第三話 物差しと矜持

日が完全に昇り、朝露は平行に並ぶ葉脈の上にわずかにその面影を残すのみになる頃、自室にて静焔は愛刀『泡沫』の柄をそっとなでる。合議が終わってからこの自室に戻るまで、誰とも口をきいていない。自室に戻ってからも部屋の中央に座し、こうして愛刀に触れている。今、静焔は己が精神を極限まで研ぎ澄ませていた。豪角との約束まで四半刻を切る。それは己のうちに向きあう長い猶予なのか焦燥にかられる刹那の一瞬であるのか、それは静焔も含め、そうと断じることが出来る者など皆無である。ただ、“四半刻”という絶対の指標に、どのような意味を付随させるのか。この時間を有意味なものにせんとし、稀代の剣客はさらに深く、己の内へとその意識を埋没させていく。

 

 ―雪焔…今迎えに行く……。

 ―父親としての責任が俺には……。

 ―陣の守りはどうする?俺が居なくともよいのか。

 ―ここにいる者だけで籠城していつまでもつのか。

 ―不安不安不安…… 

 ―いや、ここの者たちも日々鍛錬に励んでいる。

 ―しかし肉体は鍛えていても精神はどうだ…?育っているか……

 ―不安不安不安不安不安不安不安……

 ―あぁ、雪焔、どうか…無事でいてくれ……

 ―不安不安不安不安不安不安不安不安ふあんふあんふあんふあんふ…


 ガラッと襖が開き、齢15ほどの少年がその向こうにたたずむ。

 「豪角の旦那、準備できたってよ。大頭、あんたもそろそろ、ですぜ」

 襖を開けた位置から背に向けて声をかける霆華には、静焔がどんな表情でこの時を迎えたのかを知るすべが無かった。


 演習場は周囲を高い塀に囲まれている六角形の形をしている。屋根はなく、雲一つない青色が、まるで覆いかぶさるかのように上空に広がり、視界を包む。

 静焔はゆっくりと演習場の扉をくぐり、そこに敷き詰められた硬い砂地の感触を体全体で感じ取った。左の腰には愛刀『泡沫』と、小太刀『飛沫』の2刀を差してはいるが、そのほか身に着けているものは合議の時と変わらない。

 これが静焔にとっての戦装束である。

 刀のほかに異なっている点としては、その鋭利で威圧的な眼光と、全身をうっすらと漂う殺気くらいだ。

 その眼光が見据え、殺気の根源にいるのは、鎧を身に着けた豪角であった。

 胴、肩、肘から手の甲にかけての各部位を、重厚な光沢を見せる黒で覆っている。手甲はまるで蛇の皮のようで、接合部が細かく分かれており、頑丈な上にその機動性を失わせない作りになっている。

 しかし、何よりも目を引くのは偉丈夫の豪角とさして遜色のない全長を誇る巨大な棍棒であった。柄の太さだけを見ても、常人が自在に操るのは難しいことを示している。敵を殴打する部分はおそらく鎧と同じであろう黒の金属を用いた装備品で何層にも覆われていた。

 豪角は対角線に静焔を認めると、おもむろに巨大な棍棒に手をかけ、片手で悠々と回し、その先端を静焔へ向ける。その目には確かな理が宿っている。暴と理の均衡を極限まで極めた武の体現者が、今はその神髄をすべて解放し、静焔だけを敵と見据えて悠々と構えている。

 「静焔。お前がどんな理由で単身敵陣に切り込むつもりなのか分からないわけじゃねぇ。ただよ、こっちとしてもキチッと測っとかなきゃいけねぇことがある」

 「ああ。お前を切り、踏み越えて行けばなんの文句もないんだろう?」

 静焔の言に、豪角は荒々しく口元を釣り上げた。

 「わかってんじゃねえか。さすが大軍団長様だ。そんじゃま、早速――!!?」

 豪角の言が終わるか否か…静焔の体はすでに豪角の棍棒をくぐりすでに懐深くまで侵入していた。演習場の端から端にいたにも関わらず。静焔の身体能力は他の者の理解と、音すらも置き去りにしてその距離を縮め、豪角が張った棍棒の結界すらも搔い潜り、両者は肉薄する。静焔の手はすでに鯉口と柄にかかり、超速で詰めたその勢いすらも利用して、天下一と称される抜刀術が豪角の胴を黒の鎧ごと左逆袈裟に切り上げ――。

