男女比が壊れた世界でギスギスする話
月島しいる
1章
第1話
「
「うん。ボクは大丈夫だから」
気遣うような声に、苦笑しながら
ずっと引きこもっていた為か、肌が白く身体の線も細い姿は、一見すると少女のようにも見える。
「入学日くらいは頑張らないとね」
その様子に、
名門高校の一つで、
中学時代は殆ど登校しなかった
「
「はい。この壮麗な校門は明治の半ばに建てられたもので、重要文化財にも指定されています。
どこか誇らしそうに母校を紹介する補佐官と雑談しながら、周囲に目をやる。
新入生らしき女子生徒たちがちらほらと見えた。そして好奇の視線。
白雪学園の男女比は1:30。外の世界に比べれば遥かに男比率は高いが、もの珍しい事に変わりはない。
中学時代の
純粋だった小学生の頃は気にならなかった。しかし、成長と共に徐々に性的な視線を感じる事が増え、中学での事件をきっかけに耐えられなくなった。そして、ついには学校への登校が難しくなった。
それが中学三年生の冬、事故で昏倒した時に前世の記憶のようなものが蘇り、それからは不思議と平気に感じられるようになっていた。
「ん?」
ふと、足を止める。
校門近くの自販機の前で、身を屈めて何かしている女子がいた。
「大丈夫? どうしたの?」
「鍵を落としてしまっ……て……」
振り返った女子を見て、
見た事がないほど美しい少女だった。
ハーフアップにした黒髪に、切れ長の双眸。そして、良家の出身と思われる所作。
一瞬、彼女の顔に見入ってしまった
自販機前の側溝に鍵が落ちてしまったようだった。溝の上にはグレーチングと呼ばれる金属製の金網が被さっていて、簡単には取れそうにない。
「んー、特殊なネジで固定されてて金網は取れそうにないね。教務の人に言えば後から取って貰えそうだけど……」
「あの……?」
固まっていた女子が、お弁当箱を見て戸惑った声をあげる。
「あ、いけそう」
中に落ちていた鍵を上手く引っ掛け、引き上げる。
「はい、どうぞ」
「も、申し訳ありません。男性にこのような事を!」
取り出した鍵をハンカチで拭ってから手渡すと、女子が更に恐縮したように頭を下げた。
「ク、クリーニング代はお出ししますので!」
「それより時間大丈夫? 女子は先にオリエンテーションがあるよね? もう行った方がいいよ」
入学日と言っても、全校生徒が集まるような入学式はない。
男子と女子に別れて入学オリエンテーションを受けた後、それぞれのクラスで顔合わせとなる。
頭を下げたまま動かない女子を見かねて、
「本当にありがとうございました! 後日お礼に伺いますので、お、お名前だけでも!」
「
「……え?」
思わず漏れた言葉に、女子が不思議そうにする。
「ボク、最下位クラスの人だから」
◇◆◇
「以上の通り、クラスポイントによりクラス順位が変動します。Aクラスの皆さんにこれ以上の昇格はありませんが、クラス選択権、及び確定権の行使の為に常に努力が求められます」
そして、彼女の前の空席には同じく
(さて、これはどういう事かな?)
