厄災のアプレンティス

夏野 麦茶

第1節 微成長

第1話 俺は、強くなりたい

「やっぱりお前なんかパーティーに入れるんじゃなかった」


 同じようなセリフをもう50回は聞いている、ここまで来ると慣れてくる、なんて事は無くいつもの様に情けない自分に苛立って少し涙ぐんでしまう。


「ご、ごめん」


「チッ...泣くくらいなら最初っから声かけてくんなよな」


「ちょっと言い過ぎだよ!」


「こう何度も同じ事を繰り返す奴ァ、1度きつく言わねぇと、わかんねぇ儘だからな」


 俺の体を少し強めに押し倒した後、冷たい視線の彼と同情の視線を送る彼女は呆れるようにギルドを出ていってしまった。


 申し訳無さと、また何も出来なかった自分への情けなさで肝臓の辺りが押しつぶされそうだ。


「もっと強くなれたら...」


 そんな事を呟きながら倒れ込んだ体をゆっくり起こし、さっきの2人と鉢合わせしない様にギルドの入口を慎重に出る。


(これ以上視界に写っても迷惑なだけだろうし、今日は人目の付かない所から帰るか....)


 人目を避け路地裏を選び、一通りが少ないのを確認した後歩きながら今日の反省点を紙にまとめていく。



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 冒険者1785日目

 今日の仕事:荷物運び、素材回収


 突然の魔物の出現に驚き、ポーションを全て割ってしまう。

 ・足元には注意

 ・度胸が必要

 ・いずれ弁償分のポーションを用意

 ゴブリンの襲撃、少しでも助力になればと加戦したが結局庇われ盾にも成れず撤退、足を引っ張る結果に。

 ・強さが必要

 ・状況判断能力を鍛える必要あり

 ・俺に魔法は使えない、肉体的成長が必要。

 ※自分は戦力にはならない

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「やっぱり俺に冒険者なんて....」


 そう呟くのも恐らく50回くらいだろう。

 冒険者を始めて最初にパーティに参加したその日から、自作の冒険者ノートを描き続けている。


 悲しくなる事しかない手帳を見てさらに絶望するが、まだ確かに記憶に残る憧れが脳裏を過る。

 あの日俺は冒険者に助けられたのだから。


「俺も、やっぱりあの人みたいな冒険者に...」


 そう決意はするが俺に出来る事と言ったら

 ちょっとした生暖かい熱風を出す魔法と砂埃を起こす魔法....後は何も無い所で転ぶ事くらいだ。


 いつも夕方に立ち寄る肉団子屋の老夫婦には


「まだ19だろ?若いんだから頑張んな!」


 なんて言われているが俺が新人冒険者だからドジ踏んだり、弱かったり、同情されたりしてる訳では決して無い、俺が冒険者登録をしたのは確か14の頃、当時は自分の能力値が低すぎてびっくりしたものだ。


 今はどうかって?


 せいぜい昔より+10と言ったところだろう、まぁ歳をとって背が伸びれば自然とそれくらいは上がる、その程度の能力値上昇しか起こっていない。


 俯いたままいつものように全てが嫌になりながら路地を歩いていると何か大きな物にぶつかる。


「ってぇな!どこ見て歩いてんだ!」


 それはもう自分と3倍は体格差があるんじゃないかと思われる、顔の真っ赤な男が酒を片手に立っていた。


「ご、ごめんなさい!少し落ち込んでいたもので...」


「はぁ?しらねぇよんなもん...ヒック、 クソガキがよぉ」


 これは大変な奴に絡まれたものだ、少ないが金でも渡して穏便に済ませばどうにかなるだろうか、俺は今月分の肉団子代である1000ボルクに手を掛ける。


「生意気言ってんじゃねぇぞ!」


「いや、何も言ってま」


 腰に結んでいたボルク袋を解き、目の前の男に渡そうと顔を上げた瞬間、さっきまで男の右手にあった酒瓶が自分の顔面まで迫っている。


 そう不意打ちを食らったのだ、まぁ不意打ちで無くとも普通にやり合えば100%負ける様な相手ではあるけれど、そんな事はさて置き...

 顔にぶつかる酒瓶は綺麗に弾け、広がる破片と同じように自分の意識が遠のいて逝った。


「ガハハハ!俺に楯突こうってんだから、当たり前ェだよなぁ」


 ギリギリ保たれる意識の中で、低笑いする声だけが耳に入る、額と鼻から頬にかけてが脈打つような感覚と頭皮に生暖かい液体が伝うのを感じ取る。


 俺の人生もここまでなのかもしれない、この5年間色んな雑務をやってきた、優しい人達もいれば、自分を囮に使い効率よく魔物を狩る人たちも居たな....


