第7話
「──なるほどねぇ、それは蒼流が悪いよ」
そんな台詞が響いたのは、珍しく客足が途絶えた夕方の店内だった。
「ですよね? 少しくらい相談に乗ってくれても……」
放課後。
いつもと同じくホームルームの終わりと同時に速やかに教室を出た俺は、一足先に昇降口で待ち伏せしていた藤宮に捕まってバイト先の喫茶店まで案内させられた。
しばらくは他の客と同じように静かに過ごしていた藤宮だったが、店長が話しかけてからはなにかと俺について話しているようだ。
どうも店長は、俺と彼女が一緒に来たところを偶然見ていたらしい。
「──ところで、風海さんも彼女さんはいらっしゃるんですか?」
「いるにはいるけど最近あんま上手くいってなくてさぁ〜」
この喫茶店を営んでいる店長の
それこそ、こうして店の手伝いをすることになるまでは存在を知らな…………いや、顔を合わせる機会もなかったくらいに。
「──ほお、美紅とはもう会ってるのか」
「結構連絡取り合ってます」
「蒼流と違って、素直で良い子だからな〜」
普段から俺に仕事の大半を任せては、常連客とコミュニケーションを取ったりするような明るい性格の人だ。
喫茶店らしく、静かに過ごしたい人にはちゃんと気も遣えるから接客に向いてるのは間違いないだろう。
でも多分、俺のことを時給さえ上げれば忠実に仕事をしてくれるロボットか何かだと思っている。
その証拠に今もこうして、仕事を俺に投げては顔の良い女子高生に鼻を伸ばしてるわけだから。
それはそうと静かな店内で聞こえてくる二人の会話に、俺は妙な違和感を覚えていた。
「──いやぁ、それにしても蒼流がこんな美人な彼女連れてくるとはなぁ」
「風海さんの彼女はどんな方なんですか?」
「うん? そうだな……。あ、写真見る?」
「はい、ぜひ」
どうやら気の所為ではなさそうだ。
一体いつから俺は藤宮と付き合ってる事になったのやら。
そしてなんで藤宮はそれが当然であるかのような表情で受け入れているのだろう。
悲しいかな、俺が今ここでどれだけ否定の言葉を並べ立てようとも、照れ隠しにしか捉えられないのが現実だ。
美紅の時と同じで、藤宮が真っ先に否定しない時点で俺が何を言っても無駄なのだ。
「あ、てか、そっちは写真とかないのか?」
「蒼君が撮ると思いますか?」
「あー……ねえなぁ〜」
どうして藤宮がそんな手際良く誤魔化せるのかも分からないし、そもそも誤魔化す必要もない。
もしかしてこれは昼休みの時の仕返しなのか、とも考えたが、美紅の時もやっていたので恐らくそういう性格なだけだ。
そうやって人をからかう事に愉悦を覚えてるのかも知れない。
もしくは単に俺に嫌がらせをしているだけか。
どちらにせよ、周りに後で何を言われようと俺の知ったことじゃないけど。
「んっ、おーい蒼流、エスプレッソとスフレチーズケーキ……あ、鈴葉ちゃんも何か頼みなよ」
「いえ、今あまり手持ちないので……」
「いいよ全然、今日は俺持つから」
と言いつつも、店長は俺に視線を向けてきた。
どうせ俺の給料から差し引いておくんだろうなと察して、内心でため息をこぼす。
「えっと、それじゃあ……頂きます。蒼君、私も同じ物貰えるかな」
遠慮気味な表情で注文する藤宮に毒気を抜かれ、俺は普段どおりに対応をする。
「……かしこまりました、少々お待ちください」
「おい蒼流、こういう時くらい笑顔で対応しろよな」
貼り付けた笑顔で雑にやるくらいなら、表情死んでても丁寧にやれって指導したのは店長だ。
仕事に慣れてきたなら貼り付けた笑顔でもいいから営業スマイルやってみろってことなのだろうか。
こちらを見てる訳でもない客の為に日々笑顔を作る接客業っていうのは、なんとも虚しいものだな。
