向日葵
琴梨
プロローグ
毎日、同じ夢をみる。
現実なのではないかと思わせるほどに、はっきりとした夢を。その夢はいつも、目を瞑りたくなるほどに激しい爆発から始まる。実際には聞こえないはずの爆発音と、実際には聞こえないはずの人々の悲鳴までも、鮮明に感じ取ることができる。
キリルは、その夢の中でいつもかすかな記憶を頼りにして、誰かを探していた。
記憶というのは、頭の片隅に残っているうっすらとした女性の顔だ。霧がかかったかのようにぼんやりとしてしまっているが、こちらに優しく微笑みかけているのがわかる。ここらの地域では珍しい、思わず触れたくなるような柔らかなブロンドヘアで、その髪がかかる彼女の背中はあまりにも小さい。美しくて可愛らしく、優しくて厳しく、儚くて強い彼女は、今、キリルの手の届かない場所へ行ってしまった。
キリルのいる五百メートルほど先に、どこからともなく飛んできたミサイルが着弾し、爆発した。
その爆発によって発生した爆風に紛れ、無数のガラスの破片が飛び交い、人々の体に切り傷を作った。キリルの頬にもそのうちの一つが擦り、頬から生暖かい血を滴らせた。
「みんな逃げろ!まだ飛んでくるぞ!」
目の前にいる若い男が口を大きく動かしている。なにか叫んでいる。少し遅れて頭の中で男の声が響き、何を言っているのか、理解できる。
死を覚悟した顔の者、悲痛に満ちた表情を浮かべる者、涙を流す者、動かなくなった者の腕を掴む者が、とにかくその場から離れようと逃げ惑う。そんな様子が、キリルの目にはまるでスローモーションのように映る。巻き上がる土埃の中、ようやく彼自身も危険な場所にいることに気が付いた。
ああ、逃げないと、という焦る気持ちが体中を駆け巡り、ついに足にたどりついた。重たい足を前へ動かそうとして、ふと違和感を感じ、血の気が引いた。体が言うことを聞かないのだ。動け、動け!と何度も念じてみるが、いつまで経ってもキリルの体は動かない。
いや、違う。
体が動かないのではなく、動けないのだ。脳ではなく、心が、「まだ、動いてはいけない」と、訴えかけている。
普段ならばここで目が覚めているところだが、今日は違った。夢の続きを見た。
「オレシア…」心ともなく、言葉がキリルの口から漏れた。暖かく、懐かしい言葉だ。
その瞬間、瞬く隙もないほどに短い時間だったが、はっきりとした女性の姿が脳裏にちらついた。
そして確信した。キリルがずっと探していたのは、この女性なのだと。加えて彼がこの夢を見続ける原因も、きっと「オレシア」という名のこの女性、つまり彼女なのだと。
彼女の顔にかかった霧が、ゆっくりと晴れていくかのように、記憶の中にこびりついた顔がはっきりと見えてくる気がした。
向日葵のように眩しく、暖かく、優しい表情を浮かべていた。自身の体が熱くなっていくのを感じる。目尻を熱い何かが流れるのを感じる。
彼女は一体、どんな人だったのだろうか。どんな声で、どんなことを話していたのだろうか。彼女の声も、仕草も、存在も、二度と目の前にすることはできない。
これはずっと昔の、もう戻ることができない頃の記憶なのだ。
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