恋する悪魔

閒中

恋する悪魔

【悪魔が人間に恋をしたら石になってしまう】


そんな言い伝えが大昔からこの街にはあった。

今では観光名所として、街には人々が作った悪魔の石像が至る所に置かれている。

しかめっ面の像、驚き顔の像、恋する眼差しをする像……。

──しかし、言い伝えは本当で、この中の何体かは石になった本物の悪魔だった。

他の悪魔たちは彼らがどんな人間に恋をしたのか分からない。

何故なら恋をした悪魔は全員石になってしまい、聞くことが出来ないからだ。


悪魔たちは警戒した。

人間を見るな。

人間に近付くな。

人間に気付かれるな。


悪魔たちは恐れた。

俺たちを石にするのはどんな人間だ?

顔は?髪は?目の色は?

俺たちを見て微笑むのだろうか?

俺たちのことも愛するのだろうか?


ある悪魔は自分が石になる恐怖に耐え切れなくなった。

人間の目が、気配が怖かった。

だが『人間を神から遠ざける』という悪魔の役目を執行するには、人間に近付かなければならない。

だからその悪魔は自分が悪魔だと悟られないように、警戒されないように目立たないように、『人間』に化けることにした。

しかし、人間には悪魔の見分けがつかない。

そして悪魔にも人間の見分けがつかなかった。

だからその悪魔が変身した『人間』の姿は、無意識に己が何度も想像してしまった、悪魔が恋をしてしまうような『人間』そのものだった。


──なんて美しい姿なんだ。

この街に来たばかりのある悪魔が、悪魔が変身した『人間』の姿を遠くから見て、身体を震わせた。

人間の顔なんて皆同じはずなのに、この人間だけは違う。

ないはずの心が高鳴る。目が離せない。


“嗚呼、俺はこの人間に恋をしてしまった。”


──それが最期の思考だった。


足元が冷たく、重たくなる。

次の瞬間、全身を鞭で打たれたような衝撃が走った。

動けない。感覚が遠のいていく。

悪魔の身体は瞬く間に固まり、静かに──石となった。


【悪魔が人間に恋をしたら石になってしまう】

そんな言い伝えが大昔からこの街にはあった。


この街では悪魔が『人間』に化けた悪魔に恋をする。

彼等は恋を繰り返し、街には今日も悪魔の石像が増えていく。



〈終〉

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恋する悪魔 閒中 @_manaka_

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