22曲目 重ねる
柚季さんはいきなりちゅーをせがんできた。
接吻。キス。
まじかぁ。
「大丈夫。ちゃんと歯磨いたし!」
「いや、それは心配じゃない。そういうことじゃなくてですね?」
「カフェと違って、誰も見てないし」
「根に持ってた?」
リップサービスかと思ったけど、本当にキスしたかったんだな、柚季さん。
「もう、逃げ道ないよ?」
「ここ、俺の実家だし」
「隣、恋乃実ちゃんの部屋だっけ?」
「そうだけど……」
「(なんか悪いことしてるみたいだねっ)」
いきなり小声で言ってくる柚季さん。
思わず息をするのも忘れた。
「恋乃実が起きて、入ってきたら?」
「え~? 孝晴君の部屋って……」
柚季さんがドアの方を見る。
あっ、と思った時には遅かった――
起き上がり、のそのそと近づいていった柚季さんが丁寧にドアにカギをした。
しかも、廊下に施錠音が響かないように狙って、ゆっくり反時計回りに……。
ドアノブに軽く触れ、施錠できているかをさっと確かめる柚季さん。
――もう、逃げられない!!??
「(これで、密室には私たちだけ……誰にも邪魔はされませんっ)」
声のトーンが一段と下がった柚季さんが言う。
俺の心臓が活発に血液を全身へ送っているのに気がついた。
何か、こう……、柚季さんの正論へ返答する糸口を探したい。
柚季さんは布団に戻らずに、ゆっくり俺の方に近づいてきた。
ごめん。諸君。
カッコつけて、本音とか建て前とか並べてきたけど――
この顔は守りたいと思ってしまう顔。
不安を与えたくない顔だった――
ゆっくり、距離を取って俺の横に腰かける柚季さん。
ベッドが軋みながら柚季さんを受け止める。
左に身体が傾くが、俺は彼女と必要な距離を取るように、背筋に力を入れる。
心の平穏を保っておくために必要な距離。
「ひょこ……ぴとっ……」
彼女が口で効果音を発しながら、横に「ひょこ」っと近づいて「ぴとっ」っと、くっついてきた。
「あったかいねぇ」
柚季さんが俺の方にもたれてくる。
左から伝わる熱――
感触はふわふわと柔らかい。
多分パジャマの柔らかさじゃない。
自分の脳が、全力で血液を受け取り、総力でパジャマの下、柚季さんの身体の感触を知覚しようとしている。
「改めまして孝晴君。雪村柚季です。これからよろしくね」
左頬に綿のような柔らかな感触が掠め、彼女の温もりを伝えた。
離れていくモノの正体が直ぐにわかる。
頬が一瞬……。
――ほんの一瞬だけ、湿ったから。
自分だけいい思いをして、彼女をないがしろなんてできなかった。
柚季さんの方を向くと綺麗な瞳が俺を映して揺れていた。
上ずった視線が熱を秘め、じっと見つめてくる。
薄目になる彼女にその意味がわかった――
鼓動が跳ね上がる。
彼女の艶のある唇に向けて、意志を持って。
同じものを優しく重ねた――
時が止まったかのような時間だった。この世界に二人だけ。他のものは必要ない。
彼女に鼻息がかかって、嫌な思いをさせないように、息を止めた。
薄く愛らしく見えた彼女の唇は瑞々しくて、柔らかで――
胸が熱い。
心がキュッと締め付けられる。
――でも、心地が良かった。
惜しむように小さくて柔らかなそれを解放すると彼女がゆっくり目をあけた。
「君は大崎孝晴くん。今日から私の彼氏……。よろしくね」
柚季さんに、第一声を盗まれた。
潤んだ瞳が一層、庇護欲を掻き立てるものだから……。
もう、もう――
「柚季さん。今夜は上で寝てくれない?」
布団に別々で寝かせるなんて勿体ないと思ってしまった。
「せっかくお母様が敷いてくれたのに悪いね……。でも……、うんっ」
弾んだ声と優しく綻んだ笑顔は今日から自分のものと思うとなんだか照れくさい気分になった。
雪さん改め、俺の彼女、柚季さん。
今晩は柚季さんとピッチを駆け巡る――かもしれない。
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