第8話 南方の味方
「すまんが、一つ借りていいか? 鼻血が止まらん」
「は、はい」
俺はリリアーナの許可を得て、綿布袋の一つを取り出して綿を抜き取り、鼻血を拭いたり鼻に綿を詰めていた。
「よし、ここにサインを頼む」
早速、リリアーナとフィンジャックに即席の契約書を作成し手渡した。
「ふふ、これで私たちの旅が楽しくなりそう♪」
リリアーナはウキウキでサインを二枚書いてその一枚を手渡した。
おぉ、少女の丸っこくて可愛い字だな。
⋯⋯あの魔王ですら、必死に封印魔法を唱えるほどの恐怖を周囲に与えていたのに。可愛いと表現すべきか、怖いと表現すべきか、分からんな。
一方でフルトは警戒しながらも、表情はさっきよりも穏やかなものだった。字もまぁまぁ綺麗な方か。
「そろそろ出発しますか? ローレンスが仕掛けたトラップ魔法も、さっきのレッドドラゴンの衝撃波で全部作動したみたいですし」
リリアーナが南方の退路に指を指す。見ると、南方の退路にトラップ魔法が作動した痕跡まみれになっていた。
槍やら爆発跡やら道はベコベコしてそうだが、馬車で通る分なら問題なさそうだ。
「いや、せっかくだからレッドドラゴンの一部を持ち帰りたい。交渉にも金にもなるし」
「なら俺が剥いでおく。フィンジャックはリリアーナさんを見てろ」
「お、おう」
フルトが大きなレッドドラゴンの方へと走り、解体していく。二十メートルの図体でも、あいつなら晩飯前だろうな。
「さて、俺も一仕事してからここを出るか。リリアーナ嬢。申し訳ないがこのふたりの遺体に防腐処理の魔法かけてくれないか?」
「はい! お任せ下さい」
俺は勇者アルベドとガレムリンを持ってきてリリアーナに頼むと、彼女は了承した。
「あの、このふたりだけで良いんですか?」
リリアーナは恐る恐る尋ねる。
「あぁ。こんな数の勇者の遺体を回収するのは難しいだろ。せめて勇者アルベドだけでも回収して、故郷で埋葬させたい」
「そうですか。⋯⋯でも、この方はどうするつもりですか?」
「こいつは、万が一の取引材料にする」
「え?」
リリアーナの勇者アルベドの防腐処理魔法をかける手が止まる。
「リリアーナ嬢。もしも協会が俺達の受け入れが難しくなった時に、ドワーフの軍事国家に保護してもらう交渉をしなきゃならねぇ」
「い、意味がわかりません! そんな、死者を冒涜するやり方は許させるものではありません!」
怒ったリリアーナは俺に掴みかかる勢いで、迫りくる。
「私は……魔王城で仲間を失った時、遺体すら戻せなかった。だからこそ、せめて丁寧に葬ってあげたいのです!」
「リリアーナ嬢。気持ちはわかるさ。だが、世の中って綺麗事だけじゃ解決しない事はあるのさ」
「で、ですが!」
「それに、ドワーフは恩義に厚い。英雄の遺体を守り抜いたって話になれば、彼らは俺達を”勇者パーティー”として歓迎するだろう」
「わ、分かりました」
「俺はおふたりの戦いや作法に口を出さない。代わりに、一級荷物管理人のやり方や流儀に口を出さないでくれよ」
「うぅ……」
リリアーナは唇を強く噛み、震える指で魔法を唱えた。
彼女が魔法を唱え終えると、俺は外した装備品を取り付けて丁寧に遺体袋に包んで荷台に乗せた。
「フィンジャック。リリアーナさんと何かあったみたいだが、今回は目を瞑ってやる。俺は、お前の一級荷物管理人としての仕事に口を出さない」
「え?!」
いつの間にか、ドラゴンの解体を終えたフルトが俺の後ろに立っていた。俺は思わず、腰を抜かした。
「き、聞いていたのかよ。ってもう金目になる部位解体終わったのかよ!?」
「さっさとここを出よう。こうしているうちに、また勇者崩れ共が来そうだ」
フルトにせっつかれる形で馬車に乗り込んだが、妙に軽かった。
「大量の綿布袋は、女神様のお力を借りて収納させて頂きました」
後ろの席に座ったリリアーナが手のひらをかざすと、小さな空気のゆがみが生じて黒いモヤモヤしたものが出現した。
「はぁ? そんな便利能力あるなら、死体も……」
「それは駄目です!」
リリアーナは慌てて遮る。
「女神様の加護は、生き物や死体には一切効かないんです」
「なんだそりゃ」
「それに、一級荷物管理人のフィンジャックさんに女神様に仕える私の作法に口を出さないで下さい」
「く⋯⋯。分かったよ」
「うむ、分かればよろしい」
あの子、さっきの事を根に持ってやがる。彼女は得意げに反論すると、黒いモヤモヤを握り潰すように消した。
どういう原理で動いているんだ?
