第5話 突然の愛人関係

 屋上から戻った後、殿下は恐ろしいくらい私にべったりくっついて来た。


 授業中も隣にいるし、休み時間も付いてくるし、お昼も一緒だし……トイレにまで付いて来るのは、流石にどうかと思うな!? あんた一応男としてここにいるんでしょ!? 誰かに見られたらどうすんの!?


「殿下ぁーー!! もっと節度を!! 節度を持って接してください!!」


「これくらい熱を入れていると周知しなければ、愛人らしくないだろう?」


「それはそうですけど!! というか、その愛人設定こそどうにかならないんですか!?」


「今更、先程の発言を引っこめるというのも無理があるだろう?」


「それはそうですけどね!? 誰のせいですか誰の!!」


 二人きりのトイレで、私は力の限り叫ぶ。


 いやまあ、嫌な予感はしてたんだよ?

 でもまさか、教室に戻って開口一番「僕はこのメアリアと付き合うことになった、みんなよろしく」なんて言うとは思わないじゃん!?


「いいじゃないか。それとも、メアリアは僕と付き合うのは嫌かい?」


「婚約者ですらない愛人ですよね!? 普通に嫌ですけど!?」


 しかも、同性じゃないですか……なんて叫びそうになったけど、流石にそれはぐっと堪える。


 屋上の時は一応遮音の結界も張ったけど、所構わず魔法を使うのは行儀が悪いし、どこに人目があるか分からないから。


「すまないね、の立場で、婚約者など作るわけにはいかないから。でも、愛人なら何人作ろうと許される。王族だからね」


「この特権階級め!!」


 すっごく切実に、助けを必要としてるんだと思ってたのに……この女、実は立場を気にせず弄べる玩具が欲しかっただけなんじゃないの!?


 まあそうだよね!! じゃなきゃ私みたいな奴に、命がかかった大事な護衛の任なんて与えないよね!! 知ってたよ!!


「許されるなら、当然君を婚約者に選んでいたとも」


「どんだけ女好きなんですかあなた!!」


「失礼な。性別なんて関係ない、君だけだよ、メアリア」


「さっき何人でも作れるって言いましたよね!?」


「僕が選ぶ人間が一人だけだったとしても、兄上も選んだら絶対に二人以上になってしまうだろう? だから、僕は絶対に"愛人"しか選べないんだ。影武者だからね」


「あ、ああ、そういう……」


 確かに、影武者と本物で別の人にアプローチしてたら、暗殺者と関係ないところで二人とも刺し殺されそうだ。


 え? ってことは、目の前にいる"殿下"本人は、私一人だけを好きだってことで……。


「な、なんでそこまで、私を……」


「一目惚れだよ。初めて見た時からずっと、僕の心は君に奪われている。証拠を見せようか?」


 その真摯な眼差しに、私は何も言えなくなる。

 それをどう捉えたのか、殿下はゆっくりと顔を近付けて来て──


「と、とにかく!! 私にも立場ってものがあるんですから、少しは弁えてください!!」


 大慌てで、その顔を押しのけた。

 あ、危ない……危うく流されるところだったよ。


「つれないね。僕は本気で君のことが好きなのに」


「はいはいありがとうございます! それより、これを見てください!」


 無駄に高鳴る心臓を無理やり押さえつけながら、私は授業中にノートの端に書いて纏めておいたメモを、殿下へと押し付ける。


「……これは?」


「誓約書です!! 私達の!!」


 一つ、お互いに相手の秘密を尊重し、守るために細心の注意を払うこと。


 二つ、愛人だからと無闇にベタベタしない、学校にいる間のみそれらしく振る舞い、それ以外は私の自由を保証すること。


「上記二つが守られる限りにおいて、私メアリア・アースランドは、貴女を如何なる脅威からも全力で守り抜きます、か……ふふふ、まるでプロポーズだな」


「それっぽいの、最後だけでしょ!?」


 本当に調子良いんだから、この王女様は。


「ていうか……それ書いてる時に気付いたんですけど、殿下の本当のお名前って、なんなんですか?」


 第一王子のルカリオ殿下の影武者だ、って説明は受けたけど、肝心の、目の前に立つ王女殿下の名前を私は知らない。


 せっかくだから知っておきたい、と思った私に対して、殿下は人差し指を私の唇にそっと添えた。


「人の耳目があるかもしれないところで、それは教えられないな」


「……間違えました、妹君のお名前を……」


 "ルカリオ殿下の妹の名前"を聞くだけなら、問題ないでしょ。


「悪いが、秘密だ」


「ほわい!?」


「何かの拍子に、うっかりその名前が飛び出しては困るだろう?」


 ごもっともな理由で誤魔化そうとする殿下に、私はもう一つ追加で文句を言おうかと思ったんだけど……次の授業の始まりが近いことを知らせる予鈴の鐘が鳴り、殿下は踵を返した。


