第5話 コルド・ヴェニ攻防戦線
「フルト、要塞内で侵入する敵の排除を。リリアーナさんは、怪我人の治療に専念を頼む。私とアダムスで指揮を取るが、現場の指示に従ってくれ」
タングの指示で、仲間達は司令室を出て行く。
「フィンジャック。イザベルの護衛をしつつ、彼女と共に屋上タレットで後方支援に回れ。……ふたりの処遇はクズ共を片付けてからだ」
「「イエス、マム!」」
俺はイザベルと共に、司令室近くにある階段を登り屋上へと向かう。
屋上の扉を開けると、視界いっぱいに砲火の閃光と黒煙が広がっていた。銃声が断続的に響き、魔法陣の炸裂音が夜空を切り裂く。――これが戦線の最前列だ。
そんな地獄の光景に、ドワーフハーフとハルフットの二人組が俺に声をかける。よく見ると、勇者連合の残党仲間だった。
「フィンジャックか! 話はアダムス副官から聞いた」
「再開の喜びは後にして、ふたりは弾薬を運んでくれない?」
「サコーとシグか。久しぶりだな。了解!」
「誰? あのふたり」
「イザベル、彼女たちも俺と同じローレンスに騙された被害者だ」
「そう」
イザベルは眉をひそめた気がしたが、そんな事気にしていられない。
「さっさと十二ミリ弾薬箱持ってこい! 弾が尽きそうだ!」
「東の弾薬ボックスにあるから!」
サコーとシグに怒鳴られた俺達は、急いで弾薬ボックスをふたりで運ぶ。
「お、重い……」
「まぁ。この箱に二五〇発入ってるからな」
こうして彼女達の指示に従って運び終えて装填する。
サコーが機関銃の引き金を引き続けると、機関銃のベルトが次々と吸い込まれ、薬莢の山が屋上に膨らんでいく。三発、五発と一人また一人、空から落ちる。だが、次の波がすぐ来る。
「クソ、全然追いつかない!」
空中魔法で接近する魔法使いの数が多すぎて何人か弾幕がすり抜けていく。
「フィンジャック、イザベル! 私がうち漏らした奴を仕留めろ!」
「む、無茶だ!」
「弱音を吐くな! 地上よりはマシだ!」
俺は正規軍じゃねぇ。一級荷物管理人に毛が生えた程度の俺に、この数の敵と戦えねぇよ……。
「よし、敵の要塞に取りつ――」
足元が不意に沈むような気配。振り返る間もなく、屋上に足をつけた魔法使いの首元に赤い閃光が走った。
イザベルの小刀だ。刃先は迷いなく、敵の動きを断ち切った。彼女が覚悟を決めたのに、俺が諦めてたらカッコつかねぇだろ。
「なら、俺ができることをするまでだ!」
俺は弾幕の穴を補うため、ポケットから煙幕弾を投げ込む。白煙の中で敵が怯んだ隙を、再び機関銃で薙ぎ払った。
――やっぱり、ここではこの銃が一番の希望だ。
「フィンジャック、私たちと交代しろ」
「おう、まかせろ。サコー、お前らも死ぬなよ」
今度は俺が機関銃を握って弾幕を張り、イザベルが銃身を冷やしたり防御魔法を展開して援護してくれた。
ようやく希望が見えたかに思えた。
しかし、時間が経過する毎に俺達の余裕がなくなっていく。
空薬莢が山積みになる毎に敵の数も減っていくが、同時にこっちの弾も物資もなくなっていく。
既に二時間は経過しているが、敵も味方も疲弊してきた。
ついには、味方の兵士の一人が魔法使いの雷撃を受けて倒れた。
「な……奴を仕留めろ!」
シグが叫ぶが、一人の魔法使いが屋上の床に降り立っても、敵の攻撃が激しくて対処する余裕を与えてはくれない。
『司令室近くの練習場にて、ローレンスが転移魔法で侵入! 応援を!! クソ! 仲間が!!』
味方からの通信で、その場にいる味方が戦慄した。司令室近くだと?!
クソが! 出し抜かれた!
