第11話:『聖女の綻び』

師との決別という出来事は、シンの心に僅かな傷を残した。 しかし、その傷は、学園の英雄というメッキによって、すぐに見えなくなる。


シンは心の隙間を埋めるかのように、以前にも増してリリーナへの依存を強め、「彼女の守護者」としての自分に、より一層酔いしれていった。


しかしながら、聖獣、グリフォンを追い払った日を境に、リリーナの様子に、僅かな変化が見え始めた。


授業中、彼女が小さく咳き込む姿を、シンは何度か見かけるようになる。


食堂での昼食。いつもなら楽しげに食事をする彼女が、半分も食べずにフォークを置くことが増え。 「少し、食欲がないのです」 そう言って、彼女は力なく微笑んで誤魔化し始める。


些細な怪我をした下級生に、彼女が得意な治癒魔法をかけた時も、いつもより顔色が悪く、展開された魔法陣が一瞬、陽炎のように揺らいで見えた。


シンは、そんな彼女の姿に、心配している表情を見せながらも一抹の不安と、苛立ちを感じていた。


(僕の隣に立つパートナーが、そんな弱々しい姿でどうするんだ)


彼の増長した自尊心は、彼女の「陰り」を許さなかった。


リリーナの不調が、本当の悲劇の幕開けになるとは、シンはまだ知る由がなかった。



【実践訓練場】


その日の授業は、ゴーレムの討伐訓練だった。 シンは、ここでも「神童」ぶりを発揮する。 詠唱もなしにゴーレムを魔術で両断し、軽々と無力化した。


「すごい……!」


生徒たちの称賛を浴びながら、シンは得意げにリリーナの方を見た。 彼女は、聖女の微笑みで、小さく拍手を送ってくれた。


その隣では、セラフィムがモニターを見ながら冷ややかに呟く。


「……また、クライアントの自尊心を満たすだけの、退屈な授業ですか。そろそろ飽きてきましたよ」


「まあ、そう言うな。お楽しみは、ここからだ」


神楽は、不敵な笑みを浮かべ、インカムに静かに指示を飛ばした。


「――スタントチーム、準備はいいな。脚本通り、始めろ」


訓練が中盤に差し掛かると、一体のゴーレムが、突如として咆哮を上げる。


「Ulaaaaaaa!」


ゴーレムの体は不気味な赤色に変色し、動きが俊敏になる。


「み、みなさん、あのゴーレムから距離を取りなさい! 様子が変です!」


教師役が叫び、生徒たちが一斉に距離を取る中、ゼイドとシンが前に出た。


「ここは俺に任せて下がっていろ、シン。騎士団長の息子として、討ち取ってみせよう」


「下がるのは君の方だよ、ゼイド。僕にとっては、君もその他大勢の凡愚の一人なんだからね」


シンとゼイドが、互いを牽制しながら、異形と化したゴーレムと対峙する。


二人の共闘が始まった。


ゼイドが卓越した剣技でゴーレムの注意を引きつけ、その隙に、シンが強力な魔法を叩き込む。 反発しあいながらも、その連携は、他の生徒たちが見惚れるほどに完璧だった。


「とどめだ!」


シンの放った最大威力の《真空刃(エアロスラッシュ)》が、ゴーレムの胴体を真っ二つに切り裂く。 だが、切り裂かれた半身は、勢いよくゼイドの方へと吹き飛んだ。


上半身は金切声と共に、爆発する。


ゼイドは右腕を盾にして爆発を耐えたが、苦悶の表情と共に膝をつく。


「ぐっ……!」


ゼイドの腕には、焼け爛れたような、酷い火傷が刻まれていた。


「ゼイド様!」


リリーナが真っ先に駆け寄る。


「すぐに治療します!」


彼女は、ゼイドの前にひざまずき、治癒魔法を唱え始める。 その手は、温かな、聖なる光に包まれた。


聖なる光が、ゼイドの火傷に触れた、その瞬間。


「――――あああああああああっ!!」


ゼイドが、今まで聞いたこともないような、本物の絶叫を上げた。


見ると、リリーナの聖なる光が、禍々しい紫黒色に変色している。 ゼイドの傷が、癒えるどころか、逆に、呪いに侵されたかのように『悪化』していた。


「ど、どうして……」


リリーナは、自分の手を見つめ、血の気の引いた顔で、わなわなと震え始めた。 教師が慌てて割って入り、ゼイドの「治療」を行う。 訓練は、最悪の雰囲気の中で中止となった。


シンは、自分の手を見つめて恐怖に震えるリリーナに、何も声をかけることができなかった。 錬金術も、神剣も、古代魔術も、今の彼女の「絶望」を癒す力にはなりえない。


彼は、初めて、自分の「力」の、絶対的な「無力さ」を痛感していた。



【コントロールルーム】


「完璧だ、リリーナ。あの恐怖に歪む表情、アカデミー賞もんだったぞ」


神楽が、満足げに呟く。 セラフィムは、深いため息を漏らして彼を睨みつけた。


「彼の心を折るために、ヒロインを意図的に壊すと……。随分と趣味の悪い脚本を書きますね」


神楽は、彼女の言葉を鼻で笑う。


「人聞きの悪いことを言うな。これも、彼の成長に必要な『試練』だ」


彼は、モニターの中で、自分の無力さに打ちひしがれるシンの姿を、満足げに見つめていた。


「王様の鎧は、まず、その足元から崩していくものだよ。……さて、次の手だ」


神楽は、スタッフに、新たな指示を飛ばした。


「――今夜、クライアントを校長室に呼び出せ。そこで、『リリーナの呪いの、真相』を、彼に告げる」


神楽は、悪魔のように、そして、最高に楽しそうに続ける。


「さて、青春篇はおしまいだ。次はクライアントに、地獄を見てもらおうか」




――◇お礼とお願い◆――


第11話、お読みいただきありがとうございました!


リリーナの涙、そしてシンの無力感…。 次回、校長室にて、ついに「呪いの真相」が明かされます。青春篇、終幕へ――。


もし、少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけましたら、 下の【★】での応援やフォローをいただけますと幸いです。


また明日の6時30分にお会いしましょう。 Studio_13

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