第11話 殿下のいない一日
翌日、私が学園に向かうと、本当に昨日の嫌がらせなんて嘘だったみたいに平穏な生活が戻って来た。
ベアトリーチェ様を見掛けたら、なぜか怯えた様子で逃げていかれたから、何か釘を刺されたのは確かなんだと思う。
その代わり……殿下は、公務を理由に学園を離れてしまったけど。
「──リア。ねえ、メアリア!」
「ふえっ!? あ、アティナ様。すみません、どうしましたか?」
「もう、授業終わったわよ?」
「あれっ、もうですか!?」
いつの間にか、一日が終わってしまっていたらしい。
慌てて帰り支度を整える私に、アティナ様は心配そうに眉を寄せる。
「やっぱり、昨日のことで大変よね……本当に、大丈夫?」
「大丈夫です! 今日は何もなかったですし、きっと犯人もやり過ぎだと思ってくれたんですよ!」
「ならいいけど……もし私にも力になれることがあったら、遠慮なく言ってね? 私に出来ることなら、なんでもするから」
「な、なんでも……」
視線がアティナ様の唇に吸い寄せられてしまい、私は勢いよく首を振って煩悩を追い出す。
いやいやいや、おかしいでしょ!! 私は別にアティナ様をそんな目で見てるわけじゃないから!!
うぅ、それもこれも、昨日の殿下のせいだ!! 女の子とキスをするっていう選択肢が、私の人生に刻み込まれてる!!
「メアリア?」
「なんでもありません!! ちょっとその、今日寝るところどうしようかなー、なんて……あははは」
昨日、部屋の家具がほとんど壊されたことに対する補填は、学園がやってくれることになっている。私物以外は備品扱いだからね。
ただ、それにしたって昨日の今日ですぐに元通りというわけにはいかないから、実は寝る場所に困ってたりする。
昨日も結局壁にもたれかかって寝ちゃったから、寝起きに体がバッキバキになっちゃってたんだよね。
地味に切実な悩みを打ち明けると、アティナ様はちらちらと私の顔を窺うような眼差しを向けてくる。可愛い。
「じゃあ……今日は、私の部屋に泊まる……?」
「へ?」
ただ誤魔化すために口にした言葉に、予想外過ぎる答えが返ってきて、私はこれ以上ないくらいの間抜け面を晒してしまう。
そんな私の反応を見て何を思ったのか、アティナ様は慌ててパタパタと手を振った。
「そ、その、メアリアも私も、そんなに体が大きい方じゃないし……! 同じベッドで横になっても、まだ余裕があるかなー……なんて。ご、ごめんね、メアリアもそんなの嫌よね、忘れて!」
「そんな、全然そんなことないですよ!? アティナ様と同じベッドで寝れるなんて、全人類の夢ですから!! 光栄過ぎて、今すぐ心臓が止まりそうなくらいです!!」
「そんなに!?」
慌ててフォローしようとしたら、余計におかしな空気になってしまった。
あわあわと混乱する私に、アティナ様はくすりと笑みを零す。
「じゃあ、一緒に帰りましょ、メアリア」
手を差し伸べられ、私は固まってしまった。
えっ、これはまさか、手を繋いで帰ろうっていうお誘いですか?
私なんかがそんなことしていいの? だって私だよ? アティナ様になんでもするからって言われて、えっちなことしか頭に浮かばなかったゴミですよ?
いや仮に私じゃなくても、手を繋ぐなんて恋人同士でしかやらない特別な行為だよね? だって私、殿下とも繋いだことないし。
いや、私は殿下とそんな関係になった覚えはありませんけどね!? あくまで護衛の隠れ蓑として愛人扱いされてるだけでね!?
でも、アティナ様は「え? これくらい普通だよね?」って顔してる。
実は私が知らないだけで、陽キャというのは友達同士でこんなえっちなことを毎日しているのだろうか。すごいな陽キャ。
いや、手を繋ぐなんてえっちじゃないが!? 何言ってんの私!?
「は、はいぃ……」
葛藤の末、私は恐る恐るその手を握る。
うわ柔らか! すべすべ! これが本当に私と同じ種族属性の存在の手なのか!?
そんなことを考えていたせいか、帰り道でアティナ様が話していた内容が、全く頭に入らなかった。
せっかく話し掛けてくれていたのに、お前は何をしているんだメアリア。最悪だぞ。
「えーっと……ここが私の部屋、だけど……ちょっと散らかってたりしたら、ごめんね? あまり見ないでくれると助かるわ」
「いえいえ! アティナ様のお部屋なんですから、例えゴミ屋敷だったとしても天国ですよ!」
「そこまでじゃないわよ!?」
開け放たれた部屋の中は、普通に私の部屋より綺麗に整えられていた。
というか……そこは身分の差という奴なのか、私の部屋より広いし豪華だし、メイドさんまでいる。
たとえ荒らされてなかったとしても、これと比べたら私の部屋なんてゴミ屋敷としか言えなかったと思う。ゴミは私でした。
「そこの椅子に座って? お茶淹れるから」
「えっ、アティナ様が淹れてくださるんですか?」
「ええ。お茶を淹れるの、私の趣味なの。あんまり人に飲んでもらう機会はないから、口に合うかは分からないんだけど……」
いえいえ、アティナ様が淹れてくれたお茶なんて、たとえ泥水だったとしても最高です!!
って言おうかと思ったけど、流石に二回連続でやらかすほど私もバカじゃない。
黙ってテーブルに着いた私は、アティナ様が用意してくれたお茶を口に含む。
良い香り……それに、味も雑味が少なくてさっぱりしてて、すごく……。
「美味しいです!」
「ふふっ、それは良かった」
アティナ様も対面に座り、同じようにお茶を飲む。
……なんだろう、お茶を飲むっていう行為は何も変わらないのに、アティナ様がやるとものすごく絵になるなぁ。
これが顔面偏差値の差か……!