「くやしいなぁ」


 薄暗い路地で誰かも分からないオッサンに、意味のわからない理由で殺される、きっと誰も気付かず埋葬もされずに放置され、吹いたところで誰も気に止めない、記憶に入り込む余地すらない

 そんなそよ風みたいに死んで行くのかと思うと、霞む瞳から震える口から自然に悔しさが漏れた。


「あんだ?クソガキまだ躾足りねぇのか!?」


 視界は霞んで見えないが多分男は俺にトドメを刺しに来ている、そんな勢いを感じた。

 割れ残った瓶を使うのか、それとも拳か..ナイフなんか隠し持っていたかもしれない、分からないが確かにそう思った。


「ちょっと失礼するよ」


 男が俺を殺そうと勢い付けて声を出した途端、澄んだ声と鈍い音が順番に聞こえ、今さっきまであった目の前の威圧感が遠くへ飛んでいく。


「相変わらずこの街は、見えない所の治安が悪いね」


 誰か分からないが、この澄んだ声の人が助けてくれたのか、男なのは確かだが、俺を助けてくれるような人を俺は知らない。


「大丈夫かい? 呼吸は...大丈夫しっかりできてるね。

 今治療魔法をかけるから、もう少し意識を保っててくれ」


 彼は、自分の鼻先に手を添えると治癒魔法で自分の顔を包む。


「ぁ...ありが...とう」


「無理にしゃべらなくていいよ、僕はちょっと急いでるからある程度治したら行くよ、すまないね」


 そう言うと彼は俺の顔から手を離し、離れ始める。


「あー、安心してあの男は道中で警護兵に引き渡しておくから、それじゃ..!」


 心の底から安心する、そう思える様な声に心拍数が落ち着いていき、急な眠気と貧血でその場で眠ってしまった。












 ーーーーーーーー「ンッ」

 少し寒気がして目を覚ます。

 よろよろと立ち上がると、目の前の地面には血跡が残っていた。


「夢じゃ無かったのか...」


 薄い記憶の中で確かに聞こえた優しい声、あの人はきっと倒れていたのが俺じゃなくても助けてくれていただろう、でも自分を助けてくれた人が確かに居た、その事実だけでもこれから頑張って行けそうな気がした。


「肉団子でも食べて帰るか...」


 少しの笑みと一緒に俺は、ステップを踏む様に路地を抜けた。


 ーーーー「今宵、魔王討伐の栄誉を称え、賞賛とこの式典を汝、四聖剣の勇者、ロイク・クラージュに捧げん

 どうか死線を乗り越えた数だけ、幸せがあらん事を」


「ありがとうございます、陛下」


 路地を抜けた先で何やら人集りができていた、中心にはこの国の王と勇者がなにかしている様だ。


 俺は町中に立ち込める祭りの様な雰囲気に今日がなんの日なのかを思い出す。


「そうか、今日は勇祭の日か...」


 哀れられる日々で忘れていたが、今日は勇者の魔王討伐を称え賞賛する日の様だ。


 25年前、魔族に生まれた突然変異種、生まれた瞬間から地上の大半を覆い尽くすほどの魔力量を誇り、そばにいるだけで並の生命を押し潰してしまう

 同族も人間も他の魔物も、無差別に殺してしまうさまから魔王と呼ばれた、名をジーク・セティック。


 そんな魔王を15年前にたった一人で倒したのが、あの式典でこの国の王様に色々言われている彼なのだ。


 少し癖毛な黒い髪、綺麗な青目、薄めの胸当てに、白黒青を基調とした服、コートと言われればそう見えるし牧師の様にも見える服だな...


 そして四聖剣の名が付く由来となっているその右腰の2本、左腰に1本、背中に1本の剣。

 この誰も好んで真似をしない彼の姿は誰も見間違わないだろう。

 というかどうやってあんな動きずらい格好で魔王に勝ったのかも不思議なくらいだ。


 ここは王都モーストのすぐ西にくっ付くようにある町、ミューレブルク

 主に鍛冶師や鉱夫なんかが沢山いる町だが、この勇祭の日だけみんなが仕事を中断し、町全体が勇者の為に装飾され彩られる、魔王を倒した時間帯、ちょうど今ぐらいの夕日が沈む時間帯から始まり5日間この祭りは開催される。


 まぁそんな中でもギルドだけはいつもと変わらず運営されているから、どうにかパーティーに入れてもらい雑務をできている訳だが。


「俺もあの人みたいに強かったら、困っている人を助けられたのかな...」


 そんな戯言を言いながら人混みの後ろを申し訳なさそうにそそくさと通っていく。

 なんせ肉団子が俺を待っているからだ、勇者は俺を救ってはくれないが肉団子なら俺の腹を救ってくれる。


 目とヨダレを輝かせながら、人混みを進むとは思えないスピードで駆け抜けていく。





(今日から5日間休業します)


 そんな看板が肉団子屋の目の前に立つ俺の視界に入り込む。


 そうだ今日は勇祭の日、ギルド以外はみんな休みになる日だ。


 去年は(稼ぎ時だ!)とか言って無理やり店を出していたからてっきり今年もそうなのかと思ったが、どうやら今年は肉団子を売ってくれないらしい。


 この街で1番安く、美味しく、大量に食べ物を買えるとしたら、この店か王都にある市場かしか無い、だが俺は王都に行く為の通行証を買うお金もなければコネも無い、となると...


