第31話 無貌の魔導師 VS 爆撃の魔導師

「ほら、何をぼ~っとしてるの~? ……君の大切な人達が待ってるんでしょ~? 行ってあげなよ~」


『でも、ローラさん……』


 あなたを置いて行くなんて……と、明らかに逡巡する素振りを見せる"仮面の魔女"に、私は思わず頬が緩むのを感じた。


 本当に、優しい子だなぁ~って。


「だーいじょーぶ。お姉さん、強いから」


 だから、仮面ちゃんが迷いなんて振り切れるように、私は笑顔で言い切った。

 実際、負けるつもりなんてない。


 爆撃君は、確かに強いけど……。


「とっくに"折れた"魔導師になんか、負けないよ~」


「言ってくれますね、吞んだくれのアバズレ女が!!」


 私の一言を、集音魔法か何かで聞いていたんだろうね。

 地面に埋まっていた爆撃君が飛び上がり、その代名詞ともなっている爆炎魔法を上空から解き放つ。


 それに対して、私がすることはひじょ~にシンプル。

 魔力を手のひらに込め、足に込め、全身に巡らせて……雷光一閃。


 拳でぶち抜き、霧散させる。


「ほら~、仮面ちゃん、早く早く~」


『……ありがとう、ございます。本当に……ありがとうございます!!』


 何度もお礼を言いながら、仮面ちゃんが飛び去っていく。

 その後ろ姿を見送った私は、改めて上空に浮かぶ爆撃君の方を見た。


「さて……それじゃあ、っちゃおっか~」


「本当に、イチイチ癪に障る話し方しかしない人ですね……あなたは良くも悪くも、自分のやるべきことをやったら、後は知らぬ存ぜぬを決め込むタイプだと思っていたんですがね。あの正体不明の"仮面"と知り合いなのですか?」


「知り合いといえば、知り合いかな~? 昨夜、初めて会って、そのまま一緒にベッドで寝た仲だよ~」


「……人の趣味をとやかく言うつもりはありませんが、初対面の同性に手を出すとは……」


「なんか、勘違いしてない~?」


 明らかにドン引きした顔の爆撃君に、私は心外だとばかりに頬を膨らませる。


 でもまあ……別に、勘違いされたところで困らないからいっか~。どうせ永遠の独り身だし、私。

 それに……。


「まあ……ポリシーを曲げても守ってあげたいと思うくらい、あの子が好きになっちゃったのは……その通りかもね~?」


 もちろん、今も私を見下ろしている、そこの色ボケ君が考えているような意味じゃない。

 ただ、あの子を見ていると、どうしても思い出すからだ。


 "蒼炎の魔女"ルミア・アーカディア……お人好しが過ぎて壊れてしまった、私の幼馴染を。


「そうですか……なら、その気持ちごと爆殺してあげましょう!! 《紅蓮爆撃スカーレット・ストライク》!!」


 爆撃君が掲げた空に、無数の炎塊が出現し、地上へ向けて降り注ぐ。


 "爆撃"の二つ名が示す通り、彼の真骨頂は空中から繰り出される圧倒的な広範囲殲滅魔法だ。

 威力と引き換えに速度に劣る形で構築された炎の魔法を、重力による自然落下という形で加速し、地上を蹂躙する。


 守る戦いにはあまりにも向かないけど、攻める戦いにおいて彼ほどの適材もなかなかいない……って、ルミアが言ってたかな~?