「ねえ、メアリア」
「うん? なんでしょうか?」
「殿下がいなくなって、寂しい?」
「ぶっ!!」
予想外の方向から殴られて、私はお茶を噴き出してしまった。
ゲホゲホとむせ返る私を、アティナ様が心配して立ち上がりかける。
大丈夫だとそれを手で制しながら、何とか私は呼吸を落ち着けた。
「さ、寂しくなんてないですから!! そもそも、恋人云々っていうのも、色々と事情があってしていることで……そうじゃなかったら、私が殿下とそういう関係になるなんて、あり得ませんもん!!」
「へー……そうなんだ」
どこか嬉しそうに、アティナ様が呟く。
思わぬ反応に疑問符を浮かべていると、アティナ様は悪戯っぽく微笑んだ。
「じゃあ……メアリアは、まだしばらくは私だけのメアリアなんだって思っても、いいのかな? ……なーんて」
「…………」
えっ、何今の、どういう意味?
アティナ様、まさか私のこと、独占欲を滲ませるくらい大好きなの……!?
いや、いやいやいや、落ち着けメアリア、これはあれだ、陽キャ特有の「私達いつまでも大親友でいようねー♪」っていう軽いノリのやつだ、そうに違いない!
「そ、そういえば、“蒼炎の魔女”ルミア様も、殿下の護衛として一緒に王都を発ったそうよ。殿下ばっかりズルいわよね、私もお話聞きたかったなー」
若干固くなった空気を変えるように、アティナ様が話題の転換を試みる。
憧れのルミア様に関する話題だったので、私もその変化に乗り遅れることなく即座に反応出来た。
「え、それは本当にズルいですね!? ていうか、私は聞いてないんですけど!?」
初耳過ぎるよ。殿下、そんなこと一言も言ってなかったのに。
ぐぬぬ、こんなことなら、私も無理を言って護衛の一人として同行していれば……!
「メアリアに言ったら、無理にでもついて来ちゃうって分かってたから、内緒にしてたのかもしれないわね」
「ぶー……それはそうかもですけど……」
まあ、私がそのことについて殿下に文句を言う資格があるかといえば、ないんだけどね。
所詮は偽りの愛人関係だし、それも学園内限定……本当なら、何の関わりもない他人なのに、そんなことまで話題にする必要はないから。
……なんでだろう、そう考えると、ちょっと寂しい。
いやいや、単にルミア様とお話する機会が減っちゃったことが気に入らないだけで、別に殿下のことなんて……。
「あっ」
「アティナ、どうしたの?」
「いえ、ちょっと殿下に頼まれ事をされていたの、すっかり忘れていました」
昨夜殿下から預けられた杖のこと、一度寝たら今の今まで忘れちゃってた。
いや、元々暇があればって話だったし、殿下だって杖は授業でしか使わないって言ってたから、急ぐ必要もないかーって……はい、ただの言い訳ですね。
「頼まれ事って?」
「一昨日の魔法実技で、私と殿下が思いっきりやらかした件を覚えていますか? あの時、殿下の杖の調子があまり良くなかったみたいで、チェックしておいて欲しいって」
「へー……殿下は、なんでメアリアに頼んだの?」
「へ? なんでって……」
「だって、杖の調子が悪いなら、普通はお店に持って行かないかしら?」
純粋に疑問を抱くように、アティナ様は首を傾げる。
確かにそうだ。お店で買った時、メンテナンスもこのお店に持ってくればすぐにやってくれるって説明しておいたし、殿下がそれを忘れているとは思えない。
ならどうして、わざわざ私に手渡して、私に診るように言ったんだ?
いやそもそも、本当にあの暴発って杖の問題だったんだろうか?
明らかに魔力量が少なめの殿下が、手加減していたとはいえ私の魔力を一瞬呑み込みかけるくらいの魔力を、たかが杖の不具合くらいで。
もし可能性があるとしたら……。
「メアリア? なんだか怖い顔してるけど……どうしたの?」
「すみません、アティナ様。急用を思い出したので、今日は帰ります。この埋め合わせは必ずするので……ごめんなさい!!」
「それは別にいいんだけど……あ、メアリア!?」
すぐさま部屋を飛び出した私は、大急ぎで自室に戻り、置きっぱなしになっていた殿下の杖を魔法で精査する。
僅かな痕跡も見逃すまいと、詳細に詳細にその状態を確かめて……ようやく、気付いた。
外部から、魔法による干渉を受けた痕跡に。
「あの……大バカ偽物王子!!」
思い切り叫んだ後、私はすぐさま寮を飛び出した。
杖にかけられた魔法は、恐らく《
あの時起こった現象を考えると、共鳴魔法発動のタイミングで、殿下の魔力を限界まで吐き出させることで、魔法の暴発事故を引き起こして、殿下を害そうとしたんだと思う。
魔力を失って無防備になった殿下なら、ちょっとした暴発でも致命傷になる可能性は十分あるから。
問題は、あの時あのタイミングで、私が気付かないほどに微弱な魔法で、あそこまで完璧に魔力の暴発を引き起こすことなんて、私でも難しい超高等技術だってことだ。
そんな真似が出来るのは……あの場には、一人しかいなかった。
「どうしてですか……どうして、あの方が……!!」
“蒼炎の魔女”、ルミア・アーカディア。
彼女こそが……殿下の命を狙う、暗殺者だ。
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