第29話 裏切り者

「……お世話に、なりました」


 一時間くらいだろうか? 熟睡出来たかは微妙なところだけど、ちゃんと休めたお陰で随分と頭がスッキリした気がする。


 まあ……スッキリしたからと言って、ローラさんのあの動きが見切れるかはかなり怪しいと思ってるけど。


「気にしないで〜、仮面ちゃんが元気になってくれれば、私の仕事が減って楽ちんってだけの話だからさ〜」


「…………」


 どこまで本気なんだろう……この人の考えていることは本当に分からない。


 いや、私が他人の気持ちを察せられるほどに鋭かったら、そもそもぼっちになんてなってないんだけどさ。


「でも、油断しちゃダメだよ〜? ……私と違って、他の二人の魔導師は、こんな時に消息不明になるような連中じゃないから、さ」


「…………」


 つまり、その二人は寝返ったか、既に倒されてるか……どちらかの可能性が高いってこと。


 ルミア様の例もあるし、先入観は捨てて警戒しないといけない。


「分かりました……用心します」


「うん、よろしい」


 ポン、とローラさんの手が私の頭に無造作に置かれる。


 なんというか……結局、最後まで子供扱いされたまま終わっちゃった感あるなぁ……。


「それじゃあ、またね〜」


 そう言って、僅かな雷光のようなものを残し、ローラさんの姿が掻き消えた。


 私とローラさんの二人で、残る救援先を手分けする方針になったから、それをこなすために出発したんだろう。

 速すぎて、やっぱり見切れなかったけど。


「多分、肉体を光か雷の属性に変質させる魔法かな……? 人間の反応速度の限界を超えるスピードはそれで説明が付くけど、どうやって制御してるのか分からないな……」


 相手の反応速度の限界を超える速度ってことは、自分自身が制御出来る限界も超えちゃってるってこと。


 それをどうにか制御してるからこその“無貌”なんだろうけど、ちょっと方法が思い付かない……。


「って、そんなこと考えてる場合じゃない……私も行かないと!」


 私の悪い癖が出ちゃってたことを反省しつつ、飛行魔法で空へと飛び立つ。


 休んでた分、これから向かう街でも頑張ろうって、そう気持ちを切り替えながら。





「頼む! 俺はラットン様……いや、ラットンに唆されただけなんだ! 知ってることは全部話すから、見逃してくれ!!」


『……じゃあ、牢屋の中で、取り調べをしてくれる騎士の人に喋ってください。《睡眠スリープ》』


「ぐお……」


 国境に程近い場所にある、とある伯爵領の領主館にて。

 そろそろお昼を回ろうかという時間帯に、私はこの屋敷を乗っ取って当主の座に就いたという青年を捕縛した。


 途中で盗み聞きした使用人同士の内緒話の内容を信じるなら、この人はこの家の三男坊で、“スペアのスペア”という微妙な立ち位置にいたらしい。


 魔法の才能があったわけでもなく、かと言って文官になるべく勉強を頑張るという発想もなくて燻っていたところ、今回の騒動にこれ幸いと乗っかることで当主の座に居座ろうとした……とのこと。


『間に合って良かった……』


 そんなロクデナシの男を捕まえたことで、私はホッと胸を撫で下ろす。


 というのもコイツ、自分の当主としての座を確実なものとするために、前当主や兄二人を処刑するつもりだったみたい。


 ラットンみたいに、建前を気にして魔物によって生じた被害の責任を取らせる……みたいな格式ばったことをしてくれていれば何の問題もなかったけど、コイツは頭が悪すぎて、今すぐにでもこの手で殺してやる、みたいな感じだったそうな。


 焦り過ぎて、周りにいた男達にめちゃくちゃ宥められてる光景は、ちょっと滑稽だったよ。

 あと少し遅れたら本当に殺されてたかもしれないと思うと、全く笑えないけど。


『それにしても……この男達は、一体……』


 問題はバカな三男坊より、彼を宥めていた周りの男達だ。


 三男坊の対処ですごく大変そうにしていたところを、後ろからの不意打ちで昏倒させたから、何の苦労もなく倒せたけど……うーん。


『服装は使用人っぽいけど、明らかに戦闘慣れしていそうな体付きで……あれ?』


 軽く調べてみようかとしゃがみ込んだ私は、男達の腰に、見覚えのある物騒な代物が提げられていることに気が付いた。


『これって……銃……?』


 前世においても、史上最も多く人の命を奪った発明品として名を挙げられることが多いそれは、このハインツラル王国では見ることのない武器だ。


 それを装備しているってことは、この人達は……。


『っ!?』


 肌がヒリつく感覚を覚え、私は咄嗟に結界を張った。


 その瞬間、私のいた部屋が、丸ごと吹き飛ぶような大爆発が巻き起こる。


 慌てて結界を補強・拡張して耐え凌いだ私は、天井に空いた大きな穴のその先……空に浮かぶ、その男を睨み付けた。


「うん? おかしいですねぇ、屋敷ごと全部ぶっ飛ばすつもりだったんですが……まさか、ご丁寧に丸ごと全部庇ったのですか? ははっ、やるじゃありませんか、“仮面の魔女”!!」


 年齢は二十代後半。

 髪型は普通、ごく普通のスーツっぽい服装の上に王宮魔導師のローブを羽織っていて、若干ミスマッチ感がある見た目をしている。


 そんな、特徴が薄いことが特徴みたいな男だけど、全く欠片も油断出来る相手じゃないことはすぐに分かった。


 今の、めちゃくちゃに威力が高い爆炎魔法は……。


『“爆撃の魔導師”……ガエリオ・ルードナー……!!』


「ふははっ、流石に私の自己紹介はいらないみたいですねぇ」


 王宮魔導師で一番人気な人は、というと意見が割れるのが常だけど、彼の名前が話題に上がることはほとんどない。


 公の場ではいつも目立たないし、物腰も丁寧で柔らかく、かと言ってルミア様のように一般人と積極的に交流を持つこともしない、“地味な魔導師”。


 でも、騎士団に所属しているお姉ちゃんからは、彼が西部で一番“ヤバい”奴だって聞かされていた。


 人前では猫を被っているけれど、いざ戦場に出ると──


「なら……死ね」


 全てを破壊し尽くすまで止まらない、生粋の戦闘狂バトルジャンキーだって。


 そんなことを思い出していた私の前で、ガエリオは無数の炎を空から降り注がせるのだった。

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