7.再会と告白

 あの嵐の夜、もう二度と会えないと思っていた人が、今ここにいる。

(夢じゃないよね……本当に本当に)


「生きて……生きていてくださった……!」

「ばあやこそ……本当に無事でよかった!」


 涙と笑みが入り混じる再会。カイルは気を利かせて一歩下がった。

 「……宿は俺が探してくる。ゆっくり話せ」

 そう言って歩き去り、残されたのは姫とばあやの二人きりだった。


 ビジュがシャルローヌの肩に乗る。

「ビジュ、お前はずっと姫様と一緒にいてくれたのだね。良い子だこと」


 シャルローヌは、ばあやの声と、ビジュを見る目の温かさに安堵と安心を味わいながら、あの嵐の夜から今日までのことを話した。

(聞いてもらえることがこんなに嬉しいなんて。ばあやになら全部伝えたい……)

 ばあやは、ときに驚いたり涙ぐんだりしながらじっくりと愛しい姫の話を聞いた。


「聞けば聞くほどよくぞご無事でという思いが……。ご苦労させてしまって……」

 シャルローヌは(ばあやを安心させなくちゃ、泣かせちゃだめ)という気持ちで、

「親切な人にたくさん会えて、ばあやのいない寂しさ以外は、案外楽しかったの」と甘えるように言う。


 そんなシャルローヌに「それも姫様のお人柄ですね」と微笑んでビジュに「ねえ」と同意を求めるように呼びかける。ビジュがピルルルと鳴くのを見て、またシャルローヌの顔に目線を戻して言った。


 「ですが……姫様。どうしてそんなに……お強くなられたのです?あの剣の腕はいくらなんでも」


 皺の深い目が、まっすぐに問いかけてくる。ごまかしは効かない。ごまかしたくもなかった。

(いまこそ言う時……逃げちゃいけない)


 シャルローヌは深く息を吸い、胸の奥の秘密を打ち明けた。

「ばあや……わたし、本当は“別の世界”から来たの」


(言ってしまった……これで気味悪がられたらどうしよう。でも、信じてほしい)


 自分が「帯刀瑠璃子」という別の世界の人間だったこと。嵐の夜、光に包まれて、目を覚ましたらシャルローヌの体だったこと。あのあと、海に落ちて気づいたら漁村で、指輪もなかったこと。魔道具を手に入れるため王都へ向かっていること。


 ばあやはただ驚いた顔で聞いていた。そして、すぐに確信を宿したように頷く。


「やはり……あの時。真っ白な光に包まれた姫様はお迎えを受け入れてしまわれた。私が『お待ちを!』と叫んでも届かず……次の瞬間、大波から私を救ってくださったのは、その光とは別の、“姫様”の癒しと守りの金色の光でした」


 あの船の上のことを思い返す。

(あれはやっぱりわたしの力だったのね……)


 「……たしかにあのときばあやが『お待ちを、どうか、まだ』と叫んでいたわ。それをきっかけに記憶が流れ込んできて……」

「私を助けてくださった、あの金色の光はたしかにあなた様のものでした。私を救おうと……。あの魂は私の姫様で、以前も今も同じです。私は信じます。世界が違おうと、姫様は姫様です」

 ばあやの声は涙で震えていたが、揺らぎはなかった。シャルローヌは胸が熱くなり、必死に涙をこらえる。

(……本当に、全部、受け入れてくれたんだ……)


「信じて……くれた」

「当たり前です。私はずっと姫様を信じてきましたから。私の方こそ感謝しております。こうして、もう一度お仕えできるなど……」


 老女は笑顔を浮かべ、その手でシャルローヌの頬を撫でた。まるで小さな頃と同じように。

(ああ、帰ってきた……やっと、帰ってきた)

 シャルローヌ姫の心と瑠璃子の心がとけあっていく。


「さあ、姫様。これからは胸を張って進まれませ。何があろうと、私はずっと姫様の味方でございます」

 その言葉は、シャルローヌの胸の奥の不安をやさしく溶かしていった。涙を拭い、彼女は小さく頷く。

「うん……わたし、進みます。ばあやがいてくれるなら」


 ばあやはふと、真剣な顔で言った。

「お父上――大公殿下にも、姫様のご無事をお知らせしなくては。きっと、さぞご心配を」


 その言葉に、シャルローヌは少し眉をひそめる。

(うーん、そうなの? あんまり記憶に出てこないけれど)

「……お父さまは、わたしのことなんて、そんなに心配していないんじゃない?」


 ばあやは微笑みを浮かべて首を横に振った。

「人の心というものは、すべてが真っ直ぐ陽の光を向いているというわけではございません。影になったり、ねじれたり、見えないところもあるものです」


 (人の心の見えない部分……)


 シャルローヌはその言葉に不意を突かれた気がして黙る。


(――姫様が稀有なのです。真っ直ぐに光を映す心をお持ちだから)

 老いた瞳が優しく細められる。

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