第6話:『開校、そして崩壊』

中央聖堂の荘厳なパイプオルガンの音色が、厳かに入学式の始まりを告げる。 シンは、最前列に用意された席に座りながら、落ち着かない様子を見せていた。


先ほど現れたライバル、ゼイドの挑戦的な視線が、背中に突き刺さるように痛い。


自信は、まるで砂の城のように崩れ始める。


(あの男……ゼイドとか言うやつに見せつけなきゃいけない。僕が、僕が本物の『神童』だってことを……!)


恐怖が、焦りへと変わり、やがて歪んだ闘争心へと変質していく。 校長の長い祝辞が終わり、式典は最後のプログラム「クラス分けの儀式」へと移行した。


「これより、諸君らの魔力を『叡智(えいち)の宝玉』で測定する!」


教師役の天使が、厳格な声で宣言する。他の新入生たちが次々と宝玉に触れ、淡い光を放っていく。殆どの者がCクラスに振り分けられた。


「今年は不作だな。次は……ほう、あの大賢者の弟子か。シン、前へ出ろ」


シンは、唾を飲み込んだ。リリーナやゼイドを含む、全ての視線が自分に集中するのを感じながら、ゆっくりと台座へ向かう。 そして、そっと宝玉に手を置いた。


……シーン。


宝玉は、沈黙している。


聖堂が、「えっ、どういうこと」というざわめきに包まれた。


シンの顔から、血の気が引いていく。


(――まただ。また、僕は……失敗したのか……?)



【コントロールルーム】


「……おい。どうした。なぜ警報音が鳴らん?」


神楽の、いぶかしむ声が響くと、スタッフの天使が耳元のインカムに手を当てながら、蒼白になって叫んだ。


「ディ、ディレクター! 大変です! ステージに置かれているのは、昨日のリハーサルで使った、ただのガラス玉(模造品)です!」


「――――は?」


神楽の顔から、初めて余裕の笑みが消えた。



【中央聖堂】


シンは絶望に打ちひしがれ、俯いている。 (えっ、なんで、どうして……!?)


隣では、教師役の天使も、脚本にない事態に完全に硬直し、滝のような冷や汗を流していた。



【コントロールルーム】


「誰だ! 小道具班の担当者は! 後で減給だ!」


神楽が激昂するが、即座に冷静さを取り戻す。


「……いや、まだだ。まだ終わらんぞ!」


彼は、教師役の天使のインカムに、直接指示を飛ばした。


「聞こえるか! 今すぐアドリブで場を繋げ! クライアントが『とんでもない力を持っている』と、周囲に信じ込ませろ!」


神楽は矢継ぎ早にスタッフに指示を出す。


「小道具班、いますぐ聖堂へ向かい本物を投擲準備、爆破はこちらのタイミングで行う!」


「裏方班、クライアントの目が眩んでも構わん、最大光量で視界を遮れ!」



【中央聖堂】


絶体絶命の状況の中、教師役の天使は、神楽からの悪魔の啓示を受け取った。 彼は、わざとらしく宝玉に近づき、険しい顔で叫ぶ。


「し、静まれぇい! これは失敗などではない! 宝玉が、彼の魔力に耐えきれず、内側からひび割れている……!」


もちろん、ただのガラス玉なので、ひびなど入っていない。


「まずい……! このままでは、彼の魔力が漏れ出し、この学園、いや、この都市ごと消し飛ぶぞ!」


教師は、迫真の演技で校長に向かって叫んだ。


「校長! 大聖域結界を!」


その言葉が、合図となる。



【コントロールルーム】


「―――今だ! 照明(ライト)、点火(ファイア)!」


神楽の合図で、強烈な光がシンを襲う。彼が手で目を覆ったその一瞬、本物の宝玉が聖堂の中央高くに投擲され―― 神楽が起爆スイッチを押した。



【中央聖堂】


学園が、一瞬にして白に染まった――。


轟音。衝撃波。


そして、校長が咄嗟に展開した黄金の防御魔法。


煙と土埃が晴れた後、そこに広がっていたのは、灰燼と化した、かつての学び舎だった。


校長が、恐怖と畏敬の入り混じった声で言う。


「シン君。君は……己の魔力だけで、ここまでの爆発を起こしたのか……!」


リリーナも、ゼイドも、まるで神か悪魔を見るかのように、シンに畏怖の視線を向けていた。



【コントロールルーム】


神楽は、深く椅子にもたれかかり、大きく息を吐いた。冷や汗で背中がぐっしょりと濡れている。


「……ひとまず、これで学園生活が多少不便になっても納得するだろう。なんせ、自分で学園を破壊したと思い込んでいるからな」


「あの申請書、嘘ばっかじゃないですか」


セラの冷たい声が、安堵の空気を切り裂いた。


「なにが、祝賀用花火ですか! 書類の百倍以上の爆薬量です。一つでも島を揺るがす規模なのに、百倍ですよ、百倍! こんな規模の爆薬、本来なら女神さまの許可が必要な事案です。それを無視して……というか、どうやってこんな量の資材を手に入れたのですか」


セラの怒涛の質問に対し、神楽は淡々と答える。


「以前の最終聖戦(ラグナロク)で、少しばかり資材を横流ししてもらってな。使えるときに、盛大に使わねばもったいないだろう? それに……」


神楽は、塵すら残っていない校舎跡の映像を見て、愉快そうに言った。


「核すら霞む大爆発のおかげで、解体費用、撤去費用も浮いた」


「はっ……?」


神楽は、凍り付いているセラフィム監査官に向き直る。


「クライアントは伝説となり、我々は浮いた費用で次なる校舎を建てられる。見事な一石二鳥だろう、監査官殿」


「…………」


彼女は何も言わなかった。ただ、静かに神楽を見つめ、そして、凍るように冷たい声で、たった一つだけ質問した。


「ディレクター。その……『最終聖戦の資材』とやらは、あなたの倉庫に、あと、いくつ残っているのです?」


神楽は、その問いには答えず、ただ最高に楽しそうな、悪魔の笑みを浮かべた。


「はっははは、空の雲も消し飛んで、いい天気になった。なぁ、セラフィム監察官」


「…………」


彼はセラフィムの冷たい視線を無視して、モニターの中で呆然としながらも、どこか誇らしげなシンを見つめる。


「さて、次からは青春篇だ。ここからが本当の(天使達の)地獄の始まりだ」




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