成績は優秀で、人の上に立つ者として常に相応しい行動を見せる。少なくとも、入学日から休むような人間ではなかった。
休校の理由としては家人の不幸くらいしか思いつかなかったが、十八家の人間に不幸事があれば乃愛にも何らかの情報が届いているはずで、この空席はどうにも不可解だった。
「次に、一年生としてご入学された男性について。今年度は11名の男性が入学されました。Kクラスまで編成され、Aクラスの皆さんは一度だけ自由に選択権を行使する事が可能です。ただし、【お手付き】になった場合は選択権が消失し、以降は他のクラスに移動する事ができません。くれぐれも軽率な行動は慎むようにしてください」
教室前面に、各クラスに編成された男子生徒の顔が浮かび上がる。
それまでの退屈そうなクラスの雰囲気が一変し、どこか浮足立ったものになる。
「男子生徒の成績については、学内サイトにログインする事で閲覧可能です。もちろん、これらの情報を学外に流した場合は退学処分となり、場合によっては刑事罰の対象にもなりえます。電車やカフェなど公共の場での閲覧は絶対にやめてください」
オリエンテーションが終わるまで後20分。一色雫はまだ来ない。
「当然、女子生徒の成績も男子に公開されます。中等部の成績から、家族構成、過去の選択権の履歴、全てが記録として残ります。特に選択権の行使については注意してください。男子生徒は通常、過去に自分以外のクラスに選択権を行使した女子を敬遠します。少なくとも、一年生の間に使う事は避けたほうがいいでしょう」
同時に、任意の下位クラスへ移動するクラス選択権が与えられている。
と言っても、この選択権は通常、使われる事はない。
わざわざ下位クラスに移動するということは、下位クラスに所属する男目当てという意味であり、一度でも選択権を行使すれば他の男から相手にされる事がなくなり、今後の学園生活での潰しが効かなくなる。
一年生によってこの選択権が行使されるのは往々にして、クラスの男子との折り合いが致命的に悪い場合のみである。
「さて、それでは皆さんが一番気になっているであろう男子生徒についてさらっとご紹介しましょうか」
「まずはこのAクラス。
高校生にして三等市民まで上がっているのは上昇志向が強い証拠。補佐官の交代回数は、気難しさの表れ。神経質な可能性が高い。
「次にBクラス。
クラス内が、静かにどよめいた。
高校入学前にお手付き回数16回というのは、かなり多い。
つまり、相手にされやすい。
「Cクラス。
暴力事件が3回。間違いなく問題児だった。
しかし映し出されている顔は整っていて、クラスの何人かが熱の籠った視線を向けていた。
「Dクラス――」
そこから先は、
平均的な男子生徒のデータがただ読み上げられるだけ。
特に下位クラスに近づくにつれ、女嫌いなどの特記が増えていく。
どこか浮足立っていたクラスの雰囲気も次第に落ち着き始めていた。
「最後、Kクラス。
映し出された顔写真に、
中性的な顔つきに、優しそうな目元。他の男子生徒に比べ、明らかに突出した容貌をしていた。
女性恐怖症という情報から、この見た目のせいで過去に何か怖い思いをしたのだろう、と当たりをつける。
(もったいない)
補佐官交代数が0回、という情報を見て思わず
幼少期や反抗期の男子は大体、癇癪を起こして一度は補佐官を交代する。0回というのはひどく珍しいものだった。
きっと、穏やかな性格なのだろう。
女性恐怖症さえなければ真っ先に選んだのに、と思いながら他の男子生徒について考えを巡らせた。
気乗りしないが、これから三年を通して消去法で絞らなければならない。
(あるいは……)
優秀な血を残すのが始国十八家の長女としての義務だった。
そして、同じ義務を負っている一色雫の席に目を向ける。
オリエンテーションが終わろうとしていた。
◇◆◇
1年Kクラスに配属された
(これは……当たりかも)
Kクラスという最下位に配属された
そういう意味では、無害そうな男子のクラスに当たったのは運が良かった。
直接関わる機会はなくとも、遠くからその愛くるしい姿を眺めるだけでも
「それでは、何か質問ありますか?」
いよいよオリエンテーションが終わる雰囲気を感じ取り、クラス中がそわそわし始める。
「なければ、
担任の教師が戸口に向かい、廊下に向かって小声で何かを言う。
直後、一人の男子生徒が教室に入ってきた。
(……写真より綺麗な顔)
教室の空気が、変わった。
その視線は、好奇と警戒、そして微かな熱を孕んでいた。
制服に身を包んだ彼の姿は、どこか儚げで、しかし不思議と目を引く。
白い肌に、整った顔立ち。肩まで届く柔らかな髪が、窓から差し込む光を受けて淡く輝いていた。
担任が促すように手を差し出す。
「では
その動きに合わせて、教室の空気がさらに張り詰める。
「はじめまして。
声は静かなのに、どこか堂々とした立ち振る舞い。
前情報と異なる姿が、女子たちの関心を強く引きつけた。
(本当に最下位クラスの男子なの?)
