拾得物報告書 第79号 手帳

年末が近づくと、なぜか手帳の落とし物が増える。

年の変わり目で新しいものに替える人が多いからか、

それとも別の理由か。

三月ではなく、十二月に増える。

理由はわからない。


その日、保管室に回ってきたのは、

黒い無地の文庫サイズの手帳だった。


表紙の右下の角が、少し潰れて白くなっている。

それ以外に特徴はない。


持ち主確認のため一ページ目を開くと、未記入だった。

記入があるのは二ページ目からで、住所欄は空白。

氏名欄には、イニシャルなのか、O.Hとだけ書かれていた。

特徴のない文字だった。


拾得物カードのメモ欄には、簡単に書いた。


黒・無地・文庫サイズ

表紙角潰れあり


外観確認用に写真も撮っている。

角の潰れも、はっきり写っていた。


翌日取りに来たのは、

高そうなスーツを着た男性だった。


平岡 修 《ひらおか おさむ》。

O.Hのイニシャルとも一致する。

所有者確認として中身の特徴を聞くと、

一ページ目が白紙だと迷いなく答えた。

利用経路も、拾得場所と一致している。


手続きを進めながら、

「年末は皆さんお忙しいですから」と声をかけると、

「ええ。気をつけていても、つい」と苦笑した。


返却条件としては問題なかったので、

受付簿にサインをもらい、そのまま返した。


字は、癖のない、中性的な文字だった。


手帳を受け取るとき、

「お手数をおかけしました」と軽く頭を下げ、

少し間を置いてから、

「長く使っていて、手放せないものでして」

と付け加えた。


その時は、特に気になることはなかった。


翌週。

出勤して書類をチェックしていると、

拾得物の中に見覚えのある手帳があった。

表紙の傷、一ページ目白紙、O.Hのイニシャル……全て同じだ。


同じ人が何度も落とすケースは稀によくある。

今回もそんなのの一つだろうとそのまま仕事に入った。


夕方には、手帳はなくなっていた。


自分が対応した覚えはない。

書類を確認しながら、

ふと思い出して、近くにいた同僚に声をかけた。


「あの手帳、取りに来たの?」


「はい」


即答だった。


「今どき珍しい、紳士風の人だったよね」


そう言うと、

同僚は一瞬、考えるような顔をした。


「え?

 いえ、女性でしたよ。

 仕事できそうな感じの」


「……女性?」


「はい。

 物腰は丁寧でしたけど」


それ以上は、特に印象に残っていないようだった。


気になって、受付簿を確認した。


署名は、

《穂積 織乃》。


読みは、ほずみ・おりの、らしい。


イニシャルならO.H。

手帳に書かれていたものと一致する。


受け答えも、手続きも、

おかしなところは何もなかった、

と同僚は言った。


つい、外観確認用の写真を見比べた。

どちらも、同じ手帳にしか見えなかった。


一週間後。

昼休みに外へ出るのが億劫で、駅内の食堂街で済ませた。

そのまま事務所へ戻る途中、床に手帳が落ちているのが目に入った。


何の気なしに拾い上げる。

黒い無地の文庫サイズ。

表紙の右下の角が、少し潰れて白くなっている。


記憶している通りだった。


なんとなく一ページ目を開く。

空白。

氏名欄には、O.Hのイニシャル。


落とし物を拾ってしまった以上、

職務上、拾得物として扱わなければならない。


そのまま事務所へ戻り、同僚に報告した。

拾得者の俺が書類を作るわけにはいかないからだ。


「見覚えある手帳ですね」


同僚はそう言いながら書類を広げていく。


「俺、二回ほど見た覚えあるよ」


とだけ答え、必要事項を書いていく。


その最中だった。


「すみません!

 手帳、届いてませんか!!」


少し大きな声が、窓口から飛び込んできた。


顔を上げると、

制服姿の少女が立っていた。

どう見ても、女子高生くらいの年齢だ。


「落とされたのは、いつ頃ですか」


「今日のお昼です。

 友達とご飯食べて出かけたんですけど、気が付いたらなくなってて」


拾得場所と時間帯は一致している。


「確認しますので、

 中身の特徴を教えてください」


少女は一瞬も迷わなかった。


「一ページ目が白紙です」


「住所欄は?」


「書いてません」


「氏名欄は?」


「イニシャルだけです」


「何と書いてありますか」


「O.Hです」


確認が取れたので、受付簿を差し出した。


「こちらに署名をお願いします」


少女は慣れた様子でペンを取り、

ためらいもなく書いた。


《尾津 ほのか》


文字は、これまで見たものと同じように、

癖のない、中性的な字だった。


返却条件としては問題なかった。

手帳を渡すと、少女は


「ありがとうございます!助かりました!」


とだけ言い、そのまま立ち去った。


「早期解決、で、よかったのかな」


「まあ。そういうことにしておきましょう」


報告書を書きながら、前2件の写真と比べてみた。

表紙の角の傷も、質感も。


どれも、

同じ手帳にしか見えなかった。

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