26曲目 君に”ガチ恋口上”



「おはよう。孝晴くん。寝覚めはどう?」

「最高」

「なら良かった」


 ぼさぼさの髪を自分の手で透きながら、むくりと起き上がった柚季さん。


「もうちょっと寝てたいけど、俺らをシラス丼が待ってる」

「ふふっ。上機嫌だね、孝晴くん」

「そりゃ、男として成長しましたので」

「よかったねぇ……」


 小さなあくび一つして柚季さんは老婆のような口調で、しみじみ言ってくれた。



「おはようのチューは?」


 柚季さんが当たり前のように言ってくる。

 俺はこんな光景、慣れていないというのに――


「口ゆすいでからの方が良くない?俺、幻滅させちゃうよ?」

 寝起きの口内はバイ菌だらけだとテレビかなんかで見た。




「なら、はいっ」


 眠たい目の柚季さんが近づいてきたかと思ったら。

 俺の頬に伝わる柔らかなものがひとつ。


 いやふたつ?それも二回。


 吐息とともに触れてきた。




 頬は軽く湿った。


「つぎ。孝晴くんの”ばん”……ほらっ」


 ぴたぴたと彼女と人差し指がアピールしているのは彼女のほっぺた。

 同じことをせがんできている。




「ね?」


 してくれないの?と物憂げに顔が曇るものだから、快晴を連れてくる必要がある。


 俺はさっき、思う存分楽しんだ彼女の頬に口付けた。




「よくできましたっ。おはよっ!」


 元気よくベッドから出ていった柚季さんは朝からクシャっと笑って言う。

 やっと見つけたお姫様だ。





「お母様にも、コノミちゃんにも内緒だからね?わかってる?」

「……うん」


 俺は抜け殻のような声で彼女に返事した。

 

 新しい朝が来たのだ。


 希望の朝だ――



◇◆◇◆



リビングに二人で降りると、バッチリメイクを決めた母ちゃんと、恋乃実が仲睦まじく朝食の準備をしている。姉妹みたいな母娘。


漂う匂いから今日の朝食は洋食のようだ。


父さんに柚季さんを紹介したかったが、既に家には見る影もなかったのが残念だ。

柚季さんも寝起きの顔で父さんに挨拶するのは恥ずかしがっていたし、丁度良かったのかもしれないが。


「おはよ~。よく眠れた?まだ寝てても良かったのに~」

「あっ、柚季さん!おにぃ!おはよう!」

二人がこちらを向いて朝の挨拶をする。


「おはようございます!お世話になりました~。ぐっすりです。洗面台、お借りしますね」

さっきまで蕩けていた顔だったのに、すっかりスイッチの入った柚季さん。

 



俺は柚季さんが洗面台に消えていったあと、二人に伝える。


「今日、二人で出かけるから」

 


母娘は顔を見合わせた後、四つの瞳がキラキラと輝いている。


「おにぃ、柚季さんとデート!!??」

「まあ、そんなところ?」


「きゃぁ~~~!!??聞いた?お母さん???おにぃ、デートだって!!!」

「うんうんっ。聞いた聞いたっ!デートだってよ、みーちゃんっ。追っかけちゃう??」

「わーっ!!楽しそう、こっそり追いかけちゃう??」

「いやもう、こっそりになってないから。恥ずかしいしそっとしておいてくれよ……」


暴走し始めた乙女二人から、俺は逃げるように朝の支度を始めた。



◇◆◇◆



「では……お世話になりました!またお邪魔します」

「いつでもいらっしゃいね、柚季ちゃん。孝晴の事、よろしくお願いしますっ」

「柚季さん、またねっ!」

「また!」


柚季さんのキャリーバッグを引いて俺は家から出発する。

 

二人の顔が見えなくなり、我が家も見えなくなり……。

 


柚季さんはそろりと俺の左手を取ってきた。


「がら空き。つっかまーえたっ!」

「!!??」


直ぐに指を絡めてくる柚季さん。

左手は彼女に持ち上げられ、満足そうに見せつけられる。


「初!恋人繋ぎ!ねっ??」


にぎにぎと小さな手が居心地の良い場所を探す。


「これなら、はぐれないね」


俺は照れて、呆れるように笑った。



◇◆◇◆



公共交通機関を乗り継ぐ。

次の電車は湘南モノレール。


行き先は、湘南江の島行き。



普段の街並みとは目線が数十段上がった風景を楽しみながら、およそ十五分。

終着駅の「湘南江の島」へ到着した。


動きにくいので、柚季さんの大荷物は駅のロッカーにしまい込み、身軽にした。


「少し歩くよ?」

「おっけー!デートスタートっ!」


再度、彼女に握られた左手がゆらゆら揺れている。

その笑顔に癒されながら、二人で北西へ向かう。



目的地は江の島。



大通りに出て、国道134号線が俺らの行く手を横切る。

海を眺めながら、信号待ちをしているとき――




「えっ!?ちょっと待って。なんで??孝晴くん……」


柚季さんの表情が明るいまま、驚きを示していた。

視線の先――


「どうしたの?柚季さん」

「ファンの人がいる……」

「え?コノミの??」

「うん……。いや、そうなんだけどね。私のファンでもあるの」


言ってる意味がわかった。

KARENではコノミ推し。

 

でも、柚季さんも推しているDDディーディー(=誰でも大好き)アイドルヲタクが近くにいるということに。

それも、地方アイドルに目をつけ、情報を追いかけているという猛者であることは想像に難くない。

 


「柚季さんは、見つかったら嬉しくはないよね?」

「私は良くても、ファンの人に悲しい思いをさせてしまう可能性は……ある……かも」

「何か変装出来たりする?」

 

柚季さんに問いかける。


「これくらい?」

 

柚季さんはサングラスを手持ちから取り出す。


「江の島なら、サングラスしてても不自然ないね」

「そうかも……。じゃあ!ここからは、お忍びデートということで……!!」


調子が戻った柚季さんは、ユズキであることがバレないように変装を開始する。

「しーっ」っと聞こえてきそうな人差し指を立てた彼女。


その表情ひとつひとつがサングラスに覆われて隠れてしまうことは残念だったが致し方ない。

アイドルを彼女に持つということは、そういうことだ。






こうして、俺らのコソコソ!ドキドキッ!?の初デートは始まったのでした――

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