第7話 戦争は妊婦から始まり、妊婦で終わる
「う、腕と聖剣ハルバードが……おのれぇ!」
「本物の聖剣が、俺の一撃で壊れるわけないだろ。偽物の勇者め」
ローレンスは恨めしく叫ぶが、フルトは冷淡に言い返す。タングは呆れ顔で、折れた剣先を拾う。
「それに、こんな刃毀れしたものを使えば折れるに決まってるだろ。やっぱ偽物掴まされたな」
「うぐぅ、うるさい!」
タングの指摘にローレンスは顔を真っ赤にして否定するが、冷や汗が滝のように流れていく。奴は急いで回復ポーションを取り出し口に加えて、切れた左腕に手を伸ばす。
だが、アダムスがハンドガンで右手を撃ち抜き、ローレンスは悶絶して回復ポーションを床に落とした。
奴は左腕の断面を押さえたまま、必死にポーションを探っていた。
その仕草が、妙に人間くさく見えて――だからこそ、撃ち抜かれた瞬間があまりにも惨めだった。
「おっと、させませんよ。我々に戦争をふっかけた報いですよ」
「痛い痛い痛い痛い痛い! せ、背に腹は代えられないか!」
奴が撃たれた右手でフルトが踏んづけている煙幕弾の紐を引っ張った。
「こ、こいつ! 逃げる気だ! フルト、トドメを」
「む、無理だ! フィンジャック、煙で見えねぇ」
煙が立ち込めていき、一瞬で奴の姿が俺達の目から隠れた。
「クソッ、詠唱が間に合わん!」
「お前ら、奴を逃がすな!」
奴が魔法を唱えている間、さっきの奴の尋問で煙を吸い込んだ俺は拒否反応で嘔吐してしまった。
「はい、水」
「ゲボ……。ありがとう、イザベル」
彼女から水筒の水を受け取ってラッパ飲みした頃には、奴の姿は消えていた。
「クソ、逃がしたか」
「ボス。奴は転移魔法で戦線から逃げました。直ちに、奴が逃げた証拠を突き出して奴の同盟軍を撤退させましょう」
アダムスは、剣のグリップと左腕を拾い上げる。
「そうだな。……出来るだけ、早く戦闘を終わらせたい」
「了解。お前たちは通信機械の準備を」
アダムスの指示で、部下たちは走っていった。
やっと、奴との戦いは終わった。俺は、イザベルを守って見せた。
「この嘘つき!」
ホッとしたのも束の間、イザベルにビンタされた。
「私を置いていかないって約束したでしょ!」
声が裏返り、涙が彼女の頬を濡らす。
「……私をひとりにしたら、もう立っていられないのに」
彼女の目には大粒の涙が溢れ出ており、俺の足元に落ちた。
「イザベル、ごめんな。さみしい思いをさせて」
「夫婦喧嘩は、戦闘が終わってからにしろ」
タングの注意に、俺たちは我に返った。
「ま、まだ夫婦じゃありません!」
「そうだぞ、タング。俺たちは――」
「さっさと、屋上へ向かってリリアーナさんの所へいけ!」
「「は、はい!」」
こうして、俺達はフルトと共に屋上に向かう。……妊婦たちは大丈夫なのか?
さっきまで避難所で震えていた彼女たちの顔が、脳裏にちらついた。
ローレンスを倒す為、イザベルを逃がす為とはいえ、俺は結果的に妊婦を置いて逃げてしまった。
だが、屋上の扉を開いた瞬間、息を呑んだ。
そこには、妊婦たちが戦場の中心に立っていた。
「お前も、赤子を取り上げるのかぁあ!」
血まみれのドワーフの妊婦が、敵兵にしがみつき、そのまま屋上から身を投げて道連れにした。
血の池で笑っているノームの妊婦は、禍々しい黒い精霊を飛ばして逃げようとする敵を十人ほど暗黒空間へ飛ばして力尽きた。
あの黒い妖精の正体は……考えたくねぇ。
俺は吐き気をこらえた。妊婦が命を投げ打って戦っているのに、俺は――。
「頼む、リリアーナ様。俺に奴らを圧倒する力を……妊婦に戦わせて、何が兵士だ」
「駄目です! 皆さんは治療に専念を。回復させたら、次は軽症の妊婦さんを」
リリアーナは両足を失ったドワーフ兵士の治療をしているが、彼は彼女に懇願している。ドワーフの兵士に続いて、他の負傷兵も呼応する。
「その願い、叶えてみせよう」
天から女神のような声が響いた瞬間、兵士たちの体が変貌していく。
背中から翼が生え、脚はドラゴンのものに変わり、羽毛が胸元から腕までびっしりと生えた。
「みろ! この身体! 失った脚よりも自由に空を飛べる!」
「これで、カーガプルトンの最強のキメラにも対抗できる! はははは」
失った四肢を取り戻した兵士は歓喜に叫び、怪物として空へ飛び出していった。
