第25話 アティナの想い②

 "仮面の魔女"様が、その圧倒的な力でサンフラウ家の屋敷を一人で制圧してしまった。

 サンフラウ家だって、そういった襲撃に対する備えとして、正門で門番から許可を受けた者以外の侵入と攻撃を阻む強固な結界を張っているし、屋敷それ自体にも対魔法処理が施されている。


 それら全てを一瞬で突破して、助けてくれた。

 


「流石、としか言いようがないね。素晴らしい魔法だったよ、僕の魔女様」


『いえ、その……あれは全て幻影なので、基本的に攻撃魔法を想定して組まれた結界や対魔法処理は、効果を発揮しづらいんです。裏技みたいなものなので、そこまで凄いことじゃありませんよ。ていうか、誰が誰の魔女ですか』


 ルルーナ様に褒められた魔女様は、倒れたラットンを魔法で拘束しながら、謙遜の言葉を紡いでいる。

 その親しげなやり取りに、少しだけ胸がチクリと痛むのを感じながら、私は何とか立ち上がり……途中で、ガクンと腰が抜けてしまった。


『アティナ様!!』


 魔女様が、私に手を伸ばす。

 流石に届かないかと思ったけれど、私の体をふわりと優しい風が包み込み、倒れるのを防いでくれた。


 出来るだけ相手を傷付けないように、細かく計算され尽くした柔らかくて丁寧な魔法。

 こういった些細な部分にも、彼女が積み上げた途方もない研鑽を感じられて……本当に、すごいと思う。


『大丈夫ですか? もしかして、私の幻影で何か悪影響が……』


「平気です、あなたのお陰で……この通り、怪我もありませんから」


 "仮面の魔女"の、端正な顔立ちが間近に迫る。

 銀色の髪に、蒼の瞳。それに、目元を隠すような白い仮面。

 彼女が本当にメアリアなら、その外見から受ける印象はまるで違うけれど……よく見れば、露出している口元は結構似ているかもしれない。


 メアリアが順当に成長して五年も経てば、髪と瞳の色以外はこんな感じになるのかしら?

 姉妹と言われれば、ギリギリ信じられると思う。


「それより……早く、カリルを探さないと」


 何はともあれ、今は彼女のことより、家族のことだ。

 何とか自力で立ち上がろうと足に力を込めたんだけど、それより早く全身がふわりと浮き上がる。


 どうやら、私を魔法で持ち上げたまま運んでくれるつもりらしい。


『それなら、もう見付けてありますから、行きましょう』


「え……い、いつの間に!?」


『今さっき、魔法を使った時です。ちゃんとご無事なようですので、ご安心ください』


 あれだけの魔法を使いながら、ついでにカリルの居場所まで特定していたっていうの!?

