第04話 毎日の観察

一週間が過ぎた。


「健太、最近本当に早いのね」


母がまた驚いたような顔をした。でも僕は、もう理由を誤魔化すのに慣れていた。


「調子がいいんだ」


「体調管理ができるようになったってことね。いいことよ」


母は嬉しそうに言った。でも僕には複雑な気持ちだった。本当の理由を言えるわけがない。


彼女のことが、気になって仕方ない。もっともっと知りたいと思っている。


毎日毎日同じ場所に立って、彼女の様子を見ている。髪型が違うと気づくし、読んでいる本が変わると気になる。


読んでいる本も、毎日違う。厚めの文庫本の日もあれば、薄い本の日もある。時々、英語の参考書を見ていることもある。勉強熱心なんだ、と僕は思った。


イヤホンをしている日としていない日がある。音楽を聞いているのか、それとも英語の勉強をしているのか。


電車の中では、いつも同じ位置に立っている。読書に集中していて、周りの騒音は気にならないようだ。


そんなことを考えている自分に気づいて、僕は愕然とした。


(俺、完全におかしいじゃないか……)


でも、やめられなかった。


朝起きて、今日も彼女に会えるなと考えている自分がいる。電車に乗って、彼女の姿を探している自分がいる。


別に話しかけるわけでもない。ただ、そこにいることを確認するだけ。それだけで、なぜか一日が充実したような気がする。



学校では、山田に気づかれないよう気をつけるようになった。


「健太、最近機嫌よくない?」


「そう?普通だよ」


「なんか、朝からニコニコしてるような気がするんだよな」


山田の指摘に、僕はドキッとした。そんなに顔に出ているのだろうか。


「気のせいだよ」


「まあ、元気なのはいいことだけど」


山田は深く追求しなかった。でも僕は、もっと注意深くしようと心に決めた。


ある金曜日の朝、僕は気づいた。彼女が疲れているような顔をしていることに。


いつもより肩が落ちていて、本を読むペースも遅い。時々、小さくため息をついている。電車の揺れに合わせて、うつらうつらしているようにも見えた。


(どうしたんだろう)


僕は心配になった。体調が悪いのだろうか。それとも何か嫌なことがあったのだろうか。


でも、声をかける勇気はない。話しかけたら、きっと不審に思われる。毎日同じ電車で見かける男子校生に急に話しかけられたら、怖いと思うだろう。


その日の授業中も、僕はあの子のことが気になって仕方がなかった。


「佐藤、また上の空だな」


数学の先生に注意された。最近、授業中に集中できないことが増えている。


昼休み、山田が心配そうに声をかけてきた。


「健太、大丈夫?なんか、心配そうな顔してるけど」


「え?そんなことないよ」


「いや、絶対何かあるって。顔に書いてある」


今日の山田は引き下がらなかった。僕は適当に話を逸らそうとした。


「何もないって。それより、昼食べよう」


でも山田の言葉で、自分の気持ちがどれだけ顔に出ているかを思い知らされた。


放課後、僕は帰り道で考えていた。


(もし明日も疲れてそうだったら……)


でも、自分に何ができるわけでもない。話しかけることもできない。ただ見ているだけ。


こんな自分が情けなかった。



家に帰ると、母が夕食の準備をしていた。


「お疲れさま。今日はどうだった?」


「普通だよ」


「そう?なんだか元気がないみたいだけど」


母の言葉に、僕は少し驚いた。朝は元気だったのに、帰ってくると沈んでいる。自分でも分からない気持ちの変化だった。


「ちょっと疲れただけ」


「そう。無理しちゃだめよ」


夕食を食べながら、僕は考えていた。


あの子のことが気になって仕方がない。でも何もできない。こんな自分がもどかしかった。


明日は土曜日だ。電車で会うことはない。


なぜか、それが少し寂しく感じられた。

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