 

 「―しら!―頭!大頭ぁ!!!――!―!!―――――!!」

 薄れていた意識がだんだんと明瞭さを取り戻していく。初めに認識したのは背に伝わる鋭利な木材の感覚だ。どうやら演習場を囲う木製の塀が陥没するほど強く叩きつけられたらしい。視界に色が戻ってくると、目の前には力なく伸びる両の脚。だらりと垂れ下がる腕。血で染まる両の手。左腰の2本の刀はまだその重さをそこに残している。そして、ポタポタと滴り落ちる血液だった。ゆっくりと視線を這わせながら顔を上げると、その先では巨大な得物をもつ豪傑が最初と変わらない場所で仁王立ちしている。ザーザーと土砂降りの雨音のようなものが頭に鳴り響く。かすかに、自分の名を呼ぶ霆華の声が聞こえてきてはいたが、名前以外、何も処理ができなかった。

 そして最後に訪れたのは、身を割くほどの激痛だった。切創、擦過傷、挫創、刺創、裂創…。多種多様な痛みが静焔を襲い、思わずわずかな声が漏れる。頭部から激しく噴き出した血は両腕を伝い手の付近に溜まっている。自分が先に仕掛け、返され、吹き飛ばされたことを、記憶ではなく自身の状態から静焔は理解する。直前の体験的な記憶は完全に抜け落ちていた。

 ―このまま座り込んでいる場合ではない。俺は雪焔を…。

 ゆっくりと静焔は立ち上がる。最初と両者の距離感は変わらない。しかし静焔に、もう一度あの奇襲を仕掛ける選択肢は残されていない。彼は一歩ずつ豪角に向かって歩き始めた。

 「いつまで寝てんのかと思ったら、割と早かったなぁ。大軍団長様よぉ。でも、もう限界なんじゃねぇのか」

 「うるせぇ。早く向かって来い。俺は父として、雪焔を迎えに行かなきゃならねぇ」

 「まったく。そんなんでよく言えるぜ。じゃあ、遠慮なく」

 言うが早いか、豪角は静焔との距離を一気に詰め始める。最重量武器を携えていながら、その速度は凡人のそれを遥かに上回っている。豪角―歩兵団団長にして“暴略の武人”と称され、「武力だけなら大軍団長以上」と賞される男―がその棍を振り下ろす。間一髪でそれを避け、返す刀で切りかかる体勢を整える静焔だったが、地面に衝突した棍の余波で大地が揺れ、静焔はほんの一瞬、体勢を崩した。その一瞬をとらえたのか、はたまた初めからこれを見越しての初撃だったのか、豪角は打ち下ろした棍をそのまま横に薙ぎ、静焔に真横から叩きつけた。鞘を引き出し、体と棍の間にかろうじてそれを滑り込ませていくばくかの衝撃を緩和させ、さらに両の脚を地面から浮かせることで迫りくる暴を極限まで封じ、静焔は吹き飛ばされた。空中に投げ出されながら体勢を立て直し、鞘から刀を抜く。地面についた静焔の視線の先では、すでに豪角が放たれた矢のように一直線に向かってきていた。迫りくる棍と刀が空中で邂逅する。キンッと甲高い音が鳴り、音は徐々にその数を増し、間隔を狭め、空気を震わせる単音の集合体は、やがて一つの巨大な蛇のように場内全体を這いまわり、飲み込んだ。キーーーーという高音を鳴り響かせながら、両者の攻防は苛烈さを増す。袈裟に振り下りされる棍を受け止め、いなしながらその表面を滑らせるように刀を喉元へ駆け上がらせる。迫る刃を左手の手甲で受け止め、そのまま左手で顔面を目掛けて裏拳を放つ。脇に差した小太刀『飛沫』を左手で逆手に取り、直前のところで重い一撃を受け止め、のけぞった体勢を利用し、より勢いをつけた一刀を振り下ろした。体が空中で縦に一回転するほどの速度と重さを秘めた一撃を豪角は文字通り間一髪のところで後ろに引き、躱す。両者の間にわずかな隙間ができたことで、地面にめり込んでいた棍が一気に打ち上げられた。静焔は棍に足を置き、その勢いで空中に高く飛び出す。そして両者の距離は荒くなった息遣いが聞こえ、しかしまだ互いの間合いの外にまで少し離れた。