「ローレンス様の侵入に成功! 我らに勝機あり!」
屋上に降り立った魔法使いの女が叫ぶと、敵が叫び出して突っ込んできた。
「この!」
「待て、イザベル! 離れるな!」
満身創痍のイザベルが持ち場を離れて、魔法使いの方へ走り出す。俺は止めたくても、機関銃を手から離せない程に敵の数が多い!
「防御魔法を展開しろ! そこの娘!」
突如、野太い女性の声が聞こえたと同時に、魔力封じの道具のリーゼン・フォイステの弾頭が発射されてさっきの魔法使いに直撃した。
俺が以前ゾンビエルフ戦で使ったものよりもサイズが半分なのに爆風が凄まじく、空薬莢が吹き飛んで敵の魔法使いの方へ襲いかかる。
イザベルは咄嗟に防御の結界を展開してふせいだが、身体が吹き飛ばされて俺の胸に飛び込んだ。
「ここは、私達に任せろ!」
よく見ると、援軍としてやってきたのは、十八人くらいのドワーフとノーム、エルフ、人間の妊婦だった。
「妊婦のお前らが戦場に来るな!!」
サコーが怒鳴って妊婦達を返そうとするが、彼女達は怒鳴り返して武器を構える。
「黙れ! ドワーフの村に戻れば村長の決定で赤子を奪い取られる。そんな地獄に帰るくらいなら、ここで銃を握って死ぬ方がマシだ!」
「本当なら避難所で子を守るはずだった……でも、そこも襲われたのよ。もう居場所なんて残ってない!」
「敵がいる中、安心して産めるか!! 人手が足りないだろ?」
妊婦達は死亡した兵士の機関銃を手に取り戦闘を続ける。
膨らんだ腹を守るように銃を抱え、血に濡れた髪を振り乱しながら引き金を引く。彼女たちは、母でも兵士でもなく、獣に近かった。
もはや、彼女達の力がないと前線が維持できないと悟ったサコーとシグは苦虫を噛み潰したような顔で命令する。
「く、フィンジャックは彼女を連れて地下へ避難しろ!」
「ローレンスに見つかるな! お前が姫君を守れ」
本来なら前線に立たせてはいけない存在なのに、彼女達がいなければ崩壊する――その矛盾が俺達の喉に刺さった。
「くそ、行くぞ」
イザベルは俺の呼びかけに頷いて一緒に走り出す。……身重の彼女達に背を向けて。
まるで、妊婦を囮にして戦場から逃げているみたいで悔しかった。
階段を登り終えてすぐ右にある武器、弾薬庫へ入り、武器を補充していた。俺ができるだけ沢山に武器を詰めると、イザベルは殺気を込めて倉庫内の壁を叩く。
壁を叩いた拳から血が滲むのも気づかず、イザベルは歯を食いしばっていた。
「絶対に……許さない。腐れ勇者をぶっ殺す」
「落ち着け、イザベル。奴は腐りきっても、最高上位の勇者だ。一人じゃ勝てっこない」
「じゃあ、どうするのよ」
「奴を見つけたら俺が時間を稼ぐから、お前は地下のエレベーターへ乗れ」
「やだ!」
「イザベル?」
「もう……ひとりになりたくない」
イザベルの声は震えていた。けれど彼女は無理に笑みを浮かべ、涙を誤魔化すように言葉を重ねる。
「だったら、ふたりで奴を倒そうよ」
怒りとも、悲しみとも、もの悲しさとも言える目で俺を見つめて、思わず俺の手が止まった。
「わかった。だが、その前にフルトとリリアーナを呼ぼう。俺達だと、非力過ぎて足手まといになるしな」
「……うん」
ようやく彼女を納得させて、俺達はローレンスが侵入したエリアを目指す。
なんとしてでも、彼女だけは逃がすんだ。
途中で奴を見つけたふりをして、エレベーターの中へ押し込んで起動。その後はフルトとリリアーナが来るまで時間を稼ぐ。
煙幕を張って背後に回り込む。いや、あの化け物に通じるか?
最悪、俺が囮になって奴に煙幕弾をぶつけて怯んだ隙に、イザベルを押し込む。それしかない。
イザベルは右手に杖、左手に小刀。俺は、ナイフと小型の煙幕弾。それぞれを構えて中腰で歩いて警戒した。
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