貞操逆転世界で配信者始めてみたら、変態視聴者ばかりだった件

すりたち

第1話 知らない街と、知らなすぎる常識

目を開けた瞬間、空が白すぎて痛かった。

 頬には風。下は冷たい石。

 寝転がってる――いや、倒れてる? しかも街中。


 通りには人が歩いている。

 いや、正確には“女”だけが歩いている。

 スーツ姿、学生服、ラフな格好、いろいろだけど、全員女性。

 男の影が、どこにもない。


「……夢か?」


 声に出したら、通りすがりの女性が振り返った。

 視線が、刺さる。

 そして次の瞬間――笑った。


「やだ、声低っ……! 本物の男?」

「ちょ、近っ……!」


 反射的に後ずさる俺。

 相手は目を輝かせながら、スマホみたいな端末を取り出す。


「男! 男見た! ねえ、見て! 本物だよ!」


 周囲の女性が一斉にこっちを見た。

 ざわめき。足音。カメラのシャッター音。

 状況が理解できないまま、俺は完全に囲まれていた。


「ねえ、どこから来たの? 保護者は?」

「登録してないの? 危ないよ!」

「声、もう一回出して!」


「いや、あの、えっと――」

 言い訳が浮かばない。

 とりあえず逃げた。

 角を曲がって、路地に飛び込んで、壁に背を預ける。


 鼓動がうるさい。

 なんだここ。なんなんだこの世界。


「落ち着け……これは夢だ、うん」

 自分に言い聞かせても、壁の冷たさがリアルすぎる。

 爪先を叩く音。靴の音。――誰か来る。


「おーい、大丈夫?」


 低めの声。でも女。

 制服のような服を着た女性が路地の奥から現れた。

 腰には警棒。多分、警備員か警察。


「すみません……ここ、どこですか」

「ここ? ノワール市の中央区。――ていうか、あなた登録証は?」

「登録証?」

「男でしょ? 首元のタグがないじゃない。身分証明、大事だよ?」


 首元を触る。何もない。

 タグ? 登録? 何の話だ。


「まさか無登録で歩いてたの? そりゃ囲まれるわ」

「囲まれるって……」

「今の時代、男は珍しいの。何もしなくても注目されるんだから。

 ほら、立って。危ないから」


 差し出された手を掴む。

 女性の力なのに、想像よりずっと強かった。


「ありがとう……」

「礼なんかいいの。――それより、本当に記憶ない感じ?」

「……うん。気づいたら、ここにいた」


 彼女は少し眉を寄せて、ため息をついた。

「また“転来者”か……最近多いのよね」

「転来者?」

「他の世界から来た人。たまに現れるの。

 ここは貞操逆転社会。男が少なくて、女が守る側。

 だから、あなたみたいなのは“保護対象”」


「保護……対象?」

「そう。事件に巻き込まれる前に、保護して登録するの。

 安心して、危害を加える気はないから」


 口調は柔らかい。でも、その「保護」という言葉の響きが引っかかる。

 守られるって、そんな簡単に言えるのか。


「俺、自分のことくらいは自分で……」

「できるならいいけどね。

 こっちの世界じゃ、男が一人で歩く=誘拐される確率が上がるのよ」


 え? 誘拐?


「いや、そんな治安悪いのかよ」

「治安は悪くない。ただ、需要が高いだけ」

「……なんの」

「男」


 言葉が詰まった。

 女の人が、当たり前みたいな顔でそう言う。

 笑いながら。


「とりあえず、今夜は私のとこ来なさい。身分登録できる施設まで送る」

「いや、助かるけど……知らない人の家って」

「安心して。私は“保護官”。身分証あるわよ」


 そう言って彼女は胸ポケットからカードを取り出した。

 ホログラムが浮かぶ。「ノワール市保護官・リナ」。


「……じゃ、お願い、します」

「いい子ね。ほら、手」


 また手を引かれて、街へ戻る。

 人の多い通りを歩くと、また視線が刺さる。

 ガラス越しに映る自分の顔――普通の青年だ。

 でも、この世界じゃ、それだけで珍しいらしい。


「ねえ、リナさん」

「なに?」

「ここって、男はどうやって生活してるんですか」

「簡単に言うと、誰かに守られて暮らすの。

 パートナーを選ぶ人もいれば、所属先を持つ人もいる」

「所属先?」

「企業とか、配信事務所とか」

「……配信?」

「ん?」

「いや、なんでもない。聞き慣れた単語だったから」


 なんだか、嫌な予感と興味が混ざる。

 配信――この世界にもあるらしい。


 リナは建物の前で立ち止まり、振り向いた。

「ここが宿舎。今夜は休みなさい。明日、登録に行く。

 それと……」

「それと?」

「部屋から出るときは、帽子を被りなさい。

 見た目が男だと、それだけでニュースになるから」


 冗談だと思ったけど、彼女の目は真剣だった。

 この世界、どうなってるんだ――。


 部屋に案内され、ドアが閉まる。

 窓の外では夜風が吹いて、街のネオンが揺れていた。

 通りを歩く女性の笑い声が響く。

 それだけで、男の気配がどこにもないことがわかる。


「貞操逆転の世界、か……」


 呟いた声が、やけに大きく聞こえた。

 そして不意に思う。

 もしここで暮らすことになるなら――

 俺はいったい、どんな生き方をすればいいんだろう。

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