閑話 俺の親友(リオネル視点)

 王子と近衛の関係なんて、世間から見ればただの主従だ。

 でも俺とアレックスのあいだにあるのは、もっと面倒くさいもんだと思う。

 子どものころから剣を交わし、同じ泥にまみれ、戦場では何度も死にかけた。

 命を預け合った時間のぶんだけ、互いの嘘も限界も、全部見えてしまう。


 あいつは、俺の親友だ。

 それだけは、誰が何と言おうと譲らない。


 けれど――そんな“完璧な王子”が、唯一取り乱す相手ができたのを見たときは、さすがに笑った。


 王子の婚約者。

 国中が政略だと思っただろう。

 けれど俺は知っていた。


 “青い鳥の奇跡”の日――十五歳だった俺とアレックスは、王城の庭でそれを見た。

 金色の光の中に立つ小さな少女。

 金の髪と橙の瞳。あの光景は今も焼きついて離れない。


 その日の夜、アレックスは言った。

 「あの光を、いつか隣に置く」と。

 正直、そのときは「はいはい、王子様のロマンチズムね」と鼻で笑ってた。


 でも――十年だぞ、十年。


 普通は途中で誰かに恋のひとつもする。

 だけどアレックスは、恋を“戦略的忍耐”で磨き上げた。

 剣の修行みたいな恋愛ってどうなんだ。ほんと、真面目にもほどがある。

 「政略結婚」という鎧を着込んで、政治的圧力をかけ、実はその内側でずっとひとりの少女を待ってたなんて。

 どこの騎士道物語だよ。


 俺はその間ずっと、隣で見ていた。

 母上を亡くして、王妃派に囲まれて、それでも折れないよう自分を鍛え続ける姿を。

 その肩を守りながら、思っていた。

 ――たまには鎧を捨てて、素のままで笑えばいいのに、って。


 でも、笑えるようになったのは最近のことだ。

 あの剣豪聖女が現れてから。


 最初に彼女の剣を見たとき、俺は息を呑んだ。

 聖女の加護がどうこうって話は信じてたが――まさか、あそこまで身体ができあがってるとは思わなかった。

 あれは訓練で身につく動きじゃない。

 もっと原始的で、魂の底から染みついてる“理(ことわり)”だ。


 アレックスの突きが王家の剣なら、彼女の太刀筋は自然(じねん)の理。

 流れるようで、無駄がない。

 人間というより、“剣が人の形を取っている”みたいな感覚だった。


 モンテリュー大公はずいぶんと焦らして姫をよこさなかったが、たしかに納得だ。

 この戦乙女のような聖女を、手放したくなかったんだろう。

 ――隠したくもなる。あれほどの器を持つ娘は、そうそう現れない。


 戦う姿は絵画みたいだ。

 それなのに中身は天然の脳筋。

 考えるより先に動いて、後から「あれ?私、今やっちゃった?」と首を傾げるタイプ。


 そんな彼女を見て、俺は確信した。

 こりゃアレックスが十年も惚れ抜くわけだ。

 自分の剣にも並び立てる存在。もう宿命みたいなもんだろう。

 

 ……ただ、問題がひとつある。


 恋愛になると、ふたりともポンコツだ。


 アレックスは「俺の女」とか思わず言って顔を真っ赤にするし、

 シャルローヌは「つるぺたでもいいって何!?」とか剣を振り回す。

 おかげで毎回、俺の腹筋が鍛えられる。

 笑い死ぬか、斬られるか、紙一重。


 でも、そうやって誰かの前で取り乱せるアレックスを見るのは、悪くない。

 鎧の中に閉じ込めていた人間らしさが、少しずつ外に出てきてる。

 それは、十年の重さに勝る奇跡だと思う。


 俺自身にも欠点はある。

 頭の中で全部整理できてしまうせいで、どこか他人ごとみたいに見てしまう。

 あいつが無茶しても、「ああ、また自分を削って国を守ってるな」って冷静に分析して、心配する前に理屈で納得してしまう。

 そういう“冷たさ”が、俺の弱点だ。


 けれど――シャルローヌを見てると、その弱点を越えようと思えてくる。

 彼女は理屈を飛び越えて動く。理屈が彼女に追いつかない。

 「どうせ誰も救えない」なんて頭で分かっていても、彼女はそれでも剣を握る。

 その姿を見るたび、俺の中の冷めた部分がほんの少し、溶ける気がするんだ。

 

 ……そしてその隣に、アレックスがいるなら。

 きっと、王国は大丈夫だ。


 剣も、想いも、あの二人なら交わっていける。

 俺はそれを支える役でいたい。

 どんなに軽口を叩いても、最後はこの背中で支えるのが俺の仕事だ。


 アレックス、いつか言ってやるよ。

 「おまえ、十年かけてやっと恋を認めたな」って。

 そのとき、おまえがちゃんと笑えるなら――

 俺はそれで十分だ。

 おまえの笑顔を、その先もずっと、俺は護る。

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