 「はぁ、はぁ…。おうおう静焔よぉ。敵陣に単身で突っ込むって言った割にゃあ随分な様だなぁ、おい。この俺一人切れないってんなら、おとなしくお供に守られながらの方がいいんじゃねぇのか。いや、いっそここに残るってのもありだぜ」

 「うるせぇ…。さっさと切られろってんだ。いつにも増して本気で来やがって。そんなに俺に責務を果たさせたくねぇのかお前は!」

 「……まぁだ分かってねぇみたいだな。そんじゃあ、しゃーねーな」

 右手を下に、左手を上に。豪角は棍の柄を両手で握ると、上半身を左手側へ大きく回した。

 「歯ぁ食いしばれよぉ。静焔!!」

 横薙ぎに、巨大な棍が空間を切り裂く。その軌道上から押し出された空気は圧縮され質量を感じさせる見えない波となり、正面―静焔を目掛けて向かってくる。本来は見えないはずの空気の塊だが、土ぼこりが舞い上がりその存在は容易に視認できた。そして、その波があまりにも広く、大きく、そして固いものであることもまた、同時に理解せしめることとなる。避ける、という選択が封じられたことを悟った静焔は、迫る波を一刀に沈めるべく、上段の構えをとる。限界まで波を引きつけ、渾身の力で刀を振るったが、刀は波にはじかれ、そして直撃を食らった静焔は両ひざをつき、その場に崩れ落ちた……。

 「おい、もう終いか?」

 豪角の言に対し、息も絶え絶えに静焔が返す。

 「ま…だ…終わらねぇ。俺は、父として、雪焔を……」

 ガンッと静焔の頭に鈍い衝撃が伝わる。棍か、いや、どうやら殴られたらしい。


 「てめぇ!まだそんな甘ったれたこと言ってんのか!いい加減気づけや!!」

 

 拳を振るった豪角は静焔へ感情を剝き出しに声をかける。全身に力が入らない静焔は反応すらできない。

 「何が責務だ。何が父として、だ!てめぇは肩書がなけりゃ何もしねぇ腰抜けか!そういうやつは真っ先に戦で死んでいく。そういうやつは中途半端な覚悟で終わるからだ!自分を支えるものを他人の、世界の物差しに求めてんじゃねぇよ!大軍団長だからと、陣内で同僚相手に十分な実力も出せねぇ。てめぇの娘の危機に父だから不安を募らせ焦りに支配されている!結果出来上がったのは全部がバラバラの三流剣士ってんじゃ、笑えねぇぜ」

 降り注ぐ声を浴び、静焔の思考は否応なく自身の深層へ沈んでいく。

 ―俺は、父だ。雪焔のただ一人の家族だ…

 ―雪焔を守るため、俺は迎えに行かなきゃならないんだ…

 ―これは正しいか?

 ―俺は“父親だから”助けに行くのか…

 ―否、そんなことは言い訳だ…

 ―なぜ、家族を助けることに理由がいるのだ…

 ―“己が”助けたいから行くのだ。己の存在を己が誇れるように…

 ―己が矜持を守るために、俺は今ここにいるのだ…!!


 キンッという音とズサッという音が演習場に響いた。静焔が膝立ちのまま傍らの刀を振り上げ、豪角はとっさに後ろへ飛び退いたが、その切っ先は胴に着た鎧をかすめ、くっきりとした傷跡を残した。

 豪角は鎧に着けられた胸元の傷を指でなぞり、いつも間にか立ち上がり、自分をじっと見つめる歴代最強の剣客と視線を合わせる。

 「へっ。なんでぇ。吹っ切れたのかよ。あーあー。この鎧に傷つけられたのなんざ初めてだぜ。魔軍の高熱の光を食らってもびくともしねーのによぉ」

 「礼を言うぞ、豪角。どうやら俺はつまらねぇ男に成り下がってたみてぇだ」

 「へ。例には及ばねぇぜ。どっちにしろ、お前がここを切り開かねぇと次がねぇんだからよ」

 「わかっている。なぁ、豪角……歯ぁ食いしばれ。」

 両者は再び肉薄し、矛を交える。先ほどと同じ距離、同じ状況だ。だが少しずつ異なっていた。攻めの鋭さが増し、速さが増し、力が増した。受けてからの反撃ができない場面も多くなった。一方的に攻められ防戦になる場面が目立った。じりじりとしたわずかな変化は、しかしさほど待たずして大きな変化へと様相を変える。防戦一方の体勢の隙をついて放たれた重い一撃を食らい、豪角は上空へと打ち上げられた。

