34曲目 新たな”ヲタ友”・田中夫妻
「えっ!? もしかしてオニイさん……KARENの事、わかるんですか?」
基樹さんの上ずったような、でも少し喜びを
しめた――
この人も他のヲタクと談義がしたいタイプの人だ。
そうとわかれば、俺と柚季さんの関係性秘匿に対してはさほど慎重にならなくてよい。
俺の「柚季さん彼氏ポジション」としてのステルス性能は、
「雪さん? コノミの話は大丈夫だよね?」
アイドルのユズキとして認知されている彼女が、ファンの前で“コノミヲタ”として知れ渡ってしまうことを勝手に心配した俺は、念のため許可を取る。
「えっ!? うん!問題ないよ?」
良かった。
これで警戒すべき障壁はただ一つ。
俺らの間でヲタ友として関係性が進んでしまっていて、俺が柚季さんに対して“女ヲタヲタ”しているのが、バレないようにすることくらいになった。
「実は俺たち昨日、コノミのゲリライベント回してたんです」
“回していた”というのは、周回していたという意味で使うことが多いが、我々は昨日柚季さんの「コノミ標準摂取量超過」により、厳密にいえば周回したわけでは無い。イベント参加は一か所のみだ。
ただ、傍から見れば基樹さんはアイドルヲタクの中でも、熱心な部類に入るので、当人にわかりやすく発言したまでで、諸君を置いてきぼりにして大変申し訳ないと思っている――
「そうだったの? ユズキちゃんもコノミちゃん好きなんだ?」
「そうなんです。コノミは私がアイドルになるきっかけをくれた神様みたいな存在で……」
良かったなコノミ……。
太陽様、菩薩様、天使様の次は神様だ。とうとう神格化されてしまった我が妹に、この兄も鼻高々だぞ?
柚季さんはまだ気持ち悪いタイプのヲタクとしてのボロを出していない。
このまま押し通せば、基樹さんに「ユズキに彼氏がいる」なんて特大スクープを背負わせずに済みそうだ。
『お待たせいたしました~。生しらす丼です。大盛りをご注文の方は……?』
「あ、はい」
タイミングよく一息つけるように店員さんがテーブルにやってきたので俺は返事する。
鮮度抜群の生しらす丼は白銀に輝いているように見えて食欲をそそる――が、そんなものに気を逸らしている場合ではない。丁寧に俺と柚季さんの関係性を基樹さんに説明しておく必要がある。
「俺と雪さんは、コノミを通じて出会った友人なんです。推しが一緒ってこともあって、昨日は二人で新宿の最前列に……」
「へぇ、世間って狭いねぇ……。私たちは日曜日のファンクラブイベントに参加して、昨日は昼以降のイベントに行ってたよ。夫婦でKARENを応援していて……といっても、私が半ば強引にオススメしたのもあるかもしれないけどね……」
「そんなことないわよ、あなた。私だってノアちゃんに“ぞっこん”なんですからっ!」
基樹さんの妻――美幸さんもまたKARENを推してくれているファンの一人と言うことになるらしい。なんとなく風体から想像がついていたが、この人はノア推しらしい。ふと、りんごちゃんが頭を過ったが、コノミとノアのカップリングってファンの中でも相性がいいのか?
「と、まあこんな感じで、二人で楽しくファンをやらせてもらってます」
基樹さんは若干、美幸さんを窘めるような物言いで、苦笑いした。
流石、日本のトップアイドルをひた走るようになった我が妹だ。
日常に紛れているファンの数も多くなってきたことに、兄として、家族として、感謝が止まらない。
「そうなんですね」
ここでありがとうございますと口走っていては今までの丁寧な土台作りは無駄になってしまう。
「一番最初、ユズキちゃんが“オニイさん”って言うものだから、ご兄妹なのかと思いました。どんな字を書くんですか?」
「鬼の居るところと書いてオニイです。ちなみにハンドルネームなので、SNSでもその名前で……」
「これも何かの縁ですし、今後ともよろしくお願いしますね」
「はい! お願いします!」
そういうと基樹さんはSNSで早速、俺のアカウントを丁寧に調べ上げて、フォローを入れてくださったのだった。
「うわぁ、ドーム全通予定なんですか……気合の入った応援されてますね!」
恐らく俺のアカウントのプロフィール欄を見た基樹さんに、俺が「ある程度の応援熱量があるヲタク」であることがバレてしまった。
ちなみに「全通」とは開催されるすべてのツアー開催場所に入場することである。諸君、よく覚えていてくれ。
「えっ? ええ、まぁ……」
「もしかしてユズキちゃん、熱心なファンだったりする?」
そう、基樹さんが言ったが最後――
「コノミちゃんの事なら、何時間だって語れますよっ!!!」
あーあ。
もう、駄目だこの人……。
自身のファンを前にして、ファンに応援していると言われたときよりも「同じコノミ推し」を見つけた時の方が数割増しで目の輝きが増してしまっている。
まあ、そんなこの人の「好きを語る目」が好きだから、俺も俺なんだけど……。
『お待たせしました~』
店員が田中夫妻の料理を運んでくる。
「じゃあ、ぜひ聞かせてよ、アイドルのアイドル論!」
「ぜひぜひっ!」
好きなものを語るときのヲタクは誰にも止められない。
それからテーブルの上の海鮮丼が空になるまで、歯止めが効かなくなってしまった柚季さんは、ユズキとしてではなく雪さんとして田中夫妻と談義を繰り広げたのでした――
次の更新予定
女ヲタヲタの俺。推しが妹、初彼女が駆け出しアイドルで無事に人生バグってます。 懸垂(まな板) @manaita_kensui
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