5曲目 ”爆レス”を浴びたヲタクたち


開演前――


いくら広大な横蛤よこはまぐりアリーナといえど、ドルヲタやその他、観客有象無象が詰められる客席。前後左右、充分なスペースがあるとは言い難い。


しかも、強いヲタクに限って、ふくよかな体型で在らせられるものだから、さらに客席は左右に圧迫感がある。多分俺の偏見だ。会場内の雰囲気を伝えたかったまで――


自分の席にたどり着くまでに、「失礼しまーす」と言いながらかき分けていく。

俺にだって周りの人間に迷惑を掛けないくらいの、ちょっとした気遣いくらいできる。


特に、自分の席の左右の人には丁寧にしておくのがポリシー。

ライブ中にテンションが沸騰して、腕やサイリウムが同志にぶつかってしまったとしても、このひと作法が「少なくとも悪い人間には思わせないコツ」だ。


いつも通り、俺は大人しく席に座った。


ファンクラブイベントともあって、集まる同志こと皆の衆の熱量も自然と高い人間ばかりだった。


皆、各自おねつの推し色に身を染め、大人しく開演を待っている。

ここではしゃぐ奴はまだまだ甘ちゃんだ。

温かい目で見守ってあげよう――

そして、決して終演後にSNSで叩かないように。


余計な炎上を招くし、エゴサーチした推しが悲しむ。


それより、「推し可愛かったー」とか言っとく。

なるべく、SNSの運用はポジティブに――だ。

経験上、長年他界しない――ファンを辞めないヲタクはみんなそうだ。

例外はない。


ステージに目をやると、会場の作りに合わせて、運営の美術さんが作ったであろう舞台装置”トッコウ”が目に入る。

大きな会場であればあるほど、傍から見ても結構なお金がかかっているとわかるが、今日のトッコウは比較的簡素だった。


それもそのはずだ。

今日はファンクラブイベント。

KARENを心底愛するファンばかりなのだから、無駄な見栄は張らなくていい。

それよりも、その運営費でメンバーたちに美味しいものを食べさせてあげてくれ、三上さんよ。



◇◆◇◆



ライブ中の出来事について、諸君に説明するつもりは毛頭ない。


今日も最高だったからだ――語彙力の低下が心配される。


コノミは家で、俺の妹、恋乃実として「レス贈るから!」って言ってくれたが、俺もハマさんと同じような天空席だから、見つけてもらえるはずがないと思っていた。

それでも、流石我が推し、流石我が妹だ。


会場内の観客をひとりずつ、爆レスで確実に殺していく。

赤色を纏うファンが目に入ろうものなら見境なく手を振ったり、投げチューしたり。

彼女の攻撃方法は多岐にわたる。一撃必殺、こうかはばつぐん!だ。


例にもれず俺は今日、コノミに見つかった、はずだ。

目が合った瞬間にコノミの表情が明るくなった。

そんなにわかりやすく嬉しくしちゃダメだって、妹よ。

そしてこのレスが幻でないことを祈りつつ、家に帰ったら妹に聞いてみたいと思う。


家族特権は使える場所で使っておこうじゃないか。

少々、脱線したな。これ以上は黙っておく。



かくいう、ファンクラブイベントは無事、大盛況の中、幕を閉じた。

晩飯の時に聞いた……もとい、今日初解禁のKARENの新曲や新しい衣装は、王道の可愛い系で攻めてきた。

昨晩の布団の中の妄想ではクール系だったが、残念と思う気持ちは全くない。


彼女たちがひた走る道こそが、我が信じた道であり、ついていく未来だ。

ヲタクは彼女たちの活動を全肯定すればするほど楽しめる――

楽しんだもの勝ちの世界だ。諸君も見習ってくれ。


それとライブが終わったら、枯れた声で周囲の人と「お疲れさまでした~」だ。

これも覚えておいてほしい。

なに、恥ずかしいと感じるのは一回目や二回目だけだ。

本当に疲れているであろう推しのアイドルをそっちのけにして、ただただ元気を貰っただけの存在で聞こえが悪いが、最高に気持ちがいい。


「今日も、お仕事、お疲れ様」の勢いだ。実際に”推し事”したんだもんな。


この自己陶酔はコノミも許してくれるだろう――

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