「すぅー……ふぅー……」


 対する私は、遠距離に飛ばす魔法がどうにも苦手だ。

 魔力を強く引き付けてしまう体質らしく、魔導師と言いつつゼロ距離でぶん殴らないとまともな攻撃が出来ない。


 だからその分……"身体強化"の一点において、私は誰にも負けない自信がある。


「《雷神化メギンギョルズ》」


 全身を雷と化し、雷と同じ速度で宙を駆ける。

 降り注ぐ炎塊全てを撃墜しつつ、その勢いで爆撃君をもう一度ぶん殴った。


「ぐふっ!?」


 爆撃君がもう一度地上に叩き落とされ、盛大な土埃が舞う。


 けど……結界で身を固めていたんだろうね、あんまり手応えがないや。

 とはいえ、衝撃はしっかり伝わっているはず。


 後何発か殴れば、それで決着……。


「なるほど……直に受けて、ようやく理解しましたよ。あなたの、人間の限界を超えた速度を制御するカラクリ……雷速移動の直前に、微弱な雷を先行させて、そこを辿りながら目標を殴るよう、事前に設定されていますね?」


「……当たり」


 さすが、腐っても王宮魔導師。二発で種がバレちゃった。


 魔力を強く引き付ける私の体質でも、よっぽど警戒していないと気付けないレベルの微弱な魔法なら飛ばせるから、それを道標に移動しているんだ。


 大抵の敵は、この種に気付くこともなく倒されてくれるんだけど。


「ならば……こうしてやれば、あなたの雷速は封じられるというわけですね!!」


 爆撃君が、全身を炎で包み込んだ。

 確かにあれだと、私の先行電流が炎に阻まれて途切れちゃうから、殴るところまで雷速で完結することは出来ない。直前で、必ず一度動きが止まっちゃう。


 でも……。


「それで止まると、本気で思った~?」


「なっ!?」


 直前で止まるなら、止まったところからは自分の力でぶん殴ればいい。

 炎の壁に体ごと飛び込み、結界の上から拳を叩き込むと、これまた面白いように爆撃君が飛んで行った。


 一瞬、私の体が炎に包まれたせいで、あちこち痛いけど……まあ、これくらい平気だ。


「理解、出来ませんね、どいつもこいつも……!! そこまでして、身を削るように戦って、この国で得られるものなど高が知れているというのに!!」


 名前も知らない伯爵家の屋敷の壁……今ので盛大にぶっ壊れたそこから這い出して来た爆撃君が、文句を言っている。


 まともに取り合う必要なんて、無いと言えば無いんだけど……私は、真面目に答えた。


「うんうん、分かるよ~。私も、どっちかというと"そっち側"だからさ~」


「は……?」


 命を削って、見知らぬ他人のために尽くすなんて、私にはどうにも理解出来ない。

 ルミアに誘われて王宮魔導師になったけど、その責務だとか名誉だとか、全部興味なかったもの。


「ならどうして、あなたは"そちら側"にいて、私と敵対するのです!? 一体なぜ!?」


「さっき、言ったでしょ~? ……好きになっちゃったからだよ、仮面ちゃんのこと」


 私も一応王宮魔導師だし、給料分は働かないといけないから……最低限の救援作業だけ手伝ったら、後は中央からの支援に丸投げして寝ようと思っていたんだ。


 でも、私が最初に救援に向かった町は、もう仮面ちゃんによって助けられていた。


 ほんと、信じられなかったよ~。

 魔物に襲われて、町の外縁部は酷く壊されていたのに……中に入ると、瓦礫らしい瓦礫もなく、道は全部通ってるし、バカみたいにたくさんの仮設住宅が土魔法で作られてるし、怪我人も軒並み治癒魔法がかけられてるし。


 まさか、私より早く中央の支援が到着したのかって、勘違いしたくらい……徹底的に、助けの手が入っていた。


 しかもそれが、その町一つの話に留まらなかった。

 一晩の内に、あっちもこっちも……私が様子を見に行った町の半分くらい、同じように助けられていて……それが全て、たった一人の魔導師によるものだって知って。

 正直、信じられなかった。


「同じ魔導師のあなたなら、分かるでしょ~? ……魔法は、疲れるんだよ。直接体を動かさないから、魔法を使えない人達からは誤解されがちだけど……強力な魔法を使えば使うほど、魔力だけじゃなく、体力も消耗していくの」


 一体どんな体力バカなんだろう、"仮面の魔女"って。

 実は、ゴリラみたいな巨漢の乙女だったりするのかな?


