第7話 言葉の戦場

「ローレンスが魔王の首を持ってシルヴァンディア王国へたどり着くには一週間。いや、魔法でどうにかすれば三日くらいかかるだろう」


「そうだな」


「お前たちに、奴らよりも早く移動する魔法はあるのか?」


「……ないな」


「わ、わたしもありません」


 俺の問いかけに、二人は俯いて瓦礫に座った。よし、第一関門は突破したな。俺はすかさず、魔王城のテーブルらしき木片の上に地図やら荷物管理で使うメモやらを並べて説明する。


「まず、北部の奥にある魔王城。その周りを囲うようにそびえるオーデン山脈。空には何十種類のドラゴンやワイバーンが日々縄張り争いしているから、飛行魔法での移動は困難。安全なルートは南方のオルディン公国跡地」


「だが、周辺に勇者崩れが住み着いてて、ローレンスのトラップ魔法がまだ残っている可能性が高い⋯⋯今いる仲間が無事で


「フルト。それでも、安全に乗り越えるならここだけだ。他のルートだとオーデン山脈を越えるか断崖絶壁の海に飛び込むしかない」


 俺はオルディン公国跡地を指差しながら説明を続ける。この時点で昼を迎えていて、空にドラゴン達が俺達を避けるように飛び交っていた。


 多分、リリアーナの女神様の力を避けているんだろうな。


「で、何事もなくここを通過しても、歩いて二週間から一ヶ月かかる。その間に、奴の国乗っ取りは成功するだろうな」


「そうなる前に、勇者崩れ共から馬を奪うか、お前の言い方次第で殺して奪うとしよう」


「まぁ、待て。俺をここで殺して奪ったら、安宿どころか食料すら買えなくなるんだぜ? いくら金を稼ごうが。他の荷物管理人を雇おうが」


 フルトの笑みを見て、血の気が凍った。それでも、反論して自分のペースを保つ。


「ふ、冗談だ。だが、食料すら買えなくなるとは?」


 いや、冗談じゃなくてマジでやる顔をしてただろ!


 震える手を隠しながら平然を装う。


「奴が国を乗っ取った後で、俺達が生きているって事を知ったら真っ先に賞金をかけるだろうな。そうなったら、宿


「そ、そんな!」


 リリアーナが真っ青な顔になり、冷や汗を額から流す。あ、もしかして、この女の子って怖いのが苦手な普通の娘なのか?


「シルヴァンディア王国だけじゃない。奴が何処まで周辺諸国に根回ししてるかは知らんが、このまま時間が経てば経つほど何も出来なくなって⋯⋯」


「なって⋯⋯」


「一ヶ月以内に野垂れ死ぬか、勇者ガレムリンと同じ末路を辿ることになるな」


「キャアアア!!」


 白目を向いて死んでいるガレムリンの死体を俺が指さして驚かすと、リリアーナの姫が鳴り響き、俺達を避けていたドラゴン達は蜘蛛の子が散らすように逃げていく。


 ドボン! ドボン!


 それと同時に、ドラゴンの糞が瓦礫にまばらに降り注ぐ。


「うわぁ!」


 そのうちの一つが俺のいる目の前に落ちてきた!


 あぁ⋯⋯。うんこだけに、運が悪いな、これ。


 だが、リリアーナの自動防御魔法が発動してドラゴンの糞が槍の様に変化して糞を捻り出したドラゴンの元へ戻っていき――。


「ギャオオオオン!!」


 や、槍がレッドドラゴンのケツに突き刺さって悶絶し、墜落していくだとぉお!!


 レッドドラゴンが頭から瓦礫に墜落した瞬間、衝撃波と共に、鼻を殴るような匂いが襲ってきた。


「うぐっ、クセェッ!」


 それ以上は言葉にならなかった。


 地面が揺れていき、俺はずっこけた。


「痛ぇえ!」


 ズッコケた拍子に、俺は鼻をぶつけて鼻血がドバっと出た。

 あぁ、また最悪な運を引き当てちまうなんて。


 鼻血が出たまま立ち上がると、フルトがあまりの臭さで嘔吐しててリリアーナが介抱している。


「大丈夫ですか? フルト」


「うぇえ⋯⋯。いや、何とか大丈夫だが。それよりも、レッドドラゴンにトドメを」


 フルトが体勢を立て直してから、腰を蛇みたいにくねらせて悶絶しているレッドドラゴンに向かって走り出した。


「ギャオ! アァア! ギャ」


氷の飛ぶ斬撃を出す魔法ラヴィオ・フレーヴェン


 フルトが呪文を唱えながら剣を振ると、凍った斬撃がレッドドラゴンの逆鱗に向かって飛んで命中し、首が氷漬けになった。


「ギャオオオ⋯⋯オォオ!」


 首が凍って息が出来なくなったレッドドラゴンはのたうち回るが、次第に魔力も力も衰弱していって息絶えた。


「さて、フィンジャック。話の続きを聞こうか」


「お、おう」


 何だよ、この切り替えの速さは。お、俺も切り替えて交渉しないとまずいな。俺は鼻血が出たまま、レッドドラゴンを倒したフルトを説得しにかかる。


 ⋯⋯そうでもしないと、ドラゴンの糞の匂いで頭がおかしくなりそうだ。


「お、俺は一級荷物管理人だ。もしも、奴が俺達を賞金首にかけたり追放したりしても、各国の荷物管理協会を通して王国の内情を把握している。そこを突けばローレンスを打倒出来る」


「ほう、自信はあるんだな」


 フルトの表情は明るくなり、リリアーナもその気になっていた。


「それだけじゃない。俺は運が悪いのと戦闘はからっきしだが、荷物管理から商人や宿屋の手配、貴族や王族との交渉まで出来る! もちろん、お前たちが魔物や魔族、人間と戦っている間、お前たちの食料も衣服も守って見せる!」


「交渉できるとするなら、もしかしたら私たちを受け入れてくれるのですか?」


「リリアーナ嬢。万が一受け入れ先がなくとも、荷物管理協会がおふたりの居場所を探して見つけてくれる」


「そ、それならフルト」


「あぁ、それが本当ならな」


 俺の力強い言葉にふたりは頷くが、それでもフルトは警戒していた。


「じゃあ、こうしよう。リリアーナ嬢、おふたりを雇う前金代わりに、この綿布袋を全部君に」


「えっ……!」


 俺が馬車にある綿布袋の一つを取り出してみせると、リリアーナの目が一瞬で宝石みたいに輝いた。


「ま、まさかこれは生理用品!」


「あぁ、遠征で一番大事な“日常の安心”を守る品だ」


 リリアーナは袋を抱きしめるように受け取ると、ふっと笑った。


「分かりました。フィンジャック、貴方を雇います」


 フルトは呆れた顔でため息をついたが、俺は心の中でガッツポーズを決めた。


 ――言葉の戦場、俺の勝ちだ。


 こうして俺は、女の子の“日常の安心”で命を買った男になった。

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