第2話 仮面の魔女

 王国の中でも北端に位置する地、スノーウェルト伯爵領。


 一年のほとんどが雪で覆われた、極寒の地……とは言いつつも、春先のこの時期に、川の水すら容赦なく凍り付くほどの寒さに襲われるのは異常事態だ。


 お姉ちゃんから教えて貰ったこの地の異変が、何かしらの災害級魔物のせいなんじゃないかと考えた私は、ちょっとパトロールがてらここまで来て……大当たりを引き当てた。


「いや、やっぱり大外れだったかも!?」


『グオォォォ!!』


 白竜ホワイトドラゴン。 雪と冷気を操る強大なドラゴンで、ただそこにいるだけで周辺地域を永久に凍土の中へと閉じ込めてしまうとすら言われている魔物だ。


 何十年かに一度しか出現しないと言われている、災害級の存在。それと私が戦うことになるなんて、思ってもみなかった。


 でも……今の私なら、倒せる。

 十年間、ただ友達が欲しい一心で磨き上げた私の魔法なら、これくらい!!


「よいしょっ!!」


 風を操り、大空を飛び回る私に対し、白竜もまたその巨大な翼をはためかせて追ってくる。


 ただ追いかけるだけじゃなく、無数の氷を槍のように鋭く変形させて飛ばしながら迫ってくるのは、正直めんどくさい。


 右へ左へと氷槍を躱し、躱しきれないものは結界で防ぐ。


 時折、反撃のために炎を槍を撃ち返すんだけど……こっちはあんまり効果がないようで、回避も迎撃もせず真正面から受け止めて突っ切ってきた。


 うわぁ、脳筋すぎるでしょ。

 でもまあ、別にいいよ。私の目的は、この白竜を少しでも地上から離すことだから。


 挑発に乗ってここまで来た時点で、お前の負けだよ。


「《幻影世界ファントムワールド》」


『グオ!?』


 一気に広がった私の魔力に驚いて、白竜の勢いがようやく弱まる。


 でも、もう遅いよ。ここはもう、私の領域。

 私の幻影魔法で作り上げたこの空間は、全ての事象が私の思うがままだ。


「《火山地帯ボルケーノ》」


 私が指先を振るうと、白竜を閉じ込めた幻の世界が、灼熱のマグマ沸き立つ火山地帯へと変貌する。


 もちろん、ただの幻影だ。本当に、空中に火山なんて出現させたわけじゃない。


 でも、魔法とは精神の力。

 自分の苦手意識ど真ん中の空間にいるという認識は、着実に白竜の心を弱らせ、その力を奪い取る。


『グオォ!!』


 白竜がさっきと同じ氷槍を放つけど、もはやさっきまでの威力はない。

 軽く張った結界がいとも容易くそれを防ぐのを見て、白竜は明らかに動揺している。


 そこへ畳み掛けるように、私も幻影を操った。


「《炎槍フレアランス》」


 先程も放ち、全く通じなかった炎の槍。

 それを、幻影によって何倍ものサイズに膨れあがらせて……空を埋め尽くすほど大量に出現させていく。


「《無限インフィニティ》」


 この炎槍の中に、本物なんて数えるほどしかない。

 その威力だって、さっき牽制で放っていたものと全く同じだ。


 でも……自分の力が弱まっているという事実と、先程より明らかに威力が高そうだという思い込みが、そのダメージを何倍にも高め、傷付かないはずのただの幻にすら殺傷力を持たせる。


