第四章 ローレンス軍の進撃
第1話 二度目の襲撃
翌日の早朝の秘密基地にて、カティが通信電話を使ってステン考古学会本部と電話していた。
俺たちは壁に耳を当ててカティとステンの会話を聞いていた。
電話越しのステンの声を初めて聞いたが、男とも女とも分からなくてますます謎が深まる。
隣で耳を壁にくっつけているフルトもしかめる。
『ふぅむ。良くやった。水の妖精を扱うように丁重にもてなそう』
妖精の力を借りる種族ノームは、よく例え話に妖精を使いたがる。だが、次の場面ではエルフのことわざやら、ダンジョン探索に欠かせない鍵師の格言を使って余計に混乱した。
この時点で、イザベルとリリアーナは「あー、もうわからない!」と匙を投げた。なんか、パズルが解けなくていじける幼子みたいだな。
『いつも、危険な事をさせて申し訳ない。カティ』
「ふふ、危険を冒すものは勝利する、よ」
『ふふ。鉄は折れぬ。鋼は錆びぬ。……我々の身体に鉄が流れている事を忘れるな』
「ふふ、相変わらず鉄の比喩が好きね、親愛なるステン」
『おや? 先ほどは妖精の例えをしたろう?』
「そうだったかしら?」
……妙だ。声色も訛りもことわざ、エルフやドワーフやノーム、どれにも当てはまる。
まるで「わざと正体をぼかしている」みたいに。
俺は壁に耳を押しつけながら、無意識に拳を握った。
この基地は、俺たちが血を流して守ってきた「第二の故郷」だ。それを戦争の最前線に変えられるなんて――胸の奥で鈍い痛みが走った。
地理的に、奴の王国から近いから仕方ないと頭で割り切るしかない。
ただ、会長と副会長の諦めとも悲しみとも言える表情は、どこかステンの正体を知っている気がする。まるで、古くからの仲間が無理しているのを心配しているような感じだ。
「お待たせ! あと、聞き耳立ててるのバレバレよぉ」
カティが扉を開ける前に、出発の準備をしているふりをしていたが、バレていた。
「ま、別に秘密さえ喋らなきゃ良いんだけど」
カティはやれやれとオーバーリアクションで呟くと、扉の向こう側でぐったりしてる裏切り四人組の拘束を解く。
「あんたたちは、これから囮になって敵地突っ込めや」
低い声で脅すカティと部下たちに立たされ連行された四人組は、俺の方を睨みつける。よく見ると、俺に撃たれたハーフドワーフの目は泳いでいた。
「しかし、奴らを生かしてどうするつもりだ?」
「そっちの会長たちと話し合った結果、懲罰部隊に編入後に追放よ」
「へぇ、おっかないね」
「ふ、未遂とはいえ、危険に晒したんですもの。でも、ローレンスの進撃から生き残ったら自由の身よ」
彼の発言で、四人組の目に希望の光が見えた。
それだけ聞くと、甘くねぇか?
「じゃあ、生き残ったらまたこの仕事続けられ――」
「そんなに続けたかったら、自分達でやって。その代わり、私達と関わらないで」
四人組の一人が虫のいい事を言った直後、セシリアさんが突き放す。彼女は無表情で四人組を見下ろしていた。
「あなたたちは、フィンジャックが一級荷物管理人になるのが気に食わないんでしょ? だったら、自分達で荷物管理業をすればいい」
「そ、そんな!」
四人組の悲痛な叫びを無視して、セシリアさんとブロンズバルドさんは着けていた協会のバッジを彼らの足元に放り投げた。
「もう、私達は会長でも副会長でもないわ」
「で、ですが」
昨日俺に撃たれたハーフドワーフが、震える手でバッジを拾おうとして、でも掴めなかった。
セシリアさんに命乞いする彼らを、カティが「そいつを拾って、ついてこい」と冷たく言い放つ。
「これから、あたしたちが援軍が来るまで時間稼ぎするから、貴方たちはタングを迎えに来てほしいわ。じゃ、打ち合わせ通りに」
こうして、カティたちは立ち去っていく。その姿が完全に見えなくなったところで、セシリアさんが静かに涙を流してしゃがみこんだ。
「私は……これだから、短命種は」
ブロンズバルドさんが彼女の肩を擦って落ち着かせているのを、俺達は黙って見つめるしか出来なかった。俺の胸は締め付けられたが、どう言葉をかけたら良いのか分からない。
その時だった。空気が張り詰めるような沈黙の後、鐘が鳴り響いた。
『緊急事態発生! ローレンス軍が旧シルヴァンディア王国側通路にて、再び攻め込んで来ました!』
突然、秘密基地内からの通信と警告の鐘が鳴り響き、緊張が走る。くそ、この悲しみに浸れる時間すらないのか!
「ローレンスめ、予定時刻よりも早いじゃないか。やはり、嘘をつきやがったな」
「フルト、奴は半分約束を守って、半分嘘をつく変なこだわりがあるんだよ。約束通り、正面から進撃してこねぇし」
「なんだそりゃ」
「知らん! とにかく、抜け道経由で行くぞ!」
フルトは悪態をつきながらも急いで馬車に乗り込んで、トロッコで抜け道へ向かう。
トロッコは闇の中をゆっくりと進んでいた。ついさっきまでの涙と重苦しい空気が、まだ胸の奥に残っている。
重苦しい沈黙に耐えきれず、フルトがわざとらしく咳払いした。
「……なぁ、こうして暗いままじゃ息が詰まる。ちょっと気分を変えてみるか」
彼なりの気遣いなのは、誰の目にも明らかだった。
「カティのやってた変身魔法、試してみようぜ。イザベル、お前できるだろ?」
場違いな提案に、俺は思わず吹き出しそうになったが――こうしてでも気を逸らさなきゃ全員潰れる。そう理解したからこそ、誰も止めなかった。
「うーん……。良いけど、普通の魔法使いでも数分が限界で似せるの難しいよ」
イザベルが渋々変身魔法で俺に変身すると、フルトも変身する。
イザベルが俺に変身したが、肩幅は歪み、武器もペラッペラだった。
フルトも真似たが、笑ってるのか真剣なのか顔がブレブレで、まるで二流の彫刻作品だ。
「ひっでぇな。俺そんな顔してないだろ?」
「うふふ、カティの方が何倍も上手だったわね」
「……だな」
その一言で、場の笑いがすっと引いた。カティの変身は“完璧すぎて笑えない”。
だからこそ――敵に回したときの恐怖を全員が理解した。
「だから、俺たちにしか分からない“暗号”を決めよう」
変身を解除したフルトの提案に、全員頷いた。俺の一言でみんな真顔になった。
「……暗号って、どんなのがいい?」
「フルトが絶対言わなそうな言葉を合図にするとか?」
「おい俺を基準にすんな、フィンジャック」
こうして、暗号の話合いをしているうちに抜け道までたどり着いた。
「取り敢えず、暗号とお互いの秘密を共有するって事で決めた。続きは抜け道の道中で」
フルトの一言で、場が引き締まり扉が開いた。
すると、冷たい風と共に土煙の匂いが流れ込んできた。
――ローレンス軍が迫っている。
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