いや、女神様の力についてあれこれ突っ込むのを止めよう。それこそ、死に直結してしまう。
俺は馬に鞭を打って馬車を動かすと、退路の方だけ妙に瓦礫の数が少なくなって平らに近くなっていた。
「さっき、俺が南方の通り道の瓦礫をこの魔法の剣で吹き飛ばした」
「ふ、フルト。お前、凄いな! 助かるよ」
こうして、ようやく出発した。オルディン公国跡地へたどり着く間、後部座席に座っているふたりはだいぶ疲れているみたいで、ぐっすりと寝ていた。
魔物や勇者崩れらの襲撃もなく、変わりゆく空の景色を堪能することができた。
のどかな空気になったまま南方の道を進む。だが待っていたのは、不自然に静かなオルディン公国跡地だった。
夕焼けに染まった跡地は、崩れかけの壁も家もレンガも、血の跡のように見えるほど赤かった。
本来、ここで時計塔の広間で退路を守っていたはずの勇者パーティーの姿はなかった。
ただ、虫や鳥の鳴き声が虚しく聞こえるのみだった。
「おふたりさん、そろそろ着くから警戒しておけよ!」
「ひゃい!」
「おい、後ろから座席蹴るなよ! はしたないぜ、お嬢ちゃん」
俺が声を張り上げると、後ろの席に座っているリリアーナが飛び起きた。
「す、すみません。フィンジャックさん」
「まぁ、いいさ。それよりも、なんか様子がおかしいぞ」
ここで待機している勇者パーティーは、女性だけで構成されたアブソプタパーティ。
彼女らの甲冑には”二羽のワタリガラス”の紋章が刻まれていた。
ドワーフ軍国直轄のワタリガラス旅団指揮下の女だけで編成された一個小隊の一つ。
腕は確かだが、妙に従順すぎるのが気にかかる。
⋯⋯今冷静に考えると、勇者崩れとの戦闘時に狼煙をあげるようリリアーナに指示したのは間違いだったか。
「全く、笑えるよな。ワタリガラスは未来を見通す鳥の神話だってよ。でも後年に付け足されたんじゃないかって説もあるらしい。だとしたら、あいつらは信用するの間違いかもな」
「ちょっと!まだ彼女達が裏切るなんて決まってないじゃないですか!それに、彼女たちはローレンスを警戒してたじゃないですか」
「それはそうだが」
「リリアーナさん、フルト。どうやら今回の喧嘩は引き分けのようだな」
「「え?」」
俺は思わず後ろを振り向くと、フルトが怪訝な顔で奥の右側の公園を指差していた。
その指先を目で追ってみると――。
「し、囚人どもめぇ!ここで刑を執行する!」
「はぁ⋯⋯。ローレンス様の理想の国をみたかった」
甲冑に刻まれた二羽のワタリガラスが、赤く濡れた床の上で互いに嘴を突き立てるかのように。
彼女たちは、味方同士で殺し合っていた。
血の滴る刃先が床を赤く染め、ようやく一人が崩れ落ちる。残った者たちの目が、次に俺たちへと向けられた。
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