6曲目 ”感想戦” 雪さんの笑顔
――会場の外に出て、先に待機していた輪に合流する。
ハマさんや雪さんがいる輪だ。
決まって、二人はライブ終演後、声がガラガラだ。
普段、普通の社会適合者をやっている”大人な”大人たちも、ライブ中くらいはガキに戻る。ストレス社会に揉まれて頑張っている証拠だ。このくらいは生温かく見守ってくれると嬉しい。
「ヲッ、アヅマッダネ(お、集まったね)」
ハマさんの声が悲しく夜空に消えていく。
普段あんなにカッコいいイカしたオジサンも見ての通りだ。
「ワダジ、カイエンマエニィ、ヨオヤグジマジダシ、イギマジョウカァ!!(私開演前に予約しましたし行きましょうか!)」
もはや何を伝えたいのか、声ではわからない雪さんがテンション高めでいう。
そんなに容姿端麗美人さんが、その声では株が下がってしまうぞ?黙ってた方がいいんじゃないか?と思ったが、今日も満足げに目をキラっキラさせている雪さんに、心の声を明かしてしまうことは今は無粋だ。
しかも結局、店を予約してくれたらしいし。
ここから先は、声が正常なものとして物語についてきてくれると嬉しい。
声優さんだって大変だ。なんの話をしているかわからないって?察してくれ――
雪さんが予約してくれた居酒屋にカラーギャング一行は到着した。
乾杯の音頭は俺ら界隈ではしきたりがある。
それぞれ、メンバーの挨拶を文字って発声するから、初めて感想戦に参加する一見さんにも配慮された素晴らしい掛け声だと自負がある。ハマさんが考えた。
まずは、それぞれ、自分の推しのタイミングで名前を叫ぶ。5人分だ。
最後に参加者全員で「今日も可愛かったよ~!」で杯を交わす。
嘘みたいだろ?でもホントの話だ。
まだ引くには早いぞ?俺の人生はバクっている。ついてきてくれ。
俺が諸君に説明した乾杯作法を、初めて参加してくれたファンの同志に向かって指南したハマさんが、そのまま音頭を取る。
「せーの!」
『コノミ~!』
『アヤカ~!』
『レナ~!』
『エリ~!』
『ノア~!』
【今日も可愛かったよ~!】
「感想をぶつけ合う
◇◆◇◆
斜め前方に雪さん。
前方には初めましてのノア推し、青色のグッズで固めた新規のハンドルネーム”りんごちゃん”さん。
俺の横にはいつも通りハマさんが居る。
今日も気持ち悪い話を始めよう――
自己紹介もほどほどに、今日のライブの感想について語り合う。
いくら人見知りとて、自分の好きなことを好きなだけ語り合うことができる場だ。
一旦、ヲタクの人柄は不要な情報だし、何よりアイドルをダシにして飲む酒が美味い。この一杯だけは仮にどんなに冷えてなくても、喉越し最高で美味いことを知っている。
ちなみに俺はコノミと五歳差のお兄ちゃんなので酒を嗜んで二年目の大学四年生だ。
ハマさんはオジサン。
雪さんはお姉さんという認識だ。年齢不詳。
りんごちゃんさんも一杯目はビールだったから多分未成年じゃない。
心配はご無用だ。
酒は飲んでも、飲まれるな。
それに、飲んだら乗るな、乗るなら飲むな。
ふざけた語り部なのだ。このくらいは社会に貢献しておこう。
「ノアちゃんが、新曲で落ちサビ歌ってるのが嬉しかったです!」
興奮気味のりんごちゃんさんが言う。
そろそろ、さん付けは無しにしよう。多分ご本人さまは許してくれる。
「パート割が歴代の曲の中でも珍しく、後サンメンバーだったよね。フォーメーション的にも、ノアが目立ってて、可愛さの中にクールさがあったっていうか、静まり返る感じが良かったなぁ」
いつも、我先にレナの話をしたがるハマさんが、おそらくりんごちゃんの緊張を解くように話を合わせている。こういうデキる大人が滲むから、俺はハマさんに安心を覚えている。いつもありがとう。
酔ったら「レナちゃん可愛い」が鳴き声になる動物に変貌するので今のうちに人間しといてくれ。
「ずっと、コノミちゃん見てて全く気が付かなかった~。後ろ振り返って膝ついてる振り付け良かったなぁ。後サンメンバーと目配せしてコッソリ笑ってたのが、最高だった。そこ、クールに決めるところだから!!!って突っ込んじゃった、可愛いっ。しかもさ、立った後の膝小僧が真っ赤っかでさぁぁ、もうヨシヨシして痛いの痛いのとんでいけぇ~だよっ!!!」
雪さんがえへへと多幸感に満ちて笑っている。
その笑顔がズルい。
最初の感想戦の時点で俺もこの笑顔にやられたんだった――
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