 白竜自身の心が、白竜を殺す刃となるんだ。


「これで終わり。《一斉発射フルバースト》」


 私の放った幻の炎槍の群れが、白竜の体を滅多刺しにして……その命を、完全に終わらせた。





「やった!! やったぞー!!」

「魔導師の手で、白竜が打ち倒された!!」

「“仮面の魔女”様、バンザーーイ!!」


 《幻影世界ファントムワールド》を解除して地上に降りると、街の人達からの大歓声が私を迎えてくれた。


 その光景は、私の心にちょっぴりの達成感と……絶大な恐怖心を呼び起こす。


 人の目が、視線が、無関心以外の感情が一斉に叩き付けられているのを自覚するだけで、全身が震え上がる。


 でも、今の私は“メアリア・アースランド”じゃない。

 神出鬼没の凄腕魔導師、“仮面の魔女”なんだ。


 十年かけて築き上げたミステリアスなイメージを崩さないために、集まった人達へ一度だけ、軽く手を振って……。


 それだけで限界を迎えた私は、すぐにその場を飛び立った。




「はあ、はあ、はあ……こ、ここまで来れば、大丈夫かな?」


 町から少し離れた丘の上で、私は“仮面の魔女”のシンボルになっている白い仮面を取り外した。


 その途端、私の全身に固定されていた幻影が解けていく。


 真っ黒なローブは消滅し、通っている学園の制服に。

 白銀の長髪は、黒いセミショートに。

 身長さえも一回り縮み、ミステリアスな凄腕魔導師は、あっという間に十五歳のちんちくりん娘へと姿を変えた。


「はぁー……私、なんだか盛大に方向性を間違えてる気がする……」


 大きく息を吐き、私は雪の合間に覗く草原へ腰を下ろす。


 十年前、五歳の時のちょっとした思い付きから、私は死に物狂いで魔法を勉強した。


 まず真っ先に習得したのが、自分の正体を隠すための幻影魔法。

 お陰で、“メアリア・アースランド”はあくまでそこそこの腕前を持つ魔導師の卵だって、周りの人達にも思われているはずだ。


 正体を隠したまま地道に続けた慈善活動もあって、“仮面の魔女”は相当知名度が高くなったし、その影響で私と仲良くしてくれる人も出来た。……一人だけ。


 そう、友達百人を目指すと宣言しながら、十年かけて一人しかいないのだ!!

 いや、別にその子が嫌っていうんじゃなくてね? このままだと私、その子に生涯依存して、他に誰一人知り合いもいない生活を送ることになるんじゃないかって恐怖してるの。


 ていうか、あの子も一生独り身なわけないだろうし。いずれ結婚して家庭を持ったら、女の友情なんて儚くも砕け散って……私は再び、ぼっちに逆戻り。


 だというのに、私はたった一つの繋がりを失いたくないがために必死で縋り付いてストーカーと化し、やがて言われるんだ。


『うわぁ……こんな変質者と仲良くしてたなんて、私の人生最大の汚点だよ。早く死んでくれないかな?』


「それは嫌だぁーー!!」


 いや、あの子は絶対、絶対にそんなこと言わないと思うけどね? でも友達一人でこれから先の人生を送るってなったら、私が最悪のヤンデレストーカーと化す可能性は全然あるわけで……それは絶対に避けたい。


 そのためにも、せめて二人。二人目の友達を、早く……!!


「はぁ……帰ろ」


 散々頭を抱えて悶絶した後で、私はロクな解決策も思い付かないまま立ち上がる。


 そろそろ、星空が輝き始める時間帯。いくら白竜を倒したとは言っても、この辺りの夜はめちゃくちゃ冷え込むし、さっさと帰らないと。


 そう思って、振り返ったところで……。


「なるほど、君が巷を騒がす“仮面の魔女”の正体か。思っていたより、ずっと可愛い子だったね」


 赤色の髪の美少女が、目の前に立っていた。


「……は?」


 聞かれてた? ていうか、見られてた? いつからそこに?


 数々の疑問が浮かんでは、処理も出来ずに脳内メモリを無駄に食うバグとなって溜まっていく中、その子は淡々と話し続ける。


「見付け出すのは苦労したよ。何せ君は、各地の異変を解決しても、名乗りもせず賞賛も受け取らず、すぐどこかへ消えてしまうことで有名だったから」


 でも、時間が経てば私も段々状況が飲み込めて来た。

 目の前の美少女は、私を“仮面の魔女”と呼んだ。完全に正体がバレてる。


 でも……名前までは、まだバレていないはず。出身地や身分だって。


「実は君に、お願いしたいことがあるんだ。どうか聞いてくれないか?」


「す……」


「す?」


「《睡眠スリープ》!!」


 追い込まれた私は、問答無用で睡眠魔法をぶっぱなしてしまった。


 パタリと倒れる美少女を前に、私はまたも途方に暮れる。


 ……これ、どうしよう? とりあえず、十分くらいで目を覚ますはずだし……念の為、十分間寒さにも獣にもやられたりしないように、結界を張って。


 後は。


「逃げよう」


 どうせこの人と会うことなんて、二度とないだろうし。

 “仮面の魔女”の正体については、今も山ほど色んな憶測が飛び交ってるんだもん、その中に本当の話が一つ混ざったくらい、大して変わらないよ。そう信じよう。


 必死に心の中で言い訳を重ねながら、私は飛行魔法でその場を飛び立つのだった。


 ……自分が制服姿だったことに、最後まで思い至らないまま。

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