灰色の繭
オトサカ
記憶
いつからここにいるのか、もう分からない。数ヶ月かもしれない。数年かもしれない。終わりの見えない生活は、希望があるようでないようで、ただ重い時間の流れだけがあった。
私たちは、時間の感覚を失った巨大な繭の中にいた。
屋敷、と呼ぶには複雑すぎる建物だった。学校のような廊下、豪邸のような部屋、施設のような無機質さ。巨大で、厳重で、灰色だった。敷地そのものが途方もなく広く、全容を把握することなどできなかった。高い塀に囲まれ、鉄格子の窓があり、廊下には常に誰かの足音が響いている。
外の世界がどうなっているのか、私たちには知る術がない。国そのものが狂っているという噂もあった。
私は、気付いたらこの屋敷にいた。初めのうちは、どうにかして逃げようと足掻いた。しかし、壁越しに、屈強な男たちが構える銃の音を聞き、徒労だと悟った。あれは諦めではなく、生き延びるための静かな降伏だった。
大人たちは大量に殺された。特に年配の人は早々に。ただ、知識や技術を持つ一部の者だけは残されたのかもしれない。
男の子や男性の姿はほとんど見なかった。最初に殺されたのか、元々少なかったのか、それとも私の視界に入っていなかっただけなのか、今も分からない。
私たち生き残った少女たちは、雑務をこなす日々。掃除や運搬など雑多な仕事を強いられた。私たちは、彼女をボスと呼んでいた。声には出さなかったが、心の中では魔女だと思っていた。暗い服をまとった、背の高い女。その存在そのものが圧倒的で、部屋に入ってくるだけで空気が重くなった。ボスは躊躇なく引き金を引いた。
⭐︎
私たちは常に監視されていた。ボスの目が外れた一瞬の隙を縫って、言葉を交わした。
かつて顔見知りだった年配の男女が、助言をくれた。彼らの助言は、生き延びるための心の構えだった。
彼らがいつ消えたのか、私は知らない。消されたのかもしれない。誰にも気づかれずに。
⭐︎
長い時間が流れた。
ある日、私たちは庭に集められた。本当の外ではない。高い塀に囲まれた、どんよりと暗い空間。
そこで私は、何を思ったのか、ボスの目につくようなことをしてしまった。周囲の空気が一瞬で恐怖に凍りついた。
だが、ボスは笑った。「あんた、面白いね」顔を覚えられた。お気に入り認定。これで、逃げ隠れするのが格段に難しくなった。
⭐︎
それでも、私たちは諦めていなかった。みんなの見聞きした情報を合わせ、脱出の糸口を探った。
ある夜、私と、一人の仲間が、長い廊下を探索していた時、見回りをしていた男に見つかった。黒いベストを着た、目つきの鋭い男。彼はボスの手下の中でも、最も上の立場にいるようだった。
男は廊下の奥にいる監視の男たちを気にしながら、口パクでこう言ったように見えた。「ハヤク、イケ」。彼は、私たちと同じように、この地獄で生き延びるために立ち回っていたのかもしれない。
⭐︎
ある日突然連れてこられた少女がいた。明るくて、運動神経が良く、そして印象的なポニーテールを揺らしている。存在感があるのに存在自体が謎に包まれているような不思議な女の子だった。彼女こそが、脱出作戦の鍵だった。
その時が来た。
作戦は、地下通路をショートカットし、皆が逃げるための扉を開けること。
彼女は、地下通路から扉へ向かうため、併設された貯水槽を渡ろうとした。その瞬間、何かが追った。飛んでくる何か。爆音。水しぶき。
彼女が助かったかどうかを確かめる術はなかった。
扉が開いた。
⭐︎
混乱が始まった。隙ができた。
道の向こうに見たことのない大きな学校があった。街は少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるようだったが、あの学校の人々は無関心だった。ボスの監視下だったのか、単に他人に興味がなかったのかわからない。
私は、外への道へ駆け出し、通りかかった若い男性教員を見つけた。純粋そうな彼に、私は意を決して叫んだ。
「助けて!警察!警察に連絡して!!」
男性は一瞬驚き、戸惑いながらも頷いた。
わたしはとにかく叫んだ。
「走って!!早く!!逃げて!」
おそらく八割の人々が、外へ駆け出した。私も必死に走った。
一人の少年がボスに鷲掴みにされているのが遠目に見えた。銃で打たれてはいなかったが、その後彼に何が起きたのかはわからない。
後悔はある。
それでも私は走った。外の空気は冷たかった。
⭐︎
目が覚めた時、私はまだ息を切らしていた。
この経験が、現実だったのか夢だったのか、今も曖昧だ。
ただ、屋敷の巨大な鉄の門、あるいは寂れた貯水槽をどこかで見かけると、遠い記憶が蘇ってくるのだ。
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