第5話 エルフの里

「ここがどこか気になるけど、それより……」


 自分の服を見ると、民族衣装のようなものを着ていた。通気性が良く、ぱっと羽織はおれる動きやすい服だ。


「胸のここを刺されたんだよな……」


 服をずらしてみると、傷跡はあるものの完全に塞がっていた。


「この模様はなんだ?」


 胸にギザギザした黒い模様が描かれている。胸の右端から左端まで続いている。模様を確かめようと服を脱いだ。


「腕にも同じ模様があるな……」


 この配色には見覚えがある。


「モンちゃんの毛の模様に似てるな……じゃあモンちゃんは俺と同化して傷を塞いだのか?」


 俺のために自分を犠牲にして、モンちゃんは勝手にいなくなった。

 喪失感で胸がいっぱいだ。仲間に裏切られてモンちゃんまで失った。


(最悪だ……まさかこんなことになるなんて)


 俺が服を着ながらそう思っていると、ドアが開いた。


「あ、よかった。目が覚めたんですね」


 部屋に入って来たのは十六歳くらいの少女だった。

 愛嬌がある可愛らしい顔立ちに、小柄な背丈。肩上で切り揃えられたピンク色の髪といい、赤と白を基調とした民族衣装といい、ずいぶんと変わった出で立ちだが、俺は彼女の尖った長い耳に注目した。


「エルフか……」


 ダークエルフならクシィで見慣れているが、普通のエルフはちょっと新鮮な感じがする。


 不屈のダンジョンがあるところはオルキス王国といってエルフの国だ。とはいっても、不屈のダンジョンは人間の領土からでもギリギリアクセスできるアローカス森林の奥にあるからエルフの街や村は経由していない。


(もしかしてここってエルフの村か街なのか?)


 俺がそう思っていると、少女が近づいてくる。


「もぉビックリしましたよ。水汲みに川に行ったらあなたが倒れてたんですから」

「そうだったか……ダンジョンで水路に落ちたからそのまま流されたんだろうな」

「へぇダンジョンに」


 興味深そうに少女が目を細める。


「じゃあ冒険者なんですか?」

「ああ。これでも一応勇者パーティだった」

「すごいですね。勇者パーティだなんて……でも『だった』って、なんで過去形なんですか?」

「仲間に裏切られて、殺されかけたからだよ」

「え……」


 少女が表情を暗くし、黙り込んだ。なんて声をかけていいかわからない感じだ。


 勇者パーティに軋轢あつれきが生じたら、それはパーティ内の問題におさまらない。俺たちにはエルフを含めた五種族の命運がかかっていたんだ。裏切りなんてもってのほかで、一致団結して魔王討伐するべきだろう。


(不安にさせたかもしれないな)


 俺は苦笑し、頭をポリポリと掻いた。


「あ、ごめん。初対面でこんな話されても困るよな」

「まぁそうですね。仲間に裏切られるってよっぽどですよ。なにしたんですか?」


 不躾ぶしつけに聞かれたが、それほど悪い気はしない。彼女は俺の素性を知らないし、仲間から裏切られたのには俺の問題があると思われても仕方ないから。

 俺は小さく首を振った。


「なにもしてねぇよ。用済みだからって始末されそうになっただけだ」

「なにそれ、酷い……」

「まぁな。この話はこれくらいにして、俺はロア・ロア・フォードレス。よろしくな」

「はい、こちらこそ。私は、フランルージュ・レぺス。みんなからはフランって呼ばれているので、ロアさんもそう呼んでくれていいですよ」

「わかったよ、フラン」


 名前の響き的に高貴な感じだ。


(フランルージュってシャレた感じだし、ひょっとして貴族か? 平民じゃなさそうな名前だぞ)


 フランがはっと眉を上げる。


「あ、そうだ」

「どうした?」

「これをあげますよ」


 そう言うと、フランが自分の首飾りを外し、俺に渡してくる。


「なんだこれ?」

「エルフ族に伝わるお守りアミュレットです。魔除けにもなりますし、きっとロアさんがこれ以上酷い目に遭わないよう守ってくれると思いますよ」

「そうか……じゃあありがたくもらっておくけど、フランは持ってなくていいのか?」

「もう私には必要ないので……」

「え? なんでだ?」


 何かを諦めるように微笑んだフランに俺が問いかけたときだった。

 エルフのおじいさんが部屋に入ってくる。


「フラン様、清めの時間ですぞ」

「清めの時間? 何をするんだ?」


 俺が問いかけると、フランは表情を曇らせた。


「この村は冥界の浸食を受けてるんですよ。それで定期的に穢れを払わないと、瘴気に村が覆われてしまうんです」


 冥界と言えば死者の国だが、そんなのに浸食されてるなんて初耳だ。瘴気は猛毒のように生命を削るし、冒険者ならまだしも普通の村人ならひとたまりもないだろう。


「事情は分かったが、それなら村ごと引っ越せばいいだろ」

「それはできません。ここで食い止めなければエルフの国は冥界に取り込まれてしまいますから」


 思ったよりスケールが大きい話のようだ。

 きっぱりと言ったフランの顔に覚悟を感じる。冥界の浸食がエルフの国を取り込む規模なら非常に脅威的だ。

 俺は居てもたってもいられなくなって、ドアに向かって歩き出した。


「俺も行く。話が本当ならエルフだけの問題じゃないだろうし」

「危険じゃ。ここで安静にしていなさい」

「村長の言う通りです。私が祓えるといっても瘴気は危険なんです」

「大丈夫だ。これでも元勇者パーティだったからな。瘴気を食らった経験ならある」


 俺がそう言うと、フランは頷いた。


「わかりました。じゃあ案内しますね」


 フランについていく。

 家を出ると、大樹にくっつけるようにして建てられた家々が見てとれた。


 森と同化するように連なるツリーハウス。木々には吊り橋がかけられ、全体的に調和がとれている。そこで生活するエルフたちがフランのように振り向く。


 お勤めご苦労様です、と労う青年のエルフに、フランお姉ちゃん頑張ってね、と応援するエルフの子供。お年寄りたちも「フラン様だ」と期待した視線を送っている。


(みんなに慕われてるんだな……まぁそりゃそうか。瘴気を祓うって、村にとっては救世主だもんな)


 そう思いながら俺がしばらく歩いていると、村はずれに来た。

 崖に洞窟がある。そのぱっくりと空いた穴から禍々しく黒い霧が漏れていた。


「この洞窟が冥界の入り口……瘴気が漏れているところです」

「凄い瘴気だな……」


 フランと一緒に俺が見ていると、村長が口を開いた。


「ではフラン様。お願いしますぞ」

「はい。極光の流れホーリーアストラル!」


 フランが杖を構え、その先端から極太の光の流れが生まれた。


(極星の流れアストラルだと!? 準一級魔法じゃねぇか、世界でもトップレベルの魔法使いじゃないと使えない最上級魔法だぞ)


 一級魔法は伝説の魔法だから幻とされている。だからおおやけには使えるものは存在しない。よって準一級が現代の魔法使いが到達できる最高点だ。


 洞窟内が明るく照らされ、瘴気が浄化されるように霧散した。


「これでしばらく大丈夫です」

「ありがとうございますじゃ、フラン様」

「フランって、思ったよりすごい奴なんだな」

「ふふん♪ そうですよ。私はすごいんです」


 俺が感心していると、フランが悪戯っぽく笑った。

 

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