ひとになるとき
白菊
彼
神は彼をつくった。地上に彼をつくり出した。今、この瞬間のことである。
神は彼を〝彼〟と表すにふさわしい形を、彼に与えた。つまりは
彼は首の中には声帯を持ち、またそれを動かす筋肉も持っていた。
彼は誕生と同時に、その體に黒服を着けていた。黒の、前に
腰より下も、黒の生地によって覆われている。二股に分かれた下半身用の服である。その生地は
彼の足は黒い
彼はこうした形で、直立のなりで乾いた土に横たわって誕生した。彼は呼吸して、體を動かして起き上がり、足で立った。
彼は空気が動いて鳴るのを聞いた。風だった。
彼は、視界の端で動くものを見た。虫だった。
彼は鼻腔から刺激を受けた。——匂いだった。
どれも不要であり、
何事も起こらなかった。日が沈んでいった。體が当初と様子を変えていた。彼は脚の関節を曲げて、地面に
彼は眼瞼を開いて空を見つけた。それから理解した。行なうべきことを行なうのには、このままでいては効率が悪い。
體を動かして、立った。脚を動かして、先へ足をついた。広大な場所に対して小さな一歩を、規則正しく繰り返した。
次第しだいに風景が栄えてきた。遂に町へ出てくると、膨大な情報が彼を飲み込もうとした。彼は足を止めて、見て、嗅いで、聞いた。存在と匂いと音とを適切に結びつけた。
右方でドアが勢いよく開いた。がたいのいい男が飛び出してくる。「まったくあいつぁこんな時間までなにをしてるってんだ!」
彼は男を見た。男は彼に気づいて「ちょうどいい!」と声を上げた。「ちょっとうちの店を手伝ってくれないか!」
彼は頷いた。それで、「奥へ行ったら、おれの世界一の美人な妻がいるから、そいつに声をかけてくれ!」と男に押し込まれるままドアの中へ
彼はその通りにした。
「あら、どちら様? ああ、本当なら帰っていただくべきなのだけれど、今はちょっと勝手が違うの。とっても忙しくてね、手伝ってくれるかしら!」
彼は頷いた。
女も頷いた。「ありがたいわ! お皿を洗ってくださる? どんどんくるから、手際よくお願いね!」
彼は頷いて、「あっちよ!」と女の指先が向けられた方へ向かった。
流し台にたんまりと食器が置いてある。彼はその場の様子を見て、流し台へ突き出した棒の根元の右側についたものを動かした。流し台に突き出した棒の先から水が出てきた。それを見ているうちに、がしゃんと音を立てて食器が追加された。
彼は理解して、青い長方形なものを手に取った。濡れていて、揉んでみれば泡が出てくる。そばになにか長細い容器があった。それを見れば、食器の洗浄に使うものらしかった。
彼はその容器の中身を含んでいるらしい長方形なもので皿を洗った。手際よく、と女がいったから、その通りにした。
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