俺は厨房にいるほうが性に合っている。
「……そう言えば蒼君の笑った顔見たことないかも……」
「大丈夫だ鈴葉ちゃんよ、俺も蒼流が笑ってんの見た記憶ねえから。いっつも辛気臭え顔してんだよ」
わざとこっちにも聞こえるように言っているのか、店長は声のトーンを変えずに話を続ける。
「嬉しかろうが辛かろうが悩んでようがおくびにも出さないからな、あいつ。俺と違って美形なんだから、ちょっと取り繕えば人も寄ってくるだろうによ」
俺に向けての軽い嫌味が混じっているので、あの店長は間違いなく聞こえるように言っている。
「まあなんだ。性格は面倒くせえけど、悪い奴じゃねえからさ、気長に付き合ってやってくれ」
「大丈夫です。優しい人なのはよく知ってますから」
「おう、そうか」
しっかり会話が聞こえてくるせいで、若干ホールに戻りにくい気分になったものの、今はまだ仕事中なのでそこは割り切って注文された品を持っていく。
「……お待たせしま」
「──あと覚えは早いのに、一人だと勉強とか仕事覚えるのとか出来ない質だよなぁ」
それはただの悪口なのではないだろうか。
絶対に今ここで俺の言葉を遮ってまで言う必要はない。
「蒼君って勉強苦手だったの?」
「……別に。監視いないとやる気起きないだけ」
「一人だと別のことに手を付けちゃうわけか」
あとは誰かに教えてもらう方が圧倒的に頭に入るのが早かったりもする。なんにせよ一人でやるのには向いてない気質だ。
その癖、あまり人と一緒に協力して何か行動するのは得意じゃない自覚もある。
だから精神的にはほどほどの距離感を保っていられる白谷との友人関係は上手く行ってるわけだが。
逆に言うとあのくらいカラッとした奴とじゃないと上手く馴染めないのかも知れない。
そう考えると今ここにいるご機嫌な藤宮より、学校で皆に見せているサバサバした彼女のほうが上手く付き合える気はする。
なんて思ったあたりで、ふと気になった。
「……藤宮、昼間と違ってなんか、妙に楽しそうだな」
「へぇ、そう見える?」
「そう見えるからそう言ったんだけど」
「ふふっ。君はどこに行っても同じなんだなって思って。察してはいたけど、改めて実感したというか」
改められる認識を持たれるほど藤宮と同じ時間を共有した記憶はない。
ただ、一つ合点がいった。
確かにそうだよな、と。
学校からの帰りでバイト先までついて来る女の子が居たら、先入観なしで見ても付き合ってんのか?って思う。
藤宮がこうやってそれっぽい言い回しばかりするから、尚更。
でも、それで、普段は互いの話なんて全くしない店長──いや、静留さんが自分の話をしたり、俺について思っている事を吐露したりするのは新鮮だった。
そういう意味では寧ろ意外だったこともある。
学校だと誰に対しても警戒心剥き出しなのにうちの店長は平気なんだな、と。
「あ、さっき何気に話してたけどよ、二人ってクラス違うんだろ? いつ知り合ったんだ?」
少し話して今度は馴れ初めが気になり始めたらしい。余計な深入りをしたがるのは人の性だろうか。
「えっとそれは……」
そこで初めて、藤宮が言葉に詰まった。
彼女は自分の弱い部分を話すことに抵抗がある。それはこれまでの短い付き合いと、日頃の振る舞いから察していた。
「知り合ったタイミングで言うと、店長と大差ない頃だけど」
藤宮がボロを出す前に俺は代わりに答えた。
「は? マジで? うわ〜じゃあ入学してすぐかよ」
返す言葉に困っていた藤宮は、今度は少し困惑したように眉をひそめていた。
何となく分かっていたけど、春先のことを覚えているのは俺の方だけらしい。
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