24曲目 つぎはおにいさんのばん

――「つぎはおにいさんのばん」


そんなこと言われてしまったら、今すぐにでも彼女を、俺の好きなようにしたくなる。でも、大切にしたい気持ちの一心で下半身のうずきを押さえつける。


そして、少しでも安心してくれればと思い、ムードに気が付かないふりをした。


「ハンドルネームに戻ってるよ?」

「違うよ?これは……男の人の敬称……だよ?」


なおも、顔を合わせてくれようとしない。

今すぐに抱きしめたい気持ちがはやってしまったが、今はそうじゃない。


「柚季さん、誕生日何月?」

「え?」


ゆっくり、顔を上げて、こちらに目線をあわせてくれる。

やっと目が合った。嬉しい。


「十二月二十八日……です」

「俺は九月二十三日」

「やっぱりおにいさんじゃん」

「やっぱりおにいさんだったね」


しまった。

「柚」というくらいだったから秋――少し張り合えるかもと思ったのは、俺の思い過ごしだった。

でも、少しクスッと笑ってくれた柚季さんの顔を見て、俺のクエストが達成されたことには安堵した。


「柚季さん。恥ずかしいけど、言っちゃうね」

「うん」


今はまず、言葉にしておくことが大切だ。


「今日は用意がなくてね。色んな用意。気持ちを傷つけてしまうかもしれないけど、最後まで出来ない」

「……うん。わかってた」

「え……?」


どれほど、これから続く言葉で包み隠さず伝えられるかと考えていたが、彼女はさらりと返してきた。


「これは実技試験なの。私の事を大切にしてくれるかどうかっていう試験」

「合格?」

「孝晴くんが合格しないわけないと最初から思ってたよ。試してごめんなさい」

 

布団の中で俯いた彼女が言う。


「でも、最後までしなくても、ちょっとくらい悪戯していいよ?」


そんなこと言いながら、とろっとした目で顔を見つめてくる柚季さん。

悪戯かぁ。可愛い言葉だ。


白く透き通った肌が、暗闇で良くは見えないけど、火照っているのがわかる。

同じ布団に包まっているのだから。

二の腕に感じた体温を、まだ忘れてはいない。

多分一生、忘れない。

 

「初めてだから、色々、優しくしてね?」


その言葉を最後に柚季さんは黙り込んでしまった。

あまりに愛しい視覚情報が脳天に直撃してくる。

 

俺は彼女を傷つけないように、彼女を求めることにした。




自分の胸の前には抱きやすいような身体を持つ華奢な女性。

左腕を彼女の身体に回して、包み込むように全身で抱く。

 

彼女の呼吸。

身体が波打っているのがわかる。

 

「俺はこれを充電にしたいなぁ」


すっかり包み込まれてしまった彼女が身震いさせて、もっと近づいてくる。

胸に顔を埋めた彼女が一言。


「私も充電されちゃうけど大丈夫……かな……?」

「腕枕とお互い様でしょ」

「そうかもね」

安心してくれたのか、柔らかな肢体の力が引いていく。


次は左腕で彼女の頭を抱えて撫でた。

収まりがいい。

男女の身長差はこういう時に発揮されるのか。


ぬいぐるみを抱えて眠る赤子の気持ちが良くわかる。

安心する。充足している。

 

先ほどから感じないでもない彼女の豊満なある感触に気を取られる。

でも、自分から触れたいとかそういうのではない。


いや違う、何なら包み込まれたいまである。


少しくらい欲を出しても彼女は許してくれそうなのだから。

まあ、何を言ってもカッコつかないな。

男って結局、の前に絶対服従だ。



「柚季さん。今と同じこと、俺にしてほしい」

「さん付け、辞めてくれたらしてあげる」

 


胸の中で少し呆れたようにも思える笑顔で言ってきた。



「柚季……さん。お願いします」

「”さん”ってつけたの聞こえたよ?やり直し」

 


額を胸に擦りつけて柚季さんはやり直せと言ってくる。


「おねがい。柚季」

「はいっ」


自分の胸から離れていく柚季さんに気が付いて、腕の力を抜く。

 

目前に彼女の胸元がやってきたかと思うと、間髪入れず、顔を捉えられ彼女の腕に包まれた。

しなやかな弾力。例えようもない、新しい感覚。

肪の塊?そんな夢のない喜びではない。

俺は幸せの弾力と言い表そうと思う。

 

「どう、幸せ?」

少し声が上ずって聞こえた。

「シアワセデス」

彼女の胸の中でパジャマに声がかき消された。

「なんて?」

優しく聞いてくれるが、締め付ける力が強くて、彼女の胸元に更に押し付けられる。

「しあわせ」


それ以上、こちらから要望することはなかった。

なんせ今日、柚季が俺の彼女になったのだから。


少しずつ彼女と幸せを噛みしめていきたいのだから。


「もうちょっとエッチなこと……してもいいんだよ?」

彼女が声にならない声で耳元に囁く。

「大切にしたいじゃん。ひとつずつ、ひとつずつ」

「今……”ふたつ”使ってるから、説得力無いね」


俺は彼女の胸元で埋もれながら、幸せを噛みしめた初めての夜だった――


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