ここが心霊事務所ですか?

相木ナナ[カクヨムコン参加中]

ここが心霊事務所ですか?

 はい、お邪魔します。

 ここは……なんだか身が清められるような場所ですね。


 こんなじじいがお邪魔して良かったのか。

 いいんですか、ありがとうございます。

 なにぶん年寄りですから、その、ここに来るまでさんざん迷いましてね。


 道ってのはこんなに複雑なんですな。

 でもこんなじじいですから、ナビゲーションってやつもよく分からなくてね。

 いけない、本題を話さないとならんですね。

 ここは法律事務所みたいに、時間でお金とられるんですか?


 ――とらない? それは良心的だ。

 ゆっくり話していい? それはありがたいです。


 これは、私の知り合いのじじいの相談なんですが……当人でなくてもいいんですか?

 いい? ここは色々きめ細かですなあ。


 それで、知り合いのじじいが――昇二というんですが、家で大変な目にあっているんですよ。

 最初は息子のほうが――ええ、分かりにくいですよね。

 あったことをそのまま? 

 そうですな、私の考えがぐちゃぐちゃして分かりづらい。


 発端は、嫁と姑ですよ。

 よくあるいびり――とは違うのかな。

 あれは、姑が嫁を直接いびるんですな? 

 じゃあ、少し違うのか。


 まあ、姑も気が強い。嫁も気が強い。

 これもよくありますよな、問題は旦那がどう出るか――。

 どうもしなかったんですよ。


 嫁に、嫌がらせにまずい茶を出すというと、そうかそうかと頷く。

 姑に、嫌がらせに嫁の料理に塩をたくさんいれたと言っても、そうかそうかと。

 優柔不断なんだな。

 かといって、止めるかというと止めない。

 それがよくなかったんでしょうな――。


 舅? ああ、私の友達ですか。

 そう、あれも息子に似てた。

 昇二のやつも、止められばいいものを関係ないと放っておいた。


 家の中は、ギスギスですわ。

 嫁も姑も殺気だっているわけだし、うまくいかないでしょうよ。

 旦那は、はいはい言うてるだけですし。


 それが、いつの間にか変化したんですな。


 旦那って言っても、本来姑が一番可愛がっているものでしょ。息子だもの。

 その息子を奪った嫁が憎い。

 嫁も、自分の旦那だ。

 自分の添い遂げる相手だもの、一番大切なわけでしょう。

 ……それで、お互いに「一番大事なもの」を苦しめよう、とこうなったんですな。


 分からない? 確かによくわからんです。

 昇二も、そこんとこははっきりと言わなかった。

 自分の息子が虐められて――これは、家庭内のいじめだったんかな?

 相手が嫁と姑っていう。

 まあ、ともかく嫁と姑の戦いは逸れてって、旦那をいびりだした。


 風呂と言われて入ったら冷水だの。

 弁当の中に釘が入っていたの。


 それでも、旦那ははいはい言ってたんだな。

 あの頃は一番良かったな――。


 不思議なことに、嫁と姑が仲良くなってきた。

 いじめる相手は旦那だ。

 昼間の旦那のいない間は、ケーキなんて買ってきて一緒につついたりして。

 にこにこしてたんだな。

 昇二?

 息子がそんな扱いされてても、なんも言わんかったですわ。

 他人事。他人じゃあ――ないのにね。


 そうしてると、一気にいびりが加速した。

 嫁と姑で仲良く、旦那の腕を折ったりしてさァ――。

 次は足にしようか、指にしようかって、楽しそうに相談しよるわけですわ。

 怖い? そうですねえ――。

 でも、当の旦那は嬉しそうにしてたな。


 母親と嫁が仲良くなったってな。

 自分はぼろぼろの癖に、そう言うんですわ。

 杖ついて、腕も骨折してるのに、にこにこしてた。

 それも昇二は――なんもせんかったなぁ。


 昇二の奴は、その頃には千円足らずのお金握り締めてさ。

 外で飯を食ってた。

 ほら、ワンコインとかあるでしょう。

 あと券売機で安く食べる――あれ。

 ああいうのを毎日一人で食ってたんだな。


 嫁も姑も、その頃には食事の支度もなにもなくてさ。

 洗濯物とかは、溜まったらコインランドリーかなんかで片付けてたんですわ。

 掃除もしないもんだから、床の上に血痕が――消えンのですよ。

 ああいうのは。すぐ拭き取らないと、後が残る。


 血は――その頃は旦那のものでしょう。

 ええ、その頃は。


 嫁は、足の指を食べてみたい――こう言いだした。

 姑は、そンなら手の指が食べてみたい。そう言った。

 でも、旦那は外で仕事をしてるわけでしょう。

 なら、どうするか。


 お父さんにしませんか?

 そういったのは、旦那だったよ。

 恨んでいたのか――それは分からないけども。


 昇二は、逃げなかったね。

 今まで逃げていたのにねぇ。あんなでも息子のことが可愛かったのか――。

 怖かったんでしょう。嫁も姑も。姑って自分の嫁だ。

 司法? 警察ですか。

 考えもつきませんでしたなぁ。


 なんですか、家の外に出たら仲良しの家族なんですよ。

 不自由な手で食べる旦那のせわとか、しちゃってさ。

 ご近所なんて、それはもう仲がいい――でも旦那さん生傷絶えないねえ、そそっかしいのかねえ、なんて。

 言われてるんですよ。

 でも、家に居たら。

 手が食べたい――目玉を出してみたいと、こうですよ。


 昇二のやつは、爪をはがされてね。

 嫁と姑は、それを美味しそうに食べるんですわ。

 あれは痛かったなぁ。


 ある日は、煮られましてね。

 熱々のお湯に沈められて、ケトルで限界まで沸かしたお湯を、こう――注ぐんですよ。

 昇二は騒いだけども、息子が風呂場を防音にしたせいで誰にも聞こえなくてね。


 全身大やけど。

 爪もないから、それが余計に痛くてね。

 動いても、休んでても痛いものは痛い。


 先がなさそうだったんで、嫁も姑も急いで腕を切り取った。

 あれはねえ、斧でさっくりと取れないんですな。

 血が噴き出すから、斧も滑るしねぇ。


 最後は、腕も足も無くなっちまって。

 まるで達磨ですよ。

 昇二が見たのはそこまでだ。

 なんせ、目玉くりぬかれたんでね。


 その先は――よく知らんのですよ。

 昇二もいなくなっちまったしね。

 息子? ああ、腕を切り取るときに昇二を支えてましたな。

 いつの間にか旦那いじめの相手が変わちゃった。


 幸せに――なったんですかね?

 嫁と姑は、あれで満足したんでしょうかね。

 旦那いびって、その先は――。


 え? もう旦那が来てる?

 そうですかあ、あの人はもうここに来てるんですか。




 私の名前? そういえば申し遅れていましたな。

 私の名前は――昇二と言います。

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