俺は震えた。願いを叶えるはずの女神が、人を怪物に変えて笑わせている。
「これが、神の救い……なのか」
完全に人間と最強クラスの魔物のキメラになった兵士四名は、屋上から飛び出て空と要塞外に侵入した敵をそれぞれ蹂躙し始める。
「そんな……女神様……」
リリアーナの声が震える。その目には、信仰よりも恐怖が宿っていた。
彼女は何かを祈るように両手を組んだが、指先が震えて解けていった。
「おい、気をしっかり持て!」
「リリアーナさん、彼らの事よりも、他の患者を」
俺とイザベルは、茫然とするリリアーナの元へ駆け寄って声をかけるしかなかった。
『これより、評価試験を開始する』
通信機から響いた声と同時に、鉄塊のような兵器が次々と轟音を立てて動き出した。
逃げ惑う敵を追いかけ、踏み潰し、撃ち抜き、炎で焼き払う。
『敵軍に告ぐ。我が司令室に侵入したローレンスをたった今撃退し、撤退した。貴様らの大義はない。撤退しろ』
タングが、ステンの声で敵に呼びかける。すると、味方も敵も動揺し始めて戦闘が止まった。
『その証拠に、奴の腕と剣をへし折った。たった今、証拠の通信映像に映す』
タングたちが写した映像が、屋上にある通信機械に表示される。
「そ、そんな! ローレンス様の腕と聖剣ハルバード?!」
「ハルバードって折れないんじゃないのか?」
「クソ! あんなやつと同盟を結ぶべきじゃなかったんだ」
映し出された絵を見た敵の戦意がみるみるうちに削がれていき、撤退し始める。
だが、ステンの兵士、住民たちの動きは止まらない。
『未承認の全ての古代兵器の評価試験を続けろ。奴らに、二度と攻め込む馬鹿な考えが出来ない様にな』
「奴らを一掃しろ! 仲間を……妊婦を殺したカスどもに地獄へ引きずり込んでやれ!」
「あの村の連中が一旦諦めても、またやってくる……。嫌だ! 来るなぁ!! 私から家族や仲間を奪うなあああ!!」
防衛戦から、一方的な虐殺に変貌していき、止まらない。
敵が死んでいくだけじゃない。
要塞外の町や門外の大地が、弾や砲撃の後でえぐれていってみるみる荒廃していく。
俺は必死に叫んだ。
「やめろ! ローレンスはもう撤退したんだ! 戦う理由はない!」
だが、誰も耳を貸さない。爆音と咆哮が、俺の声をかき消していく。
――俺はただ、戦場の片隅で無力に立ち尽くすしかなかった。
リリアーナとイザベルは抱き合って怯えて何も出来なかった。
辺りはタングたちの古代遺物、古代兵器に対する情熱、憧れの結晶が止まる気配が感じられない。
『各員、戦闘を中止しろ! ローレンスの次にカーガプルトンが控えているのを忘れたのか!』
戦場に木霊するタングの声は、砲声よりも鋭く俺の鼓膜を突き刺した。
狂気に酔った兵士たちの動きが、一瞬だけ止まった。
頼む、これで止まってくれ。
『残り二週間。トルデ王の馬車と護衛の一団が我々の所へ到着する。今、無駄弾を使う暇があるのか?』
戦場は静まり返った。暫くすると、通信機械から妊婦らしき女性のうめき声や医師の声が漏れ聞こえてきた。
『たった今、妊婦が産気づいた! 死ぬか生きるかの瀬戸際だ! 動ける者は出産の手伝いをしろ! 繰り返す。戦闘は中止しろ』
タングの声が止むと、戦場が――音を失った。
砲声も悲鳴も、まるで誰かが世界の音量を絞ったように遠のいていく。
この一言で、屋上で生き残った妊婦も座り込んで安堵した。
「おい! あたしらも妊婦達を安全なベッドまで運べ!」
「リリアーナ様、引き続き負傷者の手当てを! フィンジャックと姫君も彼女の手伝いを頼む」
指揮官のサコーとシグがテキパキと命令すると、動ける兵士達は妊婦に肩を貸して出ていった。
「と、止まったんだ」
そう呟いた瞬間、全身の力が抜けた。
「フィンジャック! しっかり! 死なないで……。私を置いていかないで!」
遠くでイザベルの声が聞こえる。
そのすぐそばで、産気づいた妊婦の叫びと力尽きた仲間の名前を叫ぶ兵士の嘆きも混じっていた。
戦場に響く悲鳴と、命を産む声。
まるで、静かな眠りに落ちるみたいに。
世界はゆっくりと闇に沈み、音も光も遠ざかっていった。
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