 レベルが違い過ぎて、もう笑うことしか出来なかった。


 彼女が味方で、本当に良かったって。


『その……すみませんでした……』


「え……?」


 どうして彼女が謝罪しているのか分からなくて、私は戸惑ってしまう。

 そんな私の反応をどう受け取ったのか、彼女は視線を彷徨わせながらボソボソと呟いた。


『結界も……壁も……かなり、派手に壊してしまったので……』


 幻影による攻撃は屋敷も、そこにいる人達も誰一人傷付けなかったけれど、ここに突入する時に屋敷の壁を破壊している。

 どうやら彼女は、そのことを言っているらしい。


 なんだそんなことかと、私は可笑しくなって噴き出してしまった。


「そんなこと、構わないですよ。いくらなんでも、命より壁の方が大事だなんて言う人はいません」


『そ、そうですか? ありがとうございます……!』


 正直……メアリアが仮面の魔女だと知ってから、彼女がどこか遠い存在になってしまったかのように思えていた。

 でも、今こうして些細なことを気にして百面相を浮かべる姿は、いつもの彼女と何ら変わりはない。


 姿が変わっても、メアリアはメアリアなんだって思えて……ホッとした。


「ところで……あなたのこと、なんとお呼びすればいいのでしょうか?」


『へ?』


「"仮面の魔女"は立派な二つ名ですけれど……呼びかけるには、あまり向いていないと気付いてしまったので……」


 カリルは地下牢に囚われているらしく、そこへ向かう途中で私は問いかけた。

 メアリア、と呼べたらそれが一番なのだけど、彼女の秘密を暴き立てるような真似はしないと決めた以上、代わりの名前が必要だ。


 "仮面の魔女"だけでは、咄嗟の場面で本名を口走ってしまうかもしれないもの。


『…………で、ではその……"リリアナ"、とお呼び頂ければ……』


「…………」


 メアリア、あなたそれ、お姉さんの名前だって前に言っていたわよね? いいの? それで。


「では……リリアナ様。改めて、よろしくお願いします」


『はい……! よろしくお願いします、アティナ様……!』


 本当に、メアリアと話していると、肩の力が抜ける。

 ラットンを倒して、ひとまずサンフラウ家の実権は取り戻せそうだからと言っても、逼迫した状況には何も変わりはないのに。


『ルルーナ様、敵はもういないと思いますけど、足下にはお気を付けくださいね』


「僕のことも、魔法で運んでくれないのかな?」


『自分で歩けてるじゃないですか……』


 思えば、昔からそうだった。

 私が辛い時、悲しい時、困っている時も……いつだって、メアリアは傍にいてくれた。


 彼女の存在が、直接的な助けになったことは、そんなに多くはない。

 でも、力になろうとなるまいと、どれだけ気まずい空気の中でも、メアリアだけは決して私から離れようとしなかった。


 不器用な言葉で、精一杯の笑顔で、私を元気付けようとしてくれた。

 嘘で塗り固められた貴族社会に嫌気が差していたはずなのに、メアリアの吐く嘘だけは全然嫌いになれなかったの。


『……ええと、アティナ様……私の顔、どこかおかしいでしょうか……?』


「いえ……何でもないです」


 メアリア……あなたは、覚えているかしら?

 あなた、出会ったばかりの頃は魔法がまるで使えないって顔をして、目立たないように隅っこの方でじっとしていたことを。

 周りの令嬢達から、何も出来ない愚図だの無能だの言われても、笑って聞き流してばかりいて……あの頃は、私が守ってあげなくちゃって、気合いを空回らせてばかりいたわ。


 そんなあなたが変わったのは、八歳の頃だったかしら。

 メアリアを庇ってばかりいる私に苛立った誰かが、こう言ったの。


 ──そんな出来損ないを重用するなんて、サンフラウ家も程度が知れますわね、って。


 それを聞いて、初めてあなたは怒りの感情を見せた。

 悪口を言った令嬢の護衛を呼び出して決闘を申し込み、とんでもない魔法で叩きのめしてしまったの。

 静まり返った空気の中、メアリアが言い捨てたあの言葉は、今も鮮明に覚えているわ。


 ──私のことは、どう言って貰おうと構いません。でも……アティナ様を、バカにするな……!!


 メアリアが、目立つのを嫌っていることくらい気付いていた。

 その騒動を起こした直後、メアリアがその場から逃げ出して、やっちゃったって一人で泣いていたのも覚えている。


 でも、私は嬉しかったの。

 どれだけ自分を悪く言われても、周りからぞんざいに扱われても気にしなかったあなたが、私への悪口にはあれだけ怒ってくれたことが。


 泣いていた理由が、"私に嫌われたと思ったから"だったことが。


 だからね……本当に、ありがとう。

 私の代わりに、ラットンに怒ってくれて。

 どれだけ強くなっても、どれだけ有名になっても、あの頃と何も変わらない、自分以外の誰かのために怒ることが出来る、優しいあなたでいてくれて。


 やっぱりあなたは、私の最高の親友よ。


「リリアナ様」


『はい、なんでしょうか……っ!?』


 でもね? 今のあなたは、"親友"のメアリアじゃなくて……"仮面の魔女"リリアナだから。


 こんなことをしても、許されるわよね?


 そう自分に言い訳しながら──私は、彼女にそっと口付けした。


「本当に、ありがとうございました。今回の件、どんな結末になったとしても……私は一生、あなたの恩を忘れません」


 幻影で作られた、仮初の体だからでしょうね。唇に残る感触は、ちょっと変な感じがした。

 けれど、仮面越しに映るメアリアの瞳は、驚愕に満ちていて……本当のことを話してくれない意地悪な親友に、ちょっとは意趣返しが出来たと思う。


 よりにもよって、私の目の前でメアリアの唇を奪っていった、そこのズルい王女様にもね。

 ふふっ、嫉妬の眼差しが、今だけはちょっと心地好いわ。


「生涯、お慕いします。リリアナ様」


『……は、はい……』


 私の告白を受けて、真っ赤になった仮面の魔女メアリアをそのままに、私は自分の足で地下への階段を降りていく。


 その先で、彼女の言葉通り五体満足の弟を見付けて、再会を喜び合って──

 こうして私達は、サンフラウ家の実権を取り戻すことに成功するのだった。

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