おばさんの講話「書き換えの問題」
ナカメグミ
おばさんの講話「書き換えの問題」
まず最初の文章、いきます。
例文①
幼いころから変わった子どもでした。まわりの人とちがうかもしれないと、早い時期から感じていました。
最初は耳の聞こえ方です。幼稚園の教室で、一番前にいても後ろの人たちの話し声がはっきりと聞こえます。目の前の会話に集中する邪魔でした。父に連れられて行ったパチンコ店の軍艦マーチは地獄でした。泣いて帰りました。
小学校の聴覚検査は、ほぼひっかかりました。当時は小学校に、電話ボックスのような設備を持ち込んで検査しました。ボックスの中でも教室のリコーダー練習の音が聞こえてボタンを押してしまう。再検査です。耳鼻科では異常なしと言われました。
突拍子もないことでも、思いついたらやってみずにはいられない。ある日、飼っていたセキセイインコに友達を作ってあげたいと思いました。スズメだと思いました。セキセイインコの餌と米を玄関に撒いて、虫取り網で捕まえようとしました。スズメはそこまで、とろくもアホでもありませんでした。カラスのヒナを巣から落下させて保護して育てようと思いました。巣に向かって石を投げていたら母に怒られました。
動物が好きだったので、家で飼おうと思いました。当時は迷い犬や野良猫がいたので、家の近くにいた犬と猫を、留守番中の家に入れました。ケンカをする様子が見ていて楽しかったです。母が来る前に外に離して、ばれませんでした(セキセイインコのカゴは別の部屋に置きました)。
幼稚園のときに父が亡くなりました。自殺でした。あらゆる確率は2分の1だな、と思うきっかけでした。生きるか、死ぬか。葬儀いっさいが終わったら、すぐに小学校生活が始まりました。やっぱりまわりの子たちとちがいました。
自分の段取り、今でいうルーティンにこだわる。作業に夢中になると周りが目に入らない。1つのことが気になると、納得するまで頭が次にいかない。そのくせ臆病で、理科の授業で朝顔の種を植えるとき、私が深く土に埋めすぎて、この種が芽を出せなかったらどうしようと考えて、1つも植えられませんでした。
小学3年生の女性の担任教諭に徹底的に矯正されました。
「まわりを見なさい!」。体育の授業でみんなの前で頭を叩かれました。やっぱりなと思いました。
小学4年生の高学年になると、失敗体験の蓄積と、移動が激しい女子の群れの中で生き残るため、「普通の人」の演技を必死でしました。空気を読む。会話の流れを壊さない。私にとって「友達」とは、その学年を大禍なく過ごすための「乗り物」に過ぎませんでした。クラスが変われば、別の乗り物に乗り換えてそれに合う演技をする。友情など成立しようがありません。相手を信じていないから、自分のことも信じられない。学校から帰るともうくたくたで、セキセイインコに話しかけました。
もう1つ自分に持った違和感。怖いもの好き、性的なもの好きな性分です。少女漫画や、感動と教訓を描かれた健全な本では満足できない。母の仕事を待つ本屋で、黒い背表紙のホラー漫画をひたすら立ち読みしました。初めてのお年玉で買ったのは「呪いの肌着」というホラー漫画。何度も読みました。これも癖。気に入ったものはセリフや画が入るまで何度も見てしまう。
「恐怖新聞」、楳図かずお先生や高階良子先生のホラー漫画。「妖怪人間ベム」「ゲゲゲの鬼太郎」「どろろんえん魔くん」「デビルマン」。性的な要素がある「キューティーハニー」「エコエコアザラク」。コックリさんを1人で試したり。黒魔術の世界に憧れたり。実録幽霊ドラマ「あなたの知らない世界」とワイドショーの犯罪報道にどうしても惹かれてしまう。想像してしまう。私は欠陥人間なのでしょうね。
はい。結構長い文章でしたね。では次の文章にいきます。
例文②
HSP(Highly Sensitive Person)の気質があり、発達障害の診断可能性がある女児が、父親の自殺を、心のケアを受けないままトラウマとして抱え、生きづらさと偏った趣味嗜好を持ったまま成長した(一部今どきの別解・「父親の自殺後、闇落ちしてヤバい趣味の陰キャになった」)。
身も蓋もありません。実質3行で終わりです。
先生が言いたいのは、同じ体験でも、いかようにも書き換えられるということです。あなたたちには、例文①と例文②の中間を幅広く狙う強さ、したたかさ、言葉を持っていただきたい。
では解答例、いきます。
解答例
生まれつき聴覚が優れていました。おかげで、音楽の授業ではリコーダーなどの楽器の音の違い、音階の違いがよくわかりました。英語のリスニングが得意になったのも、この聴覚のおかげかもしれません。
興味を持ち、やってみたいと思ったことは、すぐに行動にうつすタイプです。動物に興味があったので、触れたり観察して生態を学ぶことができました。1人で留守番をする時間も長かったのですが、動物を観察することで、寂しさを紛らわすすべを学びました。
幼稚園のころに父が亡くなり、悲しかったですが、小学校生活に気持ちを切り替えました。集団の中では、個性的といわれることもありましたが、特に小学3年生の担任の先生に厳しくご指導いただき、物事への集中力、友人関係の大切さ、人間関係を築く適応力を学ぶことができました。
趣味は、恐怖心を感じる、または犯罪についての本や漫画などの作品に触れることです。恐怖心というのは、命の危険を感じたときの本能的な反応で、人間が生き延びる上で大変重要なものです。また犯罪というのは、人間心理の闇を深く理解するための貴重な資料だと思います。これらの作品に触れて、人間への洞察力を深められたことが、今の私につながっていると思います。
こんな感じでしょうか。
ものごとは自分の解釈の仕方、書き換え方によって、どうにでも変化するのです。都合の悪い一部を隠すことも含めて(解答例では、父親の自殺と性的なものへの関心の2点)。でもこの書き換えには、体力、気力が必要です。若いうちに、例文①を解答例のように書き換える訓練をしておいた方がよいです。ちなみに解答例は、入試、就職の面接によく使われる有益な方法です。
例文①のような自己憐憫の強い文章にひたるのは、おばさんのような50代になってから十分できます。といいますか、体力、気力が落ちて自然とそうなってしまうのです。若いあなたたちには、一時的に例文①のような状態になったとしても、そこにあまり長い時間をかけるのは、もったいないことのように思うのです。
次に例文②について。身も蓋もないように思えて、この例文の筆者は大変、最近の言葉を武器として持っていることがうかがえます。「HSP(Highly Sensitive Person 」
「発達障害」、「心のケア」、「トラウマ」、「生きづらさ」。今では一般的に使われているこれらの言葉は、おばさんの時代にはありませんでした。言葉は時代によって変わる武器です。本屋の売れ筋の棚の前を歩くと、今の言葉が的に手に入ります。その意味は、フリック入力ができるあなたたちなら、一瞬でスマホで調べられるでしょう(おばさんはまだフリック入力ができません)。言葉を手に入れると理論武装ができます。理論武装ができると自分を守りやすいのです。
真面目に生きていれば、誰かが見てくれている。いつかよいことがある。52年を生きたおばさんの経験では、そんなことはありません(個人的な意見です)。今朝の新聞には新しい内閣の顔ぶれが載っていました。国も経済も社会も、微妙に変わるでしょう。
働いて工夫して、上を目指すにしても(お金儲けを含めて。お金は大切です)。自分の趣味の世界を極めるにしても。その両方のバランスをとって心地よい生き方を目指すにしても。うつろいやすい世の中で生きていくためには、若さと理論武装は大変な武器なのです。おばさんの実感です。
あっ、もう1つ忘れていました。自分にあわないと思った場所から逃げる勇気を
持ってください。自分の嗅覚を信じて。
時間をオーバーして、説教くさくなったことをお詫びします。おばさん世代の特徴です。あなたたちそれぞれの幸せを願っています。上から目線ですみません(笑)。
(了)
おばさんの講話「書き換えの問題」 ナカメグミ @megu1113
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