青く純粋な君へ
無趣味
狐のお面をした彼女
春の風が制服の裾を揺らしていた。
新しい制服がまだ肌に馴染まない。
今日から高校生活が始まる。
俺、大空結翔は少し緊張しながらも入学式へと向かった。
入学式の間中、校長の話は何故か耳に入ってこず
体育館に差し込んでいた光が眩しかったということだけが頭に残っていた
式が終わって、靴箱に張り出されているクラスの席順が書かれた紙を見た。
俺の名前が書かれた席ののすぐ隣に「
少し変わった名前だな、なんて思った。
教室へ向かう最中、幾つかの言葉が脳に浮かぶ
新しいクラス。新しい友達。新しい毎日。
そういう言葉が、どうしても少しだけ怖い。
理由はわからない。いや、わからない振りをしているだけかもしれない。
教室の扉を開けると、すでに数人の生徒が席に着いていた。
窓際の席、前の方の席、みんなそれぞれにスマホを見たり話をしたりしている。
俺の席は、一番窓側の最後尾
「……っと」
席を確認して歩きながら、ふと隣の席を見た瞬間、思わず足が止まった。
俺の視線の先には、真っ白な狐面を付けた女子が、本を読みながら静かに座っていた。
細い指でページをめくる音が、騒がしい教室の中でもやけに鮮明に聞こえる。
お面の下の表情は見えない。
けれど、長い髪が頬を隠すように流れていて、横顔のラインだけが妙に印象的だった。
一瞬、息をするのを忘れた。
まるで現実じゃないものを見ているようだった。
「……あの」
気づいたら声が出ていた。
狐面の少女は、本から目を離してこちらを向いた。
白い面の奥。
覗くことのできない瞳の代わりに、少しだけ首を傾げた。
不思議そうに。
「えっと……その、なんで……お面、つけてるの?」
言葉を選びながら問いかける。
少し間があって、彼女は本を閉じた。
パタン、という静かな音。
「……これが、落ち着くから」
少し籠った声。けれど、それは柔らかくて、どこか優しかった。
「そ、そうなんだ」
会話が途切れる。
何を言えばいいかわからない。
話しかけたことを後悔しそうになった瞬間
彼女は鞄の横に積まれた文庫本を指でなぞりながら、ふと俺に言った。
「あなた、本読むのは好き?」
「え? まあ……嫌いじゃないけど、最近はあんまり読んでないな」
「そう。じゃあ、もったいないね」
「もったいない?」
「本はね、自分の知らない自分を見つけるための鏡だよ。だから読まないのは、自分を少しずつ忘れていくのと同じ」
その言葉を聞いたとき、何故か初めて会ったはずの彼女に対してどこか懐かしいという気持ちが湧いた
あ、そうだ。と言って彼女は
「私の名前は狐崎 澪。好きな食べ物は甘いもの」
と簡単な自己紹介をした
「大空 結翔。好きな食べ物はコーヒーゼリー。よろしく」
差し出された手を握ると細くて、少し冷たかった。
放課後、教室を出るときに、彼女はまた一人で本を読んでいた。
そんな彼女に俺は今朝と同じように話しかける
「狐崎さんって放課後空いてる?」
そう言うと、彼女は読みかけの本に栞を挟んで閉じた後
「空いてるけど。ナンパ?」
すぐさま否定の言葉を発しようとしたが、自分の先程の言葉を思い出し、喉で止まった。
そんな俺の様子が面白かったのか彼女はふふっ。と軽く笑った後
「結翔くん。良かったら私とこの後お茶しない?」
そう言ってきたのだった
青く純粋な君へ 無趣味 @mumeinoshikisainomonogatari
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