第30話

 私はなんとなく、自分からも彼女にキスをしてみた。

 やっぱりちょっと油っぽくて、ぺたぺたしたキスだった。

 私はくすりと笑った。


「宇都木ー」

「うん」

「……する?」


 どうしてだろう。昨日はあんなに悩んだのに、自然とそんなことを聞いてしまうのは。私の言葉の意図はちゃんと伝わっているらしく、宇都木は目を丸くした。相変わらず、黒くて綺麗な瞳。


「……今?」

「今しかなくない? ……クリスマスだし」


 自分でも、何を言っているのかよくわからない。

 頭がちょっと、ぼーっとしているせいかな。


「清瀬さんは、いいの?」

「いいよ」


 目が合っている。お互いの距離も、近い。

 今ならちゃんと、伝わりそうだ。

 私は深呼吸をしてから、言った。


「だって私、宇都木のこと好きだから」

「……ぁ」

「好きだよ。私は、宇都木とちゃんと恋人になりたい。お試しとかじゃなくて、本当の恋人になりたいの。宇都木は、どうなの?」


 行くところまで行ってしまうと、もうドキドキすることも焦ることもなくなるらしい。食後の眠気の中での告白というのは、どうなんだろうとも思うけど。いつもとは違う雰囲気の力を借りないと、今の私に告白は難しいのだ。


「……答えなくても、いいけど。嫌なら拒んでね」

「え? き、清瀬さん!」


 この前彼女は、私に迫ってきた。あれが本当に嘘だったのか確かめたい。

 私は彼女の脚の上にまたがって、自分の服に手をかけた。


 一気に服を脱いで、彼女の胸に手を置く。鼓動が、速い気がする。うっすらとしか聞こえないけど。


「な、なんでいきなりこんな……!」

「だって……こうでもしないとちゃんと宇都木のこと、わからないかもって思ったから。まだ、見えないことも知らないことも多いし。触れ合えばそれも、少しはわかるかなって」


 自分がおかしなことをしているという自覚はあるのだ。普段の私だったら、絶対にしていなかっただろう。


 だけど、他にもうできることもない。

 キスは何度もしてきた。デートも、手を繋ぐのも、ハグだって。


 それでもなお、私は宇都木のことを深く知れていない気がするのだ。それならば、こうしてみるしかないのかなって思う。少し赤くなった彼女の顔を見ていると、私の胸まで騒ぎ出す。もう、止まれない。


「私は宇都木のこと、知りたいよ。できることなら、全部。……だめかな」

「それは、その」

「……ふふ。宇都木、めっちゃドキドキしてるじゃん。いつもは私の方が、ドキドキさせられてるのに」


 私はそっと、彼女の服の裾を掴んだ。そのまま持ち上げると、彼女がポケットに入れていたらしいスマホが飛び出してくる。スマホは床に滑り落ちて、鈍い音を立てた。その瞬間、スマホが強く震え出す。


 私は小さく息を吐いて、スマホを拾った。

 そこには『お母さん』と表示されている。


 少し迷ったけれど、宇都木にスマホを渡す。彼女は目を見開いて、スマホをタップした。


「お母さん? ……えっと、今友達の家。あ、うん。ごめんね、連絡忘れてて」


 私はソファに座り直した。彼女の声は、いつもより少し高い。


「明日? うん、行く! うん、うん。今日中には帰るから」


 会話が終わったのか、彼女はまたスマホをタップした。


「ごめん、清瀬さん。私……そろそろ帰らないと」

「……うん。ねえ、宇都木」

「なあに?」

「もし……」


 私は自分が変な質問をしようとしていることに気づいて、言葉を止めた。


「やっぱりなんでもない。……またね」

「うん、また!」


 彼女は軽い足取りで去っていく。

 まだケーキ、食べられてないんだけど。


 詩春さんから何か、嬉しいことを言われたのかな。

 私は玄関の扉が閉まる音を聞いて、深く息を吐いた。


「な……」


 家には誰もいない。誰もいないから、叫ぶ。


「なんじゃそれ〜〜!!!」


 今日はデートじゃん! 恋人とのデートだよね!? それなのに詩春さんを優先しちゃうの!? マザコン!? これがマザコンってやつなのか!!?


 ホールのケーキ一人で食べるのはさすがにきついっていうか、虚無感に苛まれそうなんですけど!!


 ああもう!

 宇都木のばかばかばかばかばか宇都木!


 勇気を出して告白して、誘いまでかけた私が!! バカみたいじゃん!!!


「はぁ、ほんと」


 ……大丈夫かな、宇都木。

 そもそも私にキスしてきたのは、長年詩春さんにほっとかれてきた鬱憤が、食事のドタキャンで爆発したからでしょ? あんな嬉しそうにしちゃって、また裏切られないといいけど。


 詩春さんと私、どっちが大事?

 そう問いかけたくなった私の気持ちもわかってほしい。


 いやめんどくさいって自分でもわかってるからさすがに言わなかったけども。けども。


「……宇都木」


 別に、いいけどさ。

 宇都木が傷つくようなことにならず、次に会うときにお母さんとの思い出を語ってくれるくらいだったら、それでいいんだけど。なんとなくそういうことにはならない気がするから、ちょっともやもやする。


「初華のこと傷つけないでよ、詩春さん」


 ぽつりと呟く。

 初華って口にするの、初めてかも。ちょっとドキドキする。

 ……じゃなくて。


 私はのろのろ立ち上がった。チキンはまだ残ってるしサラダも微妙にまだあるし、どうしたものか。明日はイヴの延長戦……かなぁ。


 私、割と少食なんだけど。

 じゃあなんで大量のチキンを買ったかって言われたら、パーティ感出して宇都木に喜んでもらうためで。宇都木、ちゃんとパーティ楽しんでくれたかなぁ。詩春さんの言葉で全部上書きされてないといいんだけど。


 一応私、恋人なのにな。

 やっぱ家族には、勝てないかぁ。


 ……はぁ。

 ちょっとテンションが下がってきた。

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