通常、彼女のような"最下位クラス"の女子にとって、男子と関わることはリスクだった。
だが、それでも――
(誰にも渡したくない)
その感情が、胸の奥から湧き上がってくるのを、
「それでは、中央の席についてください」
「はい」
担任に促されるまま、
男子に用意された中央席。
誰もが言葉を発しないまま、彼の一挙手一投足に意識を向けている。
「では、女子も自己紹介を。窓際からにしましょうか。30秒ほどで短くまとめてくださいね」
「は、はい。
その時、教室の戸口からノック音が響いた。
担任が怪訝な顔をした後、どうぞ、と声をかける。
「
「……選択権を?」
突然の乱入者に、クラス内がざわつく。
(クラス選択権? 初日から?)
クラス選択権は、一度しか使えない貴重な権利だ。
所属しているクラスの男子と折り合いが悪い場合、もしくは本命の男子が決まった後に使うもの。間違っても初日のオリエンテーション前に行使する権利ではない。
ましてや、ここはKクラス。最下位クラスに自分から移動するなど、通常はありえない。
(しかも……
庶民の
名家がこのような動きを見せるなど、ますます不可解だった。
クラス中が困惑した視線を向ける中、
「お騒がせして申し訳ございません。机が届くまで、後方で立たせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。そうね。席もないし、申し訳ないけれどそうしてもらえるかしら」
対応に困り果てている担任に自ら助言した
「で、では。
「……はい。繰り返しになりますが、
自己紹介が再開された教室の空気は、どこか落ち着かないままだった。
女子たちは、ちらちらと後方に立つ
彼女の存在は、あまりにも異質だった。
始国十八家の家名を背負う者が、最下位クラスに自ら降りてくるなど、前代未聞。
その行動の意味を、誰もが測りかねていた。
自己紹介は順調に進み、窓際の列から始まって次第に中央へと移っていった。
その間も皆の視線は、後ろの
その堂々とした姿に、
178cmの身長は、クラス内でも目立つ。
男子の前ではいつもこうして小さく見せようとするのだが、効果は薄い。
右隣に座る
彼の柔らかな髪、見た事がないほど整った顔。
女性恐怖症という情報が本当なら、
「次、
担任の声に、
立ち上がろうとして、足がもつれそうになる。
ゆっくりと席を立ち、クラス全員の視線を感じながら声を絞り出す。
「か、
話を30秒繋ぐ事もできず、すぐに切り上げて着席する。
顔が熱い。
◇◆◇
そのまま何事もなくオリエンテーションが終わり、その日は解散となった。
しかし女子生徒は誰一人、席を立とうとはしなかった。
互いを牽制するような沈黙の中、
最初に沈黙を破ったのは、
「
「えっと……朝の」
「はい。
「ううん、そんな大したことじゃないよ。それより、クラス選択権を使ってここに来たって本当?」
クラス内の女子全員が、遠巻きに
「はい。どうしてももう一度
名家の娘らしい、自信に満ち溢れた宣言。
周囲の女子たちの視線が、鋭くなった。
「気持ちは嬉しいけど、実は今はそんなに女性が怖いわけじゃないんだ」
「そうなのですか? では、よろしければこれからカフェでお茶でも……」
諦めずに距離を詰めようとする
それを察したのか、
「ごめんね、今日はちょっと緊張して疲れちゃったからまた今度でもいいかな?」
「気が回らず申し訳ございません。ではまた後日」
これで今日のところは抜け駆けしようとする者はいなくなるだろう。
目立たないようにゆっくりと席を立ちあがる。
「わ、
どくん、と心臓が跳ねた。
気が抜けていた。
振り返ると、ニコニコと無邪気な笑顔を見せる
「え、あ……ご、ごめ――」
「モデルさんみたいでかっこいいね」
出会いからまだ一時間。
交わした言葉は10秒にも満たない。
けれど、確かに彼女の中で、
誰にも取られたくない、と心から思った。
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