31曲目 美人は三日で飽きない

 

柚季さんがシーキャンドルに向かって、ぐんぐんと前進していく。


この華奢な身体のどこにそのパワーが搭載されているんだ?

階段が続く中、息一つ乱れていない。

 

動力源はまさか!?

愛と勇気なんて言わないよな?


……頭に餡子あんこが詰まってたり、ばい菌を「ハヒフヘホ」したりしないよな?ちょっと調子にのった。すまん。


我が妹にしてトップアイドルのコノミの日々を間近で見ていて俺は造詣ぞうけいが深いが、アイドルは体力勝負なのだ。


この程度の階段で俺のように運動不足でゼイゼイと言ってるようじゃ、ステージ上から愛と勇気はファンにバラまくことができない。


くだらないことを考えて申し訳ない!

少し冷静になると今の状況を受け入れがたいので、少しずつ整理している。


 


流石に今の状況!初デートで勘弁してほしい光景が俺の頭をフル回転させている!!! 諸君も付き合ってくれ!!!!(N回目)




横で手を引く満面の笑みは柚季さん――

俺の彼女にして、地方アイドルの容姿最強美女。


 

もう辺りに気配を全く感じないけど行く手の前方――

彼女のファンであるヲタクが含まれる要注意な二人組。



俺と柚季さんの数十メートル背後――

いかにもコソコソしている探偵気取りの女子二名は、俺の生みの親と、俺の妹にして日本トップアイドル。




どう清く正しく美しく過ごしたって、どちらかの組の誰かに、俺らのボロが出てしまうことは必至っ!!必至っっ!!!!!



柚季さんが高ぶって俺にキスしようもんなら、今日の夜から俺は自宅でゲームオーバー。


きっと俺は、乙女な母娘二人に八つ裂きにされる――

いや、厳密にそんな残酷な運命が待っているわけでは無いが!

右腕&左腕を「ねえ!ねえ!」と引っ張られて、浮ついた質問攻めにされ、恋愛事情を聴取される未来が見えているのは、きっと気のせいではない。



柚季さんが高ぶって前に駆け出そうもんなら、下手したらヲタクにバレて、彼氏がいるアイドル認定されたのち、俺の可愛い彼女の芸能生活がゲームオーバーになる可能性は往々にしてある!




って……、あれ……?



どっちにしろ、柚季さんが下手こかなきゃ明るい未来が待っているのでは……?と思ってしまったが。

生きるか死ぬかをやるときに、こんな可愛い彼女に命運を託していいはずがない。少なくとも、俺は良くても柚季さんだけは、俺の屍を越えさせてあげる必要があるのだ。




俺は直ぐに携帯を取り出して、家族のグループLINEに一報入れる。



「おい。そこの乙女二人。尾行はやめなさい。バレてるぞ?今なら許す」



こちらは「お咎めなしの譲歩」を強調する。

これが、俺が母娘二人に施す最大の逃げ道。



「見つかってた!!!!!笑 でも、海鮮丼は食べて帰るからね?高台には近づかないから許しておにい!笑笑」


光の速度で返信を寄越してきたのは妹の恋乃実だ。

どう手を動かせばその速度でキーボードをフリックして文字が打てるのか羨ましくなるほど。


そして、「文面から笑顔たっぷりなのはいいことだ。最近の女子高生は「笑」なんて使うのか?と一瞬疑問だったが相変わらず今日も可愛い。


じゃなかった……。

つい恋乃実の可愛いところを発見すると言いたくなる気持ち悪いヲタクのさがが出た。

 

俺は直ぐに二人へ、事実と懇願を開示する。


「俺らは、仲見世通りの店でお昼を食べる予定だから、違う店で頼む」

「オススメは?」


母ちゃんが短文で聞いてくる。


「しらすが上に乗ってるパンケーキが、実はめっちゃくちゃ美味い」

 