 「くっ――!」

 無数の切り傷がついた黒鎧に身を包みながら、上空で姿勢を安定させる。地上では、刀を鞘に納めて柄に右の手をかけ、上空に舞う豪角を一点に見つめる静焔の姿をその視界にとらえた。

 「これで最後…というわけか。あぁ、いいぜ。お前の抜刀術。正面から打ち破って見せよう…」

 棍を両の手で持ち、空中で縦に回転する。1回転…2回転…3回転……。

 「いくぜぇ。豪嵐・豪撃衝!!」

 両者の影が演習場の中央で交わった。

 振りぬかれた一閃は、黒鎧を完璧に切り裂く。豪角は鮮血を吹き出しながら、人形のように地面に激突した―。


 「なぁ、大頭。本当に大丈夫なのか?」

 演習場の決闘から7日。豪角は倒れたが静焔の傷も相当のものだった。その場で倒れこみ、霆華が真っ先に駆け寄って救護、手当てをして丸3日寝込むまでした重篤患者であるはずの人間が、今はどういうわけか旅支度に精を出している。

 「んー?まぁもう傷は大体ふさがったし、大丈夫だろ。ところどころ折れてた骨もちゃんとくっついたみたいだしなっ!」

 テキパキと鼻歌交じりで準備を進める大軍団長を、妖怪だ!妖怪ヒトモドキだ!と内心で叫びまくりながら若干引き気味に眺めている霆華に、静焔は続けて尋ねる。

 「そういえば、豪角の奴はどうしている?」

 「あー。豪角の旦那ならおとなしく寝てるはずですぜ。―ちゃんと人間なもんで」

 「人間も何も、ここにいるのは皆そうじゃないか。おかしなことを言うもんだ」

 何言ってんだヒトモドキが、と喉から出そうになる言葉を霆華は何とか押し込む。

 「それにしても豪角もアホだよなぁ。一度目覚めてすぐ鍛錬したせいで傷口が開いて、それでもなお続けようとしたもんだから砲撃部隊の奴に鎮静銃撃ち込まれてやんの。お前はその辺の話なにか知らないのか?」

 ここって、意外に化け物多いのかな…?と不安を覚えながら話を聞いていた霆華は不意な問いかけに一瞬口ごもる。静焔が倒れてから今まで、部隊の仕事を放り出してつきっきりで看病をしていたのだ。

 自らが所属する部隊の情報でさえほとんど入ってこなかった。―でも、そんなことは口が裂けても知られたくなかった。

 「いやー。特段新しい情報はないっすねぇ。ところで大頭―」

 霆華が急いで話題を変えようとしたとき、ドスドスと巨大生物の足音が響いてきた。

 「よぉー。大軍団長様!!元気かぁ」

 元気じゃないようにしたのはあなたですよー、と霆華は不躾に部屋に入ってきた豪角を横目で見る。静焔の一閃は、豪角の鎧を切り裂きはしたものの、喉元など致命傷となる部分は避けられていた。あれは意図的か偶然か…、静焔自身が語らないため、屋敷内では密かな議論の的になっている。

