第04話 毎日の観察
一週間が過ぎた。
「健太、最近本当に早いのね」
母がまた驚いたような顔をした。でも僕は、もう理由を誤魔化すのに慣れていた。
「調子がいいんだ」
「体調管理ができるようになったってことね。いいことよ」
母は嬉しそうに言った。でも僕には複雑な気持ちだった。本当の理由を言えるわけがない。
彼女のことが、気になって仕方ない。もっともっと知りたいと思っている。
毎日毎日同じ場所に立って、彼女の様子を見ている。髪型が違うと気づくし、読んでいる本が変わると気になる。
読んでいる本も、毎日違う。厚めの文庫本の日もあれば、薄い本の日もある。時々、英語の参考書を見ていることもある。勉強熱心なんだ、と僕は思った。
イヤホンをしている日としていない日がある。音楽を聞いているのか、それとも英語の勉強をしているのか。
電車の中では、いつも同じ位置に立っている。読書に集中していて、周りの騒音は気にならないようだ。
そんなことを考えている自分に気づいて、僕は愕然とした。
(俺、完全におかしいじゃないか……)
でも、やめられなかった。
朝起きて、今日も彼女に会えるなと考えている自分がいる。電車に乗って、彼女の姿を探している自分がいる。
別に話しかけるわけでもない。ただ、そこにいることを確認するだけ。それだけで、なぜか一日が充実したような気がする。
◆
学校では、山田に気づかれないよう気をつけるようになった。
「健太、最近機嫌よくない?」
「そう?普通だよ」
「なんか、朝からニコニコしてるような気がするんだよな」
山田の指摘に、僕はドキッとした。そんなに顔に出ているのだろうか。
「気のせいだよ」
「まあ、元気なのはいいことだけど」
山田は深く追求しなかった。でも僕は、もっと注意深くしようと心に決めた。
ある金曜日の朝、僕は気づいた。彼女が疲れているような顔をしていることに。
いつもより肩が落ちていて、本を読むペースも遅い。時々、小さくため息をついている。電車の揺れに合わせて、うつらうつらしているようにも見えた。
(どうしたんだろう)
僕は心配になった。体調が悪いのだろうか。それとも何か嫌なことがあったのだろうか。
でも、声をかける勇気はない。話しかけたら、きっと不審に思われる。毎日同じ電車で見かける男子校生に急に話しかけられたら、怖いと思うだろう。
その日の授業中も、僕はあの子のことが気になって仕方がなかった。
「佐藤、また上の空だな」
数学の先生に注意された。最近、授業中に集中できないことが増えている。
昼休み、山田が心配そうに声をかけてきた。
「健太、大丈夫?なんか、心配そうな顔してるけど」
「え?そんなことないよ」
「いや、絶対何かあるって。顔に書いてある」
今日の山田は引き下がらなかった。僕は適当に話を逸らそうとした。
「何もないって。それより、昼食べよう」
でも山田の言葉で、自分の気持ちがどれだけ顔に出ているかを思い知らされた。
放課後、僕は帰り道で考えていた。
(もし明日も疲れてそうだったら……)
でも、自分に何ができるわけでもない。話しかけることもできない。ただ見ているだけ。
こんな自分が情けなかった。
◆
家に帰ると、母が夕食の準備をしていた。
「お疲れさま。今日はどうだった?」
「普通だよ」
「そう?なんだか元気がないみたいだけど」
母の言葉に、僕は少し驚いた。朝は元気だったのに、帰ってくると沈んでいる。自分でも分からない気持ちの変化だった。
「ちょっと疲れただけ」
「そう。無理しちゃだめよ」
夕食を食べながら、僕は考えていた。
あの子のことが気になって仕方がない。でも何もできない。こんな自分がもどかしかった。
明日は土曜日だ。電車で会うことはない。
なぜか、それが少し寂しく感じられた。
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