第4話 初めての練習デート
そして週末がやってきた。
カイリは落ち着かない気分で、待ち合わせ場所である中央広場の噴水前に立っていた。
アイラからの手紙には、『休日の恋人らしい服装で来るように』と書かれていた。
カイリは悩んだ末、一番ましなシャツとズボンを着てきたが、これが正解なのかどうか全く自信がなかった。
「はあ……本当にやるのか……」
カイリは深いため息をついた。
これは仕事だ。
ギルドへの貢献の一環だ。
彼は心の中で何度もその言葉を繰り返した。
そうでもしないと、緊張で逃げ出してしまいそうだった。
広場は多くの人々で賑わっている。
楽しそうな恋人たちや家族連れの姿が目に入り、カイリはますます惨めな気持ちになった。
自分は今から、あの最強剣士と「恋人のふり」をするのだ。
約束の時間が近づくにつれて、カイリの心臓の鼓動はどんどん速くなっていく。
アイラは一体どんな格好で来るのだろうか。
まさか鎧姿ということはないだろうが、想像もつかない。
その時だった。
人混みの中から一人の女性がこちらに歩いてくるのが見えた。
カイリは思わず息を呑んだ。
風に揺れる白いワンピース。
普段はきつく結い上げられている銀髪は柔らかく下ろされ、陽の光を浴びてきらきらと輝いている。
それは紛れもなくアイラだった。
普段の堅牢な鎧姿とは百八十度違う、そのあまりにも可憐な姿に、カイリは言葉を失い、その場に立ち尽くしてしまった。
「待たせたな、カイリ殿」
アイラはカイリの前に立つと、少し恥ずかしそうに言った。
彼女の頬はほんのりと赤く染まっている。
その姿は、ギルド最強の剣士ではなく、どこにでもいる恋を夢見る一人の少女のようだった。
「い……いえ!俺も今来たとこですから!」
カイリは慌てて答えた。
しかし、彼の視線はアイラの姿に釘付けになっていた。
「あ、あの……その服、すごく似合ってますね」
思ったことがつい口から出てしまった。
しまった、余計なことを言ったかとカイリは焦ったが、アイラは少し驚いた顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。
「そうか?ありがとう。店の者に勧められるがままに買ったのだが……少し不安だったのだ」
その笑顔に、カイリの心臓がまた大きく跳ねる。
まずい。
これは本当に心臓に悪い仕事だ。
しかし、当のアイラはガチガチに緊張していた。
その歩き方はぎこちなく、まるで訓練場の行進のようだった。
視線もあちこちに彷徨い、落ち着きがない。
「ど、どうすればいい?まずはどこへ行けばいいのだ?」
アイラは小声でカイリに尋ねた。
彼女は完全にパニックに陥っているようだった。
カイリは「これは仕事だ、これは仕事だ」と心の中で三度念じた。
まずは彼女の緊張をほぐすことが最優先だ。
「そ、そうですね。まずは何か飲みながら少し歩きませんか。あそこの露店で美味しいフルーツジュースを売っていますよ」
カイリはなるべく自然な口調で提案した。
彼は露店へ向かうと、色とりどりのジュースの中から一番人気のベリーミックスを二つ買った。
「はい、どうぞ。こういう時は、まず何かをしながらだと会話がしやすいですよ」
カイリは一つをアイラに手渡した。
アイラは「うむ……」と頷きながら、おずおずとジュースを受け取り、ストローを口にした。
その仕草すら、どこかぎこちない。
カイリはその様子を微笑ましく思いながら、「さあ、行きましょうか」と歩き出した。
人通りの多い通りを、二人で並んで歩く。
カイリは当たり障りのない天気の話題などを振りながら、場の空気を和ませようと努めた。
「今日はいい天気ですね。絶好のデート日和というか……練習日和ですね」
「ああ……そうだな」
アイラの返事はまだ硬い。
彼女は人混みに慣れていないのか、周りをキョロキョロと見回している。
その時だった。
前方から来た荷馬車を避けようとした通行人が、アイラの方へよろけてきた。
「危ない!」
カイリはとっさに反応した。
彼はアイラの腕をぐっと引き、自分の内側へと引き寄せた。
アイラの体はカイリの胸にすっぽりと収まる形になった。
ふわりとシャンプーのいい香りがカイリの鼻を掠める。
腕の中の彼女の体は、驚くほど華奢で柔らかかった。
「だ……大丈夫ですか、アイラさん」
カイリは自分の心臓がうるさいくらいに鳴っているのを感じながら尋ねた。
アイラはカイリの胸に顔を埋めたまま、しばらく動かなかった。
そしてゆっくりと顔を上げると、その蒼い瞳を大きく見開いていた。
彼女は驚いていた。
そして同時に動揺していた。
今まで彼女は、誰かに守られるという経験をしたことがなかった。
常に自分が誰かを守る立場だったからだ。
男性にこんな風に庇われたのは、生まれて初めての経験だった。
カイリの自然なエスコートに、アイラは内心で衝撃を受けていた。
そして触れられた腕の部分から伝わる彼の体温に、胸が小さく、そして熱く高鳴るのを感じていた。
「あ……ああ……大丈夫だ……すまない」
アイラは慌ててカイリから身を離した。
彼女の顔は耳まで真っ赤になっていた。
「いえ。怪我がなくてよかったです」
カイリは彼女の動揺に全く気づいていない様子で言った。
彼はただの親切心から行動しただけだった。
しかし、その無自覚な優しさがアイラの心を大きく揺さぶっていることには思い至らない。
「…………」
アイラは黙り込んでしまった。
彼女は自分の胸の高鳴りが練習のせいなのか、それとも別の何かなのか分からなくなっていた。
頭の中が混乱している。
カイリはそんな彼女の様子を見て、緊張がまだ解けていないのだろうと解釈した。
「少し休みましょうか。あそこに素敵なカフェがあります。確かケーキが美味しいと評判ですよ」
カイリは通りの先にあるカフェを指差して言った。
アイラはこくりと頷いた。
今は少し落ち着く時間が必要だと彼女も感じていた。
練習デートはまだ始まったばかりだ。
しかし、アイラの心の中ではすでに「練習」という言葉の意味が少しずつ変わり始めていた。
彼女はまだその変化の正体に気づかないまま、カイリの後ろをついて歩く。
カイリの少し広い背中を見つめながら、彼女は先ほどの胸の温かさを思い出していた。
カイリはというと、「よし、順調だ。この調子でプラン通りに進めよう」と、仕事としてこのデートを完璧にこなすことしか考えていなかった。
二人の間には、すでに大きな認識のズレが生じ始めていた。
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