第7話 嫌味と初デート
「メアリア、頼みがあるんだが……放課後、少し付き合って貰えないかな?」
「え?」
殿下の愛人……もとい護衛に任命されて、今日で三日目。アティナ様が珍しく用事で休んでいるタイミングで、殿下が声をかけてきた。
これまでは“誓約書”の内容をちゃんと遵守して、授業が終わった後に絡んで来ることのなかった殿下から、突然の申し出。
しかも、いつもと違って心から申し訳なさそうな顔をしているものだから、驚いてしまう。
「明日、魔法実技の授業があるだろう? 先生から、授業には杖が必須だと教えて貰ってな……僕はこれまで杖を使って来なかったから、何も持ち合わせがないんだ。出来れば、買うのを手伝って欲しい」
あー、なるほど。
杖は、魔法の発動を補助し、魔力の暴発を防ぐための、いわば安全具だ。
まだ技術の低い魔導師の卵にとっては、間違いなく持っていた方がプラスになるんだけど……熟練の魔導師にとっては、あった方が精度が増すからと専用の杖を持つ人がいたり、逆にない方がアドリブが利いてやりやすいという人がいたりと、意見が別れる代物。
私自身、“仮面の魔女”として戦う時は杖を使わないし、王族として魔法の英才教育を受けてきた殿下もそのパターンなんだろう。
でも、授業では杖を使う魔法しか教えてないので、杖は必ず用意しなければならない。
殿下は、それを知らなかったみたいだ。
「分かりました、それくらいならお付き合いしますよ」
「助かるよ、メアリア。ご褒美は僕のハグでいいかい?」
「いりません!!」
早くも定番になりつつあるやり取りに、私は盛大に溜息を吐く。
私の態度など意にも介さず、「それじゃあ、校門で待ち合わせしよう」なんて言いながら教室を後にする殿下を見送った私は、自分も準備のために女子寮へ帰るべく教室を後にして……そこで、一人の女子生徒が進路を塞ぐように立ちはだかった。
紫色の髪をドリルロールにした、典型的な“お嬢様”って感じのシルエットを持つ彼女の名は、ベアトリーチェ・カーバンクル。
王国東方に本拠を構える、カーバンクル侯爵家のお嬢様だ。
「あなた……殿下にも気に入られているからと言って、あまり調子に乗らないことですわね。あまり目に余る行動を続けていると、痛い目を見ますわよ」
うぅ、殿下から離れろという露骨な脅し……!! まあ、相手は影武者とはいえ第一王子なわけだし、そういう反応になるよね。むしろ、今まで何もなかったのが奇跡なくらいだ。
とりあえず……どうしよう。
何か言い返した方がいいのかもしれないけど……ベアトリーチェ様一人でも、その鋭すぎる目で睨まれたら何も言えないくらい怖いのに、今は取り巻きも二人引き連れて私を半包囲状態に追い込んでいる。
三方向からの圧力に、私はただただ萎縮することしか出来ない。
「いや、あの、それは、そのぉ……」
ど、どうすれば。
流石に、こんなことで魔法をぶっぱなすわけにはいかないし、仮にそんなことを侯爵令嬢相手にしたら打首だし、かと言ってここで当たり障りない受け答えで煙に巻く会話スキルがあるのなら、そもそも殿下と愛人関係になんてなってない。
あわあわと狼狽えることしか出来ず、意味のある言葉を何も紡ぐことが出来ない私に、ベアトリーチェ様達は更に詰め寄ってきて……。
「ふんっ」
やがて、興味を失くしたかのように鼻を鳴らし、背を向けた。
「殿下といい、サンフラウ家の女といい、どうしてこんな根性なしの田舎娘と親しくしようと思うのか……とても理解出来ませんわ。あなた達、行きますわよ」
圧力から解放され、私はその場に膝から崩れ落ちる。
廊下にぺたんと座り込んだまま、私は小さく呟いた。
「そんなの……私が知りたいよ」
仮面がなければ私は、嫌味一つ言い返せない根性なしなのは、紛れもない事実だから。
だから私は……仮面の奥にある秘密を、絶対に守らないといけないんだ。
「……帰ろう」
許して貰えたから解放されたわけじゃなくて、ただこれ以上関わる価値もないって、失望されただけ。