「おっと、授業が始まってしまうな。では、続きはまた今度にしようか」


 颯爽と去っていく殿下の背中に、私は何も言えなくて。


 モヤモヤとした気持ちを発散するように、その場で「うがーー!!」と叫ぶのだった。






「はあぁ……つ、疲れた……」


 ようやく一日の授業が終わり、私は目の前のテーブルに突っ伏していた。

 ちょっとひんやりした感触が、火照った顔にちょうどよくて……気持ちいい〜……。


「あはは、大変だったわね、メアリア」


 慈愛の女神たるアティナ様が、疲労困憊な私の頭をそっと撫でてくれる。


 それだけで、私の全身には陽のパワーがみるみるうちに充填されて……ああ、好き……。


「まさか、ルカリオ殿下がメアリアに一目惚れするなんてね、私もびっくりしたわ。伝え聞く噂では、体が弱くていつも本ばかり読んでいる殿方だって話だったのに」


「嘘だぁ〜……」


 いきなりキスを迫って来たし、あれは間違いなく陽の世界を生きる性欲モンスターだよ。

 大人しく本を読んでる姿なんて、とても想像出来ない。


 ……いや、あるいはそれが、“本物”のルカリオ殿下なのかな?

 まあ、単なる予想だけど。


「はあ……どうせ告白されるなら、アティナ様が良かったです……」


「え!? め、メアリア!?」


 そしたら、毎日アティナ様にお目覚めのキスをして貰って、そのまま一緒に朝ご飯を作って、食べさせ合いっこして、手を繋いで一緒に登校して……え、何その幸せ空間。天国じゃん。


 どうして現実はこうならなかったのか。

 いや、私別に女の子が好きってわけじゃないんですけどね? ふつーに男好きですよ私は?


 まあ、前世含めても私、男子と一言たりとも喋ったことないんですけどね! あははは!


 ……言ってて悲しくなって来た。


「そ、そんな風に言って貰えるのは嬉しいけど……私達、女の子同士だし、その……」


 まあ、文句ばかり言ってても始まらない。

 私は私の秘密を守るために、あの偽王子様の愛人……に見せかけた護衛として、三年間守り抜かないといけないんだから。


 少しでも自由時間を確保したいと思うなら、多少離れていても問題なく殿下を守り切れるって、信用して貰わないといけない。


「アティナ様、女の子って、どんなアクセサリーを貰うと嬉しいですか?」


「え!? そ、それは……」


 私は幻影魔法が得意だけど……“白い仮面”を筆頭に、魔道具作りだってすごく得意だ。


 あの仮面も、普段は嵩張らないように白い勾玉のネックレスになるように魔法をかけてあるんだけど……殿下にも、そんな感じで自衛と緊急通報を兼ねた魔道具をプレゼントしてあげよう。


 ただ、センスゼロの私が適当に作ったアクセサリーを殿下が身に着けて、「何あれ、殿下のアクセサリーダッサ(笑)」「愛人のメアリアさんがプレゼントしたらしいですわよ(笑)」「あーら、道理であんなにもダサイわけですわ(笑)」なんて噂になったら、私の心が死んでしまう。間違いなく。


 ここは、女の子としてセンスの塊であるアティナ様のアドバイスを求めたい。


「そう、ね……大事な人から貰ったものなら、なんでも嬉しいとは思うけど……でも私は……お揃いのアクセサリーがあると、とーっても嬉しいかなー……なんて……」


「お揃いですか……?」


 私が身に着けてるのは、“白い仮面”を封じ込めた勾玉だけだから、これ以外の候補はない。


 当たり前といえば当たり前だけど、前世の知識を元に作ったこれは、この国にはない造形で、アティナ様も初めて見たって興味深そうにしていたのを思い出す。


 うーん……所詮私の手作りだから、本物の職人が作り上げたガチの工芸品を見慣れているであろう殿下相手に、下手に背伸びしたものを贈るより、物珍しさで勝負した方が確かにいいかもしれない。


 お揃いのアクセサリーがそれだけで愛人アピールになってくれれば、ある程度行動に移さなくても良くなるかもしれないし。


「なるほど、分かりました。ありがとうございます、アティナ様! とっても参考になりました!」


「う、うん……楽しみにしてるわね……?」


「? は、はい」


 なんだか微妙に会話が噛み合っていないのを感じながらも、私はその日、意気揚々と寮に戻り……。


 アティナ様が朝に少し話していた、大精霊の暴走の件と、ゴブリンの群れの件をサクッと片した後、大急ぎで魔道具作りに励むのだった。

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