第1話 ヴァロア公爵家の長男

どうもみなさん初めまして!

ミアと申します!


なんとこのわたし、あのヴァロア公爵家のメイドになりました!


叔母であるビーさんのおかげです!

お給金がいいこのお仕事につけて、本当に感無量です。


ですが、そんな簡単には気を抜けません。

今日は何といっても、初めてのお仕事。


担当は公爵家嫡子、ヴァロア・ジオスティ様の自室の周辺。

ジオスティ様はまだ五歳。

家族と会えない日々が続いていると聞いてます。

仲良く……とは無礼に当たるかもしれないのですが、それなりの関係を築けたらいいな!


緊張と期待に、胸が高まります!


よしっ、お仕事頑張るぞー!




   ・・・




「お前はクビだ。」

「へぇ……?」


はあ……。

こいつは凡夫の中でも特に凡夫だな。


「ミア……といったか? まず、始業開始から十三秒遅れていたな。これはいけない。せっかく民の血税から賄われているの、いい加減に仕事をされても困る。あとここを見ろ。窓に掃除の時の水滴が残っている。なんだこれは? こんなのでは外がよく見えないではないか。それに言葉遣いもたどたどしい。学校に通っていなかったのか? 足の運び方からなっていない。なんともはしたないな。そんなのでよく我が公爵の財産に足をつけようとと思ったな。初業務だったから? そんなの関係ない。いくらメイドとはいえ、我が公爵家の一員に変わりはない。それが不良品とは、公爵家の品格が損なわれる。そいつを推薦したビーも良くないな。おい、ライオット。新規のメイドとして二人雇え。お前の眼がいいことを願っているぞ?」


呆けているミアをよそに、執事の一人であるライオットはこの場から立ち去る。


「何をやっている? 早く支度をしろ。……その前に、ビーにもこのことをお前から伝えとけ? 安心しろ、一応少しは給金を渡してやる。よかったな? 碌に仕事もしてないのに貰えて。」


ミアは、震える唇から喉を振り絞って答える。


「……ええっと、あ、あの、もう一度、一度だけでいいのでチャンスを下さい。どうか、ご慈悲を……。」

「無理だな。」

「せ、せめてビーさんだけで……も……お?」


ミアの視界は突然、天井を映した。

次に後頭部から衝撃を感じた。


「刑法、第12条、『帝国貴族並び、皇族の尊厳を冒涜した者は、不敬の罪として、肉体刑または死刑として処す。』……と。不敬罪くらいは常識だぞ? ああ、もう聞こえないか。」


ミアの視界は依然として天井を映している。

モノトーンの瞳も映して……。


「ビーの最後の仕事も決まったな。さてと、今日は魔術の先生が訪問する日でもあるな。今度はそれなりに関係が続くといいが……。」




   ・・・




コンコンコンコン。


一見すると質素だが、所々にお金が掛かっていると思われる職人仕立ての丁寧でいて高貴な部屋。


静寂を切り裂くようにノックが鳴り響く。


「エルドリン様が到着しました。」

「そのまま通せ。」


扉は開き、一人の老人が部屋に入ってきた。


「我が名は……。」

「知っているから挨拶はいらない。魔術については書物から学んでいる。よって基礎の部分はいい。教えられることを教えろ。」


なんともせっかちな若者だ。

そうエルドリンは思ったが、顔に出すわけにはいかない。


「では早速ですが、何か得意な魔術を発動してください。」


しかし、ジオスティは顎に手を当てて……。


「ふむ……得意な魔術といった類は無いな。知っているものは全て同じようにできる。」


得意げな様子もなく、淡々と告げられる。


「……ならば魔術の基本であるボール系統。火球を発動してみてください。」

「承知した。」


ジオスティは何かをする素振りも見せずに、ただそこに立っているだけだ……。

と思うとすぐに拳より一回り大きいくらいの火球が生まれる。


それは赤く、紅く、赫い火の玉。


「まさか、無詠唱……!? それに一切淀みのない魔力。神話の芸術とさえ思える術式の美しさ。それ以前にいつ発動した? これが本当に火球なのか……あ……す、すみません。つい夢中になってしまいました……。」

「心配するな。貴方は凡夫だが、魔術の確かに関する知見には目を見張るものがある。なかなかの魔術眼を持っているな。だが、ただ感心しているだけでは教師は務まらないと思うが?」


実際、エルドリンの魔術を読み解く技術は一流だ。

いくら見せるための魔術とは言え、ジオスティの術式を一瞬で解析する芸当をすることが出来たのだ。

彼の域に達するにはかなりの研鑽がだろう。


一般の人間凡夫からしたら。


「ここまでの技量なら教えることはありません……と言いたいところ何ですが……。」


エルドリンは火球の術式を展開した。

ジオスティのと比べたら粗末な作りだが……。


「なるほど。」

「この屋敷にある蔵書の量は素晴らしいのですが、最新の論文などが欠けております。つまり……。」

「まだ教えられることがあると言いたいのか。」


エルドリンは目を輝かせながら火球の術式を消去した。

まるで新しい玩具を手にした子供のように。


「もしかしたら一部資料などが欠けているかもしれません。他にもジオスティ様ほどの技量があれば、新しい魔術を生み出せるかもしれません!」

「ふむ……。興味はあるかと聞かれたらイエスと答えるだろう……。」

「ならばっ!」

「だが、私の貴重な時間を使ってまでのことではない。」

「あ、ああ……。」


しかしその後、失意に沈みかけた目を再び輝かす言葉が飛び出る。


「つまり、魔術を使えばいい。私が生み出した新しい魔術だ。」

「あ、新しい魔術ですか!? それはいったい……。」

「見せたほうが早いな……。」


そう言って、ジオスティの傍から膨大な情報量を孕んだ術式が生まれた。

その術式はやがて、平均的な成人女性ほどの背丈をした人型の何かに変わった。


「これは私がつい数か月前に生み出した、人形を生む術式。ただし、これは普通の人形ではない。この人形は、私の大脳皮質や海馬などと直接繋がっており、こいつが得た知識は全て私のものになるということだ。」

「は……。」


エルドリンは喉が枯れたようにただ口を開いているだけだ。


これが本当なら世界をひっくり返しかねない。

まず、学習能力がある魔術など無い。

それだけではなく、学習した内容を術者に共有することが出来るというのだ。


「とはいえ、この魔術の術式は凡夫には複雑過ぎるから、実用性は皆無だが……。」


パチンと指を鳴らすと、その人形に顔が出来た。

それは初日にして、解雇されたメイドに瓜二つの顔である。


「私ならば可能だ。さて、早速だがこいつに授業を始めてくれ。私は蔵書室に居る。何かあったら呼んでくれ。」


そう言って、ジオスティはこの場から立ち去った。


呆けている魔術師と亡霊の面影を残して。











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