それが分かっているのに……ただ目の前にあったピンチから逃げられたっていうだけで、これ以上ないくらい安堵してしまっている自分が、心底嫌だった。
「ふふ、メアリアとの初めてのデート、楽しみだな」
「デートじゃないです」
校門で待ち合わせしてから、王都の街に繰り出す私と殿下。
杖は魔法関連の商品。つまり、この街で一番多く杖を使う人間が集まるのは、魔法学園と王城の騎士団のどちらか。
要するに、校門から出て五分も歩けば、すぐに杖を売っているお店に到着してしまうのだ。
「もう着いたのか。軽く三十分くらい歩いた方が、デートらしさがあって嬉しいんだがね」
「だから、デートじゃないですってば。ほら、殿下の杖を選ぶんでしょう? 早く入ってください」
殿下を急かして足を踏み入れた店内は、魔法学園の生徒を相手にしているだけあって、若者向けのカジュアルさとお洒落感を両立させた明るい内装だった。
棚には無数の杖が並び、杖以外にもメンテナンス用のクリーナーや、魔道具の触媒に製作用の小道具なんかも売っている。
驚きなのは、お店の奥に魔法の試射場があって、実際に具合を確かめた上で購入するかどうか決められることだろう。
ここまでの設備は、王国広しと言えどこのお店でしか見たことがない。
「これは……ふふふ、こんなにもあると、目移りしてしまうね」
「そうでもないですよ。人によって、目的に応じて、向いている杖とそうでない杖はハッキリ別れますから」
「……そうなのか?」
あまりピンと来なかったのか、殿下は首を傾げている。
そんな彼女に、仕方ないなぁと私は肩を竦めた。
「殿下は感知魔法がお得意だと仰っておられましたよね? 感知魔法は、自分の周囲に魔力を薄く広く散布し、大気中の魔力とリンクすることで必要な情報を取得する魔法です。重要なのは、繊細でスムーズな魔力制御……それをサポートする杖となれば、可能な限り抵抗なく魔力を流すことが出来る素材を選ばなくてはなりません」
「……抵抗は、どんな魔法でも少ない方が良いのではないのか?」
「いえ、そうでもありません。例えば、攻撃魔法で威力を出すためには、自分の魔力をしっかりと手元で固め、圧縮する力強い魔力制御が必要なので、ある程度抵抗があった方がやりやすいんです」
他にも、と私は二本の杖を手に取ってみせる。
「杖の形も大切です。長くて大きな杖は、より多くの魔力を内部に閉じ込めておけるので、大規模かつ高威力の魔法を使いやすくなりますが、その分細かい制御が難しくなるので、感知魔法のような繊細な魔法には不向きになります」
「なら感知魔法には、魔力が抵抗なくスムーズに流せる素材を使った、短くコンパクトな杖を選ぶのが良い、ということか?」
「基本的にはそうです。ただ、感知魔法とひと口に言っても、ごく限られた範囲の情報を詳細に得たいのか、より広範囲の情報をざっくりと得たいのか……必要な時に素早く得たいのか、時間をかけてでも正確に得たいのか、そうした細かい部分でも意識すべきポイントは変わってきます。たとえばこの捻れた杖は、通常の杖と違い魔力の放出口が複数あるので、感知魔法に使えば一瞬で自分の感知領域を展開出来て……って、どうしました? 殿下」
説明の途中で、殿下がやけに嬉しそうにしているのは気になった私は、こてんと首を傾げる。
そんな私に、殿下は「いや」と微笑んだ。
「待ち合わせ場所で会ってから、ずっと元気が無さそうだったから。生き生きとしている君が見られて、ホッとしている」
「……ま、まあ、魔法は私の唯一無二の特技ですし……」
普段通りに振る舞えているつもりだったけど、殿下にはお見通しだったらしい。
私、そんなに分かりやすい?
「ふむ、そうだね。せっかくのデートが、こんなにも早く終わってしまうのも味気ないと思っていたんだ。良かったら、杖の購入に付き合ってくれたお礼に、僕から夕食をご馳走させてくれないかな?」
「……え」
予想外のお誘いに、私はただぴしりと硬直することしか出来なかった。
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