27曲目 ”ヲタドル”の心構え

 

”アイドルの彼女”を持つというのはこういうことか――


地元で地方アイドルをやっている俺の彼女――柚季さんは、初デートの場所に選んだ「江の島」の入り口でファンの影を発見するなり、サングラスを装備した。

 

彼は柚季さんの熱心なヲタクということは、地方アイドルをもチェックを欠かしていない、相当なヲタ力が見込まれる猛者なのだ。SNSで吹聴されれば、俺の彼女のアイドル人生が終焉しかねない。


まあ”ガチ恋”であればの話ではあるが、見たところいい年をこいたオッサンだったので、所謂「過激な派閥に分類されることのない大人しめなヲタク」に見える。

少なくとも新しいコールを現場で試してみるような”厄介”ものではない。


「柚季さん。あの人はどんなヲタクなの?」


俺は柚季さんに問いかけた。


柚季さんにとっては大切なファンであることに違いないのだが俺にとっては、彼女を困らせる危険分子になりかねない人物。

決めつけは良くない事くらい、俺にもわかってる。




でも、初めての彼女とのデートは、彼女以外の事は考えたくないじゃん?



せっかく叶った恋の一歩目から躓くわけにはいかなかった。





「さっき説明した通り、KARENではコノミちゃん推しだけど、私の京都のアイドル活動にも足を運んでくれてて、接触イベントとか熱心な人。話した感じは、優しい人だとは思ってる」


「なるほど。じゃあ、そこまで心配いらないけど、柚季さんの心配はあくまで”あの人”を悲しませるかもしれないから。ってところ?」


「そうそう。私は別に恋愛禁止でもないけど、流石に昨日できた彼氏をSNSで”彼氏ができましたー!”なんて報告しないしね」


「そうだね」


えらく真顔で言うものだから吹き出しそうになる。


そりゃ彼氏ができましたって報告をするアイドルを見たこともなければ、逐一SNSで報告義務があるわけでもないので、彼女の言ってることは妥当なのだが。

それで反省の意を証明して、も困る。


「人気の観光スポットだしね。あの人も昨日はコノミのゲリライベントに参加してて、今日はゆっくり江の島散策してるんだろうと思うし」

「横にいる女の人とはどういう関係なんだろうね?」


柚季さんがポツリと言う。

 

確かに、オジサンが仲良くはなして同伴している女性が一人。

オジサンは今日、全身をコノミのカラーである赤で纏めているわけでもなく、一般人に完全に紛れ込んでいる。

よくそんな彼を見つけられたものだなと、俺は柚季さんの記憶力に鼻高々なのだが。


遠目から「もしかして」と思い、彼の左手の薬指を追う。



やっぱり……。

これは朗報だ。柚季さん。


「柚季さん?やっぱりそんなに気にしなくていいかもしれないよ?」

「えっ?どういうこと?」


「あのヲタクの左手の薬指に指輪を発見しました」

「ってことは?」

「結婚してる、ヲタクの夢は決して壊れない」

「そっか、ガチ恋じゃなかったんだ」


少し残念そうな顔をしている柚季さん。


「なんで残念そうなわけさ」


俺は思わず彼女に聞いてみる。


「そりゃ私だって本気で私に惚れさせるつもりでアイドル活動してるからね」

 

えへへと笑いだした柚季さん。

彼女がを心配したが杞憂に終わったようだ。


まあ、俺が正真正銘、柚季さんの彼氏なわけだから心配するほどでもない。

だが、昨日の今日で柚季さんが俺の彼女になったのだから、柚季さんに対する俺のまだ消えない「他の人間に取られてしまう嫉妬」や「独占欲」みたいなもので、オジサンを勝手に敵視してしまっていたことが妙に恥ずかしい。


「念には念を入れて、コソコソしてようか」

「そうだね。秘密の方が”ユズキ”にとっては、きっといいし」


彼女が自身の名前を呼び捨てにした。

多分これは、一般人柚季さんがアイドルユズキへ宛てた発言だ――


俺は柚季さんの手を引いて、なるべく理解のある彼氏であろうと心を改めなおした。


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