「節約も考えれば....断食か...」


 そう意識するとさっきまで鳴らなかった腹が大きく鳴り出す。


 このひもじさを最大限表したくって、めいいっぱい頬をすぼませながら、自分の住む家(家と呼べるか怪しいボロ小屋)のある方角へ体を向ける。


「フッ...なんだい? その顔は。」


 おっと、恥ずかしい顔を見られてしまった、すぐさま表情を戻し声の相手を見ると....


 黒い髪、青い目、動きずらそうな四本の剣、澄んだ声

 そう勇者だ、勇者が目の前にいる...目の前にいる!?


「やぁ、さっきぶりだね」


 まだ理解の追いつかない脳に、畳み掛けるようにさっきぶりだね、と言葉を俺へ投げかける。


「さっき...ぶり?」

 俺は今日あった事を思い出す


 元パーティメンバーの「お前なんかパーティーに入れるんじゃ無かった」と言う言葉、クエスト中のやらかしの数々、突き飛ばされ、恐る恐るギルドから出る自分、毎日の様に日記している惨めな反省ノート、巨漢の男.....


 俺を......


「助けてくれた人!!」


「おや?意識が朦朧としてたからてっきり覚えてないと思ったんだけど、どうやら違ったらしいね」


 そう言う彼は爽やかすぎる笑顔でこちらを見つめる。


 確かに俺は助けてくれた人の顔を見てないし、記憶も曖昧だ、相手の判断は間違ってない...ただその透き通った声は聞き間違うはずもない。


 俺はロイク・クラージュに、勇者に助けられていたなんて、恐縮過ぎで昼に傷んだ肝臓の痛みがぶり返す。


「大丈夫かい?お腹を抑えているけど」


 更に心配を掛けてしまった様で必死に弁解しようと話を変える。


「だ、大丈夫です...それはそうとクラージュさんは何故こんな埃っぽい路地裏に?」


「僕かい? 君とここに居る理由は同じなようだけど、僕はね...ここの肉団子が大好きなんだ、ただお忍びで来る以外ここの肉団子を食べる機会が無くってね、でも今日みたいに僕が町を歩いてても可笑しくない日に来ればスムーズに買えると思ったんだけど....」


 なるほど、勇者もこの肉団子屋に目をつけていたとは...同じ見る目を持っていたと思うと何だか鼻が高い気分になるな!

 と同時に、勇者の舌を唸らせる店主夫妻に謎の強者感を覚える。


「まぁ仕方ないね、今回は諦めるよ、またお忍びで来ればいいからね(苦笑)」


 悲しそうな顔をする勇者は早々に立ち去ろうと俺に手を振ろうとする。


「君も残念だったね、帰り道には気おつけるんだよ、一日に2度も死にそうになってると、幸先悪いからね」


 ゆっくり遠ざかる勇者を見ながら、俺の心が何かざわついた、ここで彼に何もしなかったら、呼び止めなかったら何年も何十年も同じ生活を送ってしまう気がした、ここで声を掛ければ何かが変わる気がする。


 失礼過ぎるお願いかもしれない、気にも止められないかもしれない、なんなら怒られる可能性だってある....でも!


(呼び止めるたってなんて呼び止めれば。

 最初の一言目は大事だ。

 下手したら王様よりも上の立場になる人だぞ!

 そんなのダメに決まって..)


 そんな思考を巡らせながらも、俺は彼に語り掛けた...


 叫び掛けた一言は、今の自分の精一杯の気持ちだった。


「俺は、強くなりたい!」


 脈絡の無いセリフ

 だが彼の耳には俺の精一杯が届き、自分の方へ振り向く。


「きっとなれるよ! 強く!」


 誰でも言いそうなセリフだったが、彼が言った言葉には何か説得力を感じた、それが勇者だからなのか、人間性からなのかは分からないけど、俺は更に背中を押されて彼にとんでもないお願いをする。


「俺を、弟子にしてください...!」


 ............

 ............

 ............


 数分か数十分か、数時間にも思える程の沈黙が続き、困惑の表情を浮かべる彼は、やっと重い唇を開く。


「あの...僕は弟子とか取ってないんだけど...」


「他にも美味しい肉団子屋を知ってますが.」


「話を聞かせてもらおうか」

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