ヒントを小出しにする。

乙女二人にはこれで充分だ。


食いついたであろう魚たちが背後でキャッキャしだしたので、俺は柚季さんの手を引いて、その場から離脱に成功した。


「孝晴くん?携帯いじりながらだと危ないよ?ちゃんと足元見て歩かなきゃね?」

「ごめん。俺なりの戦いがあって世界を一つ救ってきたところだったの」

「なに?なんのゲーム?」


俺は柚季さんが携帯を覗くまでの間にトーク画面をポイっと捨て去って、ホーム画面に戻る。


「ゲームじゃないよ?情報を操作してたの」

「わからないけど、私だけ見てると……飽きちゃう?」

「まさかぁ。美人は三日で飽きるとか言うけど、あれはアイドルヲタクに通用しない言葉だから安心していいよ?」

「じゃあいいんだけどっ!あと、私は束縛するタイプじゃない事だけは覚えといてよね?」

「りょーかい」


握られた手を、にぎにぎしてくる柚季さん。

不要な口論を生まなくて良かったと安堵しながら俺は、柚季さんの笑顔に癒される。


「結構景色が高いんだねぇ、トンビみたいなのも飛んでるよ?」

「あいつら、平気で持ち物盗んでくるから、柚季さんも気を付けて」

「わかった~」


気の抜けた会話をしながら、エスカーまでたどり着いた。


「柚季さん?これで上の方まで行けるけど、どうする?」

「私は全然歩けるよ?孝晴くんは?疲れちゃった?」

「いや。普段使わないけど、彼女をいたわる出来る彼氏ぶってみました。すみませんでした」

「あははっ!お気遣いなく~。トレーニングにもなるし、海風も気持ちいいからこのまま歩いていこうよ」

「うい」

 

ここは運命の分かれ道だろう。

良い方に転んでくれてよかった。


仮に前方に索敵できなくなったヲタクが居る場合でも、歩いてシーキャンドルにたどり着くまでに、観光には時間差が生まれて、偶然バッタリ!!!なんて確率も自ずと低下する。


少し気を抜くことができた俺は、この島でどんな場所で振り返ろうとも絵になる光景を眺めて一休みする。






さすが、あっぱれ――


湘南の眺めは最高だ。

気になる諸君にも一度は足を運んで確認してほしい。


だが、物語には関係ないと天の声がしきりに、俺のラブコメ展開を急かしているのでこの程度にしておくぞ?諸君、すまん。



難なく、シーキャンドルへたどり着いた俺と柚季さんの様子はダイジェストでお届けする。


ガーデンを横目に、入り口でチケットを購入して、シーキャンドルの展望フロアで感動している柚季さんの顔が可愛かった。


他のカップルに触発されて、七里ヶ浜方面の風景をバックに一枚、写真を撮ってみたりしたが、ガラスの反射に邪魔されて上手く取れないね~って柚季さんが笑ってた。諦めた柚季さんは「目に焼き付けるんだ~」っつって、目を指でガン開きして一人でゲラゲラ笑ってた。

柚季さんは、自身の笑いのツボに対して、自分で笑いを供給できる側の愉快な人間らしい――


 

そうそう、もう一つだけ。

「のろけ」みたいで、すまん。



鵠沼くげぬま海岸方面を見ると、富士山が綺麗に見えたのを柚季さんは喜んでいた。

「新幹線で関東に遠征するときにいつも、どっち側の窓からだっけ?ってなる奴!」だそうだ。


マウント富士よ。良かったな――

こんな美人にあだ名付けて貰えて。



以上、ダイジェスト終了!だそうだ。天の声曰く。




「そろそろ、開店するし行こうか?海鮮丼」

「うん。お腹空いたなぁ~」


俺は柚季さんの楽しそうな笑顔に向かって、ゴートゥー海鮮丼宣言。

最高のロケーションに最高な彼女を連れて歩いているのだ。

少しは浮かれさせてくれ――




---あとがき

お読みいただきありがとうございます。

本作はカクヨムコンテスト11に参加しております。

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