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  • 不死の旅人への応援コメント

    人の目を気にして生きれば人生は人の物になる。そして、虚しくなって、虚無に落ちて、生の意味を見失う。意味のない生は軽くて簡単に捨てられる。

    とはいえ、生に意味がないとは思わない。

    意味はなくとも、意味を作ることはできる。他人はともかく、自分が納得してやりたいと思ってやると決めたことを叶えて行けばいい。そういう生き方には意味がある。

    何が何でも生きてやると思える人は、やはり自分で自分の心を、命を燃やしている。

    この不死者はなるほど面白い。生きてはいないのに、死んでもいない。そういう存在そのものだ。いつまでもただ死ぬのを待つ存在。

    死んでいないことと生きていることの違いに気づけるかどうか。それが主人公の課題なんだろうなと読んでいて思いました。

    作者からの返信

    感想ありがとうございます!

  • 不死の旅人への応援コメント

     彰人くんは人生に苦悩を抱えつつも、周囲の人の感情を考えられることは素敵だと思います。

     自分にも、生きててしんどくて、自棄になっていた時期はありました。その時に八つ当たりの矛先が向いたのは親でした。生まれてこなければ自分のこの苦しみはなかった、と。
     なので、心情的には吉良おじさん寄りですね。しかしそんなことはまるで考えない彰人くんは、眩しくもあり、いとおしく感じました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます!確かにそう言う時って何かに当たりたくなりますもんね〜

  • 不死の旅人への応援コメント

    哲学的でとてもいいですな!!

    作者からの返信

    あざます!


  • 編集済

    不死の旅人への応援コメント

     興味深く読ませていただきました。ニヒリズム哲学に傾倒した人間なので、こういう話はとても好きです 


     作中に「天国や地獄といったものは生きてる人間が自分たちを肯定するように作った幻に過ぎない。」という言葉がありましたが、これはまさに、『道徳の系譜』の中でニーチェが批判したキリスト教の姿だと思いました。


    ”もしも禁欲的な理想がなかったならば、人間には、人間というこの動物には、これまでいかなる意味もなかっただろう。(中略)人間は自分の存在にどのような意味があるのかという問題に苦悩したのである。(中略)しかし人間の問題はこの苦悩そのものにあったわけではない。「何のために苦悩するのか?」という叫びに、答えがないことが問題だったのだ。(中略)これまで人間を覆ってきた災いは、苦悩することそのものではなく、苦悩することに意味がないことだった。――そして禁欲的な理想は人間に、一つの意味を提供したのである!” (『道徳の系譜(中山元訳)』Ⅲ二八,p.325)


     禁欲的な理想を端的に言えば、キリスト教が説く死後の世界。つまり「生に意味がない」という「苦悩」を逃れるため、キリスト教は「現世の苦しみ」によって「死後に救われる」というストーリーを提示し、生に「意味」を与えたのです。このキリスト教をニーチェは、実際には存在しない「死後の生」を想定することで、現に存在する「この生」の価値を貶めていると批判したわけですが……。


     脱線が過ぎましたが、「生の意味」みたいな話を考えるのは私も好きなので、次の作品も楽しみにしています!


    (余談ですが、もし未読でしたらショーペンハウアーの「自殺について」もおすすめしたいです。たしか10~20ページくらいだったと思うので、気楽に読めるかと)

    作者からの返信

    読んでくれてありがとうございました!
     生の意味の作品を考えるのはいつになるか分からないけどこの短編気分で作ったので短編とか他の作品自体次いつ作るんか分からんのであまり期待せずにお待ちを