閑話 あの若者はただものじゃないじゃろ(クロード翁視点)
街道で魔獣に襲われた荷馬車を救った若者がいる――そう聞いたのは、走り込んできた従業員たちの報告からであった。
私自身は戦いを見ておらん。だが皆が口々に「剣の冴えは目を奪うほど」「金の髪が光を散らし、まるで舞うようであった」と語る。
あの働き者どもが揃って目を丸くするなど、そうあることではない。
まもなく、その若者が私の前に現れた。名を「シャル」と名乗った。あどけなさを残した顔立ちなのに、瞳の奥には強い芯がある。どうにも、女にしか見えぬ……が、本人がそう名乗る以上、深くは問わぬのがよかろう。魔獣から救ってくれた恩もある。
ひとつ、気にかかった。丸腰の旅人であるということだ。
……私はちょうど、珍しい剣を一本持っていた。とある交易で手に入れたもので、火山の鉱石を混ぜ込んだ銀鋼の刃だという。魔力を帯びやすいと噂され、貴族向けに売ろうと思っていたが――癖が強く、使い手を選ぶため、長らく手元に残っていた品である。
「旅の男に丸腰は似合わぬ」
そう言ってその剣を与えたとき、若者の瞳がきらりと揺れた。惜しいとは思わなかった。むしろ、この剣は本来あるべき手に渡ったのだ、と直感した。
……そして、胸の奥に浮かんだひとつの記憶。
モンテリュー公国の姫君、シャルローヌ。
かつて、この国、ヴァレンシエール王国の祝賀に参じた折、幼いながらも凛とした気配を纏っていた姫の姿を、遠目に見たことがある。その隣には、しっかり者の侍女――シルベットという名の年配の女性がいた。
今目の前にいる若者の仕草、瞳の光は、どうにもあの姫君を思い起こさせる。嵐の夜に行方不明となったと聞くが……。
――もしや。
胸の内で疑念と確信がせめぎ合う。だが、私がすべきことは一つだ。本人が姫であろうとなかろうと、無事であるよう手を尽くすこと。
そこで、同行を願い出た青年――カイルを見やった。
「ひとり旅よりはましだろう」
そう言って、私は同意した。
あの若者は、ただものではないじゃろ。いずれ真実は明らかになる。
さあ、こうしてはいられない。予定変更だ。速馬車で王都へ帰ろう。きっと何かが起こる。商売人の勘だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます