だ。
「あぁ、間違ってるね。絶対に」
だからこそ、霆華は胸を張って静焔の問いに答える。
「俺たちは二人でここを出て、前線に向かい、そこから雪焔を探して連れ帰る。二人で、だ。どちらかが欠ける公算が高い策をとるのは正しくねぇし、それに―」
霆華は口角をあげ、自信満々に言い放つ。
「それに、―俺はそんなに弱くねぇ」
「おーい、終わったぁ?そろそろぶっ放しちゃうよー?」
「あぁ、終わった。すまねぇな。存外、待たせちまったよ」
「いいよ。結局そっちのガキも一緒にやるんでしょ?ついて来られるか…な!」
言うが早いか、紫光球が再び静焔たちへ放たれた。静焔は抜刀の構えをとる。この光球をどうにかしなければ、馬順へ近づくことはできない。防戦一方でも、この光球が長時間続くようであれば敗北は必至だ。
攻め手が見つからない。思い悩みながら、彼は磨き上げた抜刀を今は絶対の防御として振るうよう身構える。しかし、静焔が切るよりもはるかに早く、――光球は爆発した。
「―!?なんだぁ?」
馬順が予想外と言わんばかりに声を上げる。その現象を引き起こした主は、しかし落ち着いた口調で語る。
「やっぱり、光球表面の渦潮、その中心の先が核みたいっすね。大頭、あの光球、俺が何とかしますよ」
早くも次の矢を構えながら霆華は一瞥もくべずに静焔へ言い放つ。馬順はといえば、今起きた出来事に加え、それをやったのが自分が格下だと見下していた者であったと知り、驚き固まっていた。
「なっ、おま、お前がやったの!?あの爆発を!?え?嘘だろ!?なんで…」
「なんでって、あの玉の中心にを射抜けば爆発するんだろ?それで終いだ。他に何もねぇよチビ助」
衝撃でわなわなと震えていた馬順だったが、ふと、冷静さを取り戻した様子で眼前の二人を見やる。
「わかった。ガキ、なかなかやるねぇ。ちょっと本気でやるよ。楽しくなりそうだねぇ」
にやっと笑みを浮かべた後、馬順の頭部が前後に一回、大きく振れた。その直後、馬順の周囲に紫の靄が湧き出てくる。
「くっくくく…。やーっと“俺”も戦えるのか!うれしいぜー。さーて、すぐ終わっちゃつまらねぇ、せいぜい楽しませろよ?なぁ!!!」
突如、先ほどよりも小型な6個の球体が馬順の周りに出現する。それを合図にしたかのように、静焔と霆華は左右それぞれに分かれて馬順へ向かい走り始めた。
「霆華!無茶だけはするなよ!」
「わぁってるよ!大頭も、せいぜい気ぃつけな!」
4個の紫光球が霆華を襲う。
壁沿いを全力で駆ける霆華に対して紫光球は垂直に向かってくる。彼はそれらを極力かわすことで対応した。“川蝉”の残量は残り8本。なるべく無駄打ちは減らすべきだ。
そう考えている間にも放たれる無数の光球。その密度はどんどん増し、霆華はそれをひたすらに躱す、躱す、躱す。
やがて、霆華が捌く紫光球の数は15に達した。彼は岩壁に着弾した際の爆風をも利用して自身の体を前へ運び、上へ押し上げることで少しずつ馬順のもとへ接近する。
不意に、霆華に向かって放たれた紫光球が空中で爆発した。どうやら4つの紫光球同士が互いにぶつかり合ったらしい。霆華の目の前には厚い深い青色のカーテンが広がった。
粉塵を嫌い、両手で顔を守る体勢のまま、腕の隙間から正面を見る。
「こりゃ、やべぇかも…」
そう思った矢先、粉塵を割くように大型の紫光球が2つ、ほぼ横並びで霆華に迫ってきていた。
「―っく、えげつないマネしてくれるねぇ!」
霆華が同時に射出できる弓の数は3本。しかし、その本数が増えるほど威力が減衰する。1本の矢を打つための力を3本に分割してしまえば、それも当然だ。
しかし、威力が弱ければ光球の核まで矢が届かない。突き抜けない。しかし、1本の矢で迫りくる二つの即死級の光球を捌くことは不可能だ。
一瞬の判断の時間を経て、霆華は1本の矢を番え、放つ。霆華の狙い通り、矢は“二つの光球を真中へ”飛んでいった。
彼はすかさずもう一本の矢を放つ。速度まで操作された2本の矢はやがて空中でぶつかりそれぞれに軌道を変えて光球の核を貫き、爆発を生んだ。
「いっちょ上がり―!ってか」
霆華は再び走りはじめ、馬順へ迫る。あの2つの光球以降、光の弾幕はその激しさを失っていた。近づいていくにつれて聞こえてきた金切り音がその理由を同時に運んでくる。
「―やっぱり、大頭は速いねぇ」
背後で着弾した紫光球の爆風に乗り、霆華は馬順までの距離をさらに縮めた。
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