 「豪角殿も元気そうであるな。しかしいきなり私室に踏み込んでくるというのはどうにかならないものか」

 「んな細けぇことは気にすんなって。ところでよ、もう吹っ切れたってことでいいんだよな?」

 軽口をたたいているようで、一瞬緊張した空気を醸し出したのを、霆華は横から感じ取り、静焔を答えを豪角とともに待つ。

 「あぁ、もう大丈夫だ。父だ大軍団長だとグダグダ考えるのはやめた。俺は俺のために、自分が恥じない生き方をするために決断をする。そして、俺は雪焔を迎えに行く」

 「それを聞いて安心したぜ!ここのことは任せてくれて構わねぇよ。んじゃ、俺は引っ込むとするか。そろそろ面倒見てくれてる奴らが騒ぎ出すころだ」

 あ、黙って勝手に出てきちゃったんですね~、と霆華は呆れた眼差しで豪角を見やる。

 「大頭、俺も失礼いたしやす。ちゃんと休んでくださいね」

 豪角の後を追い、霆華も静焔の私室を出る。そしてすぐに豪角を追いかけた。

 「豪角の旦那!ちょっと―」

 「あ?どうした霆華。俺になんか用でもあんのか」

 不思議そうに自分を見つめる豪角へ、霆華はある疑問を投げかける。

 「旦那はどうして、決闘中に大頭を煽るようなことを言ったんです?」

 そう、決闘であるにもかかわらず、旦那は大頭に近づき、拳骨を加え、罵声を浴びせた。

 本来なら、あの状態でする必要がない一幕だ。一撃入れて、死なさないにしても気絶させて終わりだ。

 なぜ煽ったのだろうか。結果的に大頭は本来の力を取り戻して勝利。旦那には何一つ意味のないことだったはずだ…。

 「……一撃」

 「え?」

 「一撃目、覚えているか。柄にもなくあいつが仕掛けてきた奇襲。俺は完全に反応が遅れた。多分あいつはあれでけりをつけるつもりだったんだろうよ」

 それなら、自分もかろうじて目で追えた。でも、あれは―

 「その一撃目なら、旦那が大頭を棍で殴り飛ばしたことで間一髪防ぎましたよね?」

 「あれは、間一髪防げたんじゃねぇよ。あいつ、刀を抜く直前で急に止まったんだ」

 「え?ありえないですよ、そんなこと」

 「俺もそう思う。だがあの時確信した。あぁ、こいつには迷いがあるな、てな。父として守りたいとか、大軍団長として戦いたいとか、肩書に寄っている人間は土壇場の意思がぶれる。一貫した判断ができなくなる。あの時のあいつは大軍団長として、同僚を傷つけることを一瞬ためらったんだろうよ」

 そんなことが…、と否定しようにも、その材料を霆華は持ち合わせていない。

 「ただな、それでもあの一撃はよかった。刀が抜かれてたら今俺はこうしてられねぇ。だからよ、あの勝負は一撃目ですでに俺が負けていたのよ。だったら勝ち負けにこだわんのは野暮ってもんだろう。我らが最強の大軍団長様に復活してもらおうって考えたわけだ」

 もういいだろ、と言いながら豪角は去っていった。廊下に残された霆華はその後姿が見えなくなるまで、最大限の敬意と尊敬と憧れを込めて深々と頭を下げていた。


 翌日の早朝。

 北門の前には、風呂敷一枚を引っ提げ二本の刀を差しラフに着崩した着物をまとった剣客が一人。

 一名を除き、屋敷の者全員が、その後姿を静かに見守っていた。

 「んじゃ、行ってくるとしますか。皆の者、ここは任せた!」

 朝日を背に、振り返った静焔に誰からと言わず歓声が上がる。

 ゆっくりと北門が開く。静焔は歓声を受けながら己が矜持のため、娘を迎えに行く旅の一歩を踏み出した。

 「――待ってくだせぇ!大頭ぁ!!!!!!」 

 歓声の合間を縫って聞こえてきた声の主は、ほどなく静焔に追いついて、

 「お、俺も一緒に行きます!大頭の助けになりたいんっす!邪魔にはなりません。お願いします!!」

 「いや、そんな勝手に…」

 「勝手じゃありません!ちゃんと幹部の皆さんの許可をもらって来ました!大頭を除く4名全員が賛成してくれましたぜ!…まぁ、豪角の団長が一喝してくれたからなんっすけど…」

 あぁ、なんとなく目に浮かぶなぁ、と他の幹部らに同情しながら、静焔は目の前の少年と向き合う。

 「長い旅になるぞ。正直、屋敷の外では何が起こるかわからん。不測の事態、不測の危機、命の危険がどこに転がっているのか…。本当にいいんだな」

 鋭い眼光で見つめられ、少年は息をのむ。しかし、はっきりと、まっすぐな声で答える。

 「はい!この霆華。亡き父霆仁と母京華の名に誓って、必ずやお役にたって見せます」

 では、行こうか…、と静焔は再び歩みだす。その後ろには飛び道具の才を持つ少年霆華。


 齢40のオジサン剣客と齢15の天才少年の旅路が今、幕を開けた。

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