14曲目 俺の人生がバグる日(後編)


「オニイさんの応援の行きつく先は一体何なの?それだけ達観してると他のヲタクとは違って見える」


ここで、雪さんに「妹だから」と白状すればどれだけ楽になれるかは置いておく。

そしてこういう質問にノンインターバルで答えられる答えを俺は用意している。


「俺はコノミの応援は義務感なんだよ。出会ってしまったからには仕方ない的な。だから、俺にだっていつか彼女はできるし、家庭もできる。でも、コノミにも幸せで居てくれよ?って考えは変わらないかな」


「なるほどね。オニイさんの言いたいことはわかった気がする」

 

わかってくれたんだ、雪さん。こんな拙い説明で?


「つまり、オニイさんを狙えば私にもチャンスはあるってことね……」




ん……。



今、雪さんの口からとんでもない言葉を聞いた気がする。




何??? 



狙う?私にもチャンス??? ほわぁい、WHY??


どうしてそうなった?いや、確かに俺は一向に構わないけど!


雪さんに狙われてもいいけど!!

沸騰しきった情緒で俺は冷静に雪さんに返事する。



「嬉しい言葉だけど雪さんもアイドルじゃん。大変でしょそういうのは……」



「地域密着型って言ったって、コアなファン層は私の親世代の人ばかりなの。もちろん、若い人も応援してくれてて本当にありがたい。そのことは忘れずに言うけど、今は私も幸せになりたいの」


「幸せって何?」



なんの話をしているんだ?脈絡がないような気がしていた。



だが、次の言葉を諸君にも耳の穴かっぽじって聞いていてほしい。



「わたし、彼氏が欲しいんだ。私を癒してくれる、大切にしてくれる、彼氏」



開いた口が塞がらない。まだ、朝も朝だぞ?

脳味噌が起きているか怪しい。なんなら、二度寝だってかましてやりたい時間だ。



「孝晴くん。私と……付き合って?」


「え??」


唐突な言葉が出てきた。


雪さんの真剣な表情が俺を捉えて離さない。

これはマジのやつだ。




俺は、一旦コーヒーを一気飲みする。


勢いよくカップを傾け過ぎた。

鼻の穴までコーヒーが侵入してきた。


え、今俺告白されたの??

もっと雰囲気大切にした方がいいの?経験ないからわかんねぇ。


でも、間が開いたら間違いになりそう。

せっかく降ってきた幸運?到来した春?


でも、次視線が合うまでに答えは用意しておいた方がいいよな。

なんて言おうか、諸君…助けて。


 

「癒せるかわからない。でも大切にする自信はあるかも」


不安に溢れていた雪さんの表情が明るくなった。


「大丈夫だよ?十分癒してもらってるから。ね?」


雪さんが視線を落として恥ずかしそうにしている。

この顔の雪さんは見たことがない。

女の子の顔。


「俺で良ければ、よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします!!」



この上ない笑顔の雪さんは今日から俺の彼女。

本名をユズキというらしい。


 

なんとも、ご都合主義ここに極まれり!という展開で申し訳ないが、その後の雪さんの語った言葉に何もかもを察してほしいので、このまま彼女を見守ってほしい。



「よかったぁぁ~。嬉しいよ。孝晴くん」


驚きが隠せない。こんな春が来ていいのか。

まだ秋だけど。寒くなり始めた秋だけど――


「実は、ずっと好きだった。でも、やっぱり言い出すのは勇気がなかった」


雪さんは、無邪気に大好き宣言してくる。


「私、付き合うならアイドルヲタクの人なんだろうなって思ってた。大学でも声かけられたことはあるけどやっぱりなんか違った」


「どう違うの?」


「みんなチャラい。私、自分でいうのも恥ずかしいけどモテちゃうの。なんでだろうね?」



そういうところだぞ、雪さん?

その笑顔が人を駄目にするのを本人が一番わかってない。



「でも、アイドルヲタクってみんな一途。推しを大切にしてるから、自分もそんな人たちに大切にされたいって思いがやっぱり忘れられなかったの」

 

顔を真っ赤にする雪さん。

このまま止めなければ耳まで真っ赤にしそうな勢いだ。


諸君、聞いたか?

アイドルヲタクは実は需要があることに俺もたったいま気が付いたぞ。


「だから、私はお付き合いするならアイドルヲタクがいいなと思ってた」

「うん」


「だから、今日からオニイさんじゃなくて、私はあなたのことを本名で呼びたい」

「みんなの前では流石にマズいんじゃないかな……」


「なら、二人でいるときだけにする。特別感、でるでしょ?」



俺は雪さんの特別になってもいいんでしょうか?



「じゃあ、俺も雪さんのことをユズキって呼んでいいの?」

「……うん。いいよ」


忘れないでほしい。早朝ではあるが、ここはカフェだ。

そんな顔しないでくれ。他の人に見せられない熱の籠った表情。


「ユズキってどういう字を書くの?」

「ちょっと待ってね」


 

雪さんは手持ちのバックの中から可愛らしい手帳を取り出す。

引っかかっているボールペンを手に持ち、机にあった紙ナプキンを手にとる。

左手で丁寧に文字を書いている。


雪さん、左利きだったんだ――


「はい。改めまして、雪村柚季ゆきむら ゆずきと言います。よろしくお願いします!」

「ありがとう。ちょっと貸して?」


俺も雪さんに習って、紙ナプキンを一枚とると、本名を晒しておく。


「はい。改めまして、大崎孝晴おおさき たかはるです。末永く、よろしくお願いします」


付き合い始めたのに、本名から名乗りあうところが他にない光景だと思う。


でも、お互いに自分の好きなもの、考え方を広く知り合った仲だ。

そしてこれから、ゆっくりお互いを理解していけばいい。

って、あれ?本名にも「雪」って入ってんじゃん。知らなかった。



「じゃあ、さっそくキスくらいしとく?」

「カフェじゃん、流石にそれはマズいって」


「えー。ケチ!」

 

しょぼくれた顔も今日から俺の特権。

彼氏特権。

 

そういえば、コノミが俺の妹だって言ってない。


その時が来たらでいいか……。と思ってたが、今晩、さっそくあんなことやこんなことになるなんて舞い上がった俺はまだ知ることはなかった――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る