永久の泡

ゆえび

第1話 朝と海

完全に日が沈んだ砂浜で、僕は1人立ち尽くしていた。今は全てが、遠い記憶のように思える。


――波の音だけが響く夜、君がいる明日はもう来ないことを知った。



目が覚め、時計に目をやると6:00と記されている。あと30分は眠れる――と思い、隣で寝ていたカイに身を寄せすぐに眠りについた。


ぼんやりと意識が覚醒して、最初に目に映ったのはベッドの端に座る海の後ろ姿だった。

「…おはよ」

上体を起こしながらいつものように声をかけたが、返事はない。

時計に目をやると6:00と記されていて、僕はまだ起きる時間じゃないなと思いながらベッドを出た。その瞬間、海が僕の腕を掴む。

「なに?」

「…」

海は何も言わなかった。

「…え」

その表情が見えたとき少し、いやだいぶ驚いてしまった。海がらしくもなく泣きそうな顔をしていたから。

理由なんてわからない。けれど今は何も聞いてはいけないような気がして、宥めるようにその背中を撫でた。



海と出会ったのは、5年前。

僕が港町に引っ越してきた頃だ。

祖母の家で暮らすことになり、静かな日々を過ごしていた。

ある夜。

夕飯の最中、玄関の戸を叩く音がした。

「こんばんは。魚、貰ってくれないか?」

現れたのは明るい金髪の青年で、祖母は彼を見ると嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「あら、ありがとう」

高い背に、深い緑の瞳。西洋人に見えるが自然な日本語を話す様子に妙な感じがした。

「そっちのは?」

パチリと目が合った瞬間、そいつは僕に興味を示したのかそう聞いてきた。

「孫よ。ほら、挨拶して」

祖母に促され「綾人」と簡素に答える。

「俺は海。お前いくつ?」

「17。もうすぐ18になるけど」

「俺19。じゃあ一個下か」

そう言って、海はにっと笑った。

それが最初の出会いだった。



海は何故か、毎日のように顔を出すようになった。その度にしつこく話かけてくるから、正直うんざりしていた。

「なんでこんなに来るんだよ」と聞くと、

「そりゃ、綾人に会えるから」と笑うもんだからどれほど呆れたことか。

「何ぼーっとしてるんだ?」

当然のように僕の隣に座っていた海の視線にはっとする。

「してない」

「嘘つけ」

僕はまだこの男を信用出来ずにいた。言葉遣いや態度から明るい印象を受けるが、緑色の瞳はいつも曇っているように見えた。

僕と同じ、嘘つきの目をしている。




翌朝。頬をつねられた感触で目が覚める。

視界に海の姿が写った。僕の頬をつまんで笑みを浮かべている。

「おはよう」

「…は?なんでここに?今何時だと思って」

部屋は薄暗く、まだ朝日も登っていないようだった。

「いいからついて来てくれ。早く」

布団を頭から被り2度寝しようとするも阻止される。訳もわからぬまま、海に手を引かれた。坂道を上り、階段を駆け上がる。

目的地に到着したのか、海が立ち止まった。

「綾、手」

一瞬迷った末、僕はその手を取り最後の段差を登る。

その瞬間、朝の光が視界いっぱいに広がった。

「……!」

海の向こうから朝日が昇り、街が光に包まれていく。

「…すごい」

それは、僕が今まで見たどんな景色よりも綺麗だった。

「俺、この景色が1番好きなんだ」

朝日に照らされた瞳は若葉のように澄んでいて、初めて彼の本心が見えた気がした。

「ふーん。でもなんで急に連れてきたの?」

僕は景色に視線を戻し、呟く。そうは言っても気分は良かった。

「今日は特別な日だろ?」

「特別?」

海は僕を見て、柔らかく笑った。

「誕生日おめでとう」

一瞬、時間が止まった。

「…ありがと」

照れくさくなって、僕は顔を背けた。



それが、僕が初めて海と過ごした朝だった。


僕は思い出の場所で海を眺める。もう海は隣にいないし、朝日が登る事も無いだろう。

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