 そんな風に思っていた私のところに、協力を求めてやって来たのは……ごく普通の、小さな女の子だった。


 明らかに、まだ子供で。体も出来上がってなくて。

 才能だけで、根性だけで、自分の負担を度外視して強行軍していただけなんだって、その時初めて気が付いた。


「放っておけないでしょ~? ……自分のこと何にも顧みないで、人のために駆けずり回ってる、底抜けに良い子をさ」


 多分、本人は気付いていなかったと思う。

 "仮面"を脱いだその下で、自分がどれだけ疲弊しきった顔をしていたのか。

 目元に浮かぶ色濃い隈が、今にも倒れてしまいそうなくらいフラつく足が……本当に、死力を尽くして全てを救おうとしていたんだと、嫌になるくらい物語っていた。


 そのくせ、彼女の顔にあるのは、誰かを助けた達成感なんかじゃなくて……救えなかった誰かを憂う、罪悪感だったから。


「私ね~……もう、後悔したくないんだ」


 壊れていくルミアを、助けられなかった。

 他の誰かはどうでも良くても、ルミアだけは守ってあげたかったのに、私は何もしなかったし、出来なかった。


 だからせめて……私の代わりにルミアを止めてくれた"仮面の魔女"は。

 昔のルミアによく似た、お人好しのあの子くらいは。


「支えてあげたいなって、思ったんだよ。それが私の、体を張る理由かな~?」


「本当に……どいつもこいつも……!! いいでしょう、ならばそのくだらない想いごと、私が焼き尽くしてやります!! 《紅蓮炎円スカーレット・サークル》!!」


 私を取り囲むように、分厚い炎の壁が立ち上がり、隙間なく空まで覆い尽くす。

 そのまま凄い勢いで迫る壁を見れば、何が狙いかなんて明白だ。


 どれだけ速く動こうが、逃げ場なく閉じ込めた閉鎖空間なら確実に仕留められる。そんな魂胆だろうね~。


「すぅー……ふぅー……」


 呼吸と共に構えを取り、拳を握る。


 私の魔法には、"全自動で動く体が私の意思とは関係なく勝手に相手を殴る"っていう特徴がある。

 それはつまり、途中で気絶しようがどうなろうが、体の原形さえ残っていれば確実に相手をぶっ飛ばせるってこと。


 あんまりやりたくない手ではあるけど……こうなった以上、仕方ない。

 後はまあ、なるようになれ~ってことで。


「くたばれ、"無貌"!! 《紅蓮の終末スカーレット・デッドエンド》!!」


「……《雷神槌ミョルニル》」


 迫りくる炎の壁に呑み込まれ、盛大な爆発が私を襲う。

 一瞬、間違いなく意識が飛んだと思うけど……幸いというか何というか、私は生きていた。


 五体満足で、拳を振り抜いた姿勢のまま立っていて……顔を上げると、爆撃君が壁にめり込んだまま気絶している。


「はぁ~……疲れたぁ~……」


 全身の力を抜いて、仰向けに倒れる。

 サンサンと照り付ける太陽に目を細めながら、私は呟いた。


「後は頼んだよ、仮面ちゃん……でも、気を付けてね~……」


 この西部にいた王宮魔導師の最後の一人は……今朝、私が救援に向かった先で、既に殺されていた。


 殺したのは、爆撃君じゃない。

 銃弾で滅多打ちにされたあの死体は、明らかに連合国の奴にやられたんだろう。


 つまり……向こうにも、いるわけだよ。

 王宮魔導師に匹敵するくらいの、強者が。


「お互い、生きてまた会えたら……今度は、酒でも酌み交わそうぜい~……」


 あ、あの子未成年だから、まだ無理か~。


 そんなことを